沈黙は優


 
 嫌なことがあった。
 別に本気で死のうと思うほどのことでもないし、誰かに明確な殺意を抱くほどのことでもないのだけど。
 他人からしてみれば、なんだそんなこと、と笑われるだけかもしれないし、もしかしたら、そんなことで落ち込むんじゃない、とまるで私が悪いみたいに怒られるかもしれない程度のことだ。
 でも、どんなに些細でくだらないことでも、私にとって重大な問題であることに変わりはなかった。
 もう誰にも会いたくない、消えてしまいたい、みんな死んでしまえばいいのに――そう思うくらいには思い詰めていた。
 

 何もかも嫌になって、全部投げ出したくて、それでも行くあてなんてないから、私は結局いつもの場所へと逃げ込むしかなかった。狭くて暗くて少し埃っぽいこの場所は、誰も寄り付かない私だけの秘密の隠れ家だった。
 私はいつもここで小さくうずくまって、一人で気持ちの整理をつける。本当は誰かに喋ってしまいたいのだけど、気兼ねなく愚痴をこぼせるような相手は私にはいないし、そもそも誰かに言ったところでわかってもらえるとも思っていない。それで否定されて説教されるなんてまっぴらごめんで、わかるわかると理解者ぶって変に同調されるのも気に食わない。
 どうして私はこんなに面倒くさい人間なんだろう。 


 だから、今日も一人でぶつぶつと文句を言いながら、高ぶった気持ちを押さえつけていた。言葉に出せない分、心の中はいつも汚い罵詈雑言で溢れている。その内、こいつらが口を割って外に出ていきやしないかと心配しているくらいだ。
 



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