第117χ アメージングなイリュージョニスト@




「わ...こんなに人が沢山いる。」

あの出来事から数日経った日曜日。
私は今、楠雄くんととある場所に来ている。

とある場所というのはあの蝶野さんのイリュージョンショーが行われる劇場だ。
先に言っておくけれど、これはデートではない。

あの日から私の世界が少し歪んでしまった。
男性恐怖症...と呼ばれるものなのだろうか。大人の男性に近付かれると冷静でいられなくなってしまった。と言っても、軽度であるから出掛ける分にはまったく差し支えない。

私自身も気持ちとしては変わったつもりはないのだけれど、どうも周りの人達には無理して気丈に振る舞っているように見えるらしい。

楠雄くんにも例外なくそのように見えたらしい。あの人混みを嫌う彼が、私が少しでも元気になるよう今回この場に誘ってくれたのだ。
まぁ...このショーで元気になるかは、また別問題だけれど。

楠雄くんの手が伸びて、私の手をぎゅっと握る。人混みには男性も多くいるし、私がパニック起こさないかと心配してくれているのだろう。

「ありがとう...私は大丈夫だよ?」

人混みをかき分けて会場の裏口へ向かう。
楠雄くんに来た招待状ではそこから入るよう指示があったとのこと。

「師匠、バニケルさん!観に来てくれたんですね!」
「っ...!ちょ、蝶野さんとイケさんお久しぶりです。」

背後から急に話しかけられたものだから、反射的に楠雄くんの背後に隠れてしまった。

「...何か、あったようですな。」

私の行動に何かを察したイケさんの一言に躊躇いながらも小さく頷くと、先日の出来事について簡単に説明した。

「バニケルさんの身にそんなことが...でも、大丈夫!僕らのショーを観ればきっとまた元気に笑えるようになるさ!」

あの蝶野さんがこんなにも頼もしく感じるなんて...成長したと手紙に書いてあったのは強ち間違いではないらしい。

「ささ、二人には特等席用意しましたのでどうぞ中へ!」

私達は蝶野さんに導かれる形で指定された座席へと移動を開始した。


『まもなく開演です!』

劇場内は満員御礼。
こんなの少し前の蝶野さんから想像できない。それだけ彼らが血の滲むような努力をして頑張って来たという証なのだろう。あの頃を知っているから、妙な親心が湧いて来てしまう。

『それでは開演します!世界中にアメージングを!』

ナレーションのアナウンスとともにゆっくりと劇場の幕が開いて行く。
一体どれだけ成長したのだろうか...今日は楽しませてもらうとしよう。

「アメージーン、goooo!!」

ショーの一発目はツカミが肝心。
舞台袖から出てきた蝶野さんの唐突な変顔と彼のキャッチフレーズとも言える台詞に劇場内はワッと笑いに包まれる。
思いの外、ウケたようだ...ツカミは上々。流石、今売れ出し中のイリュージョ二ストだ。

「おーいマイケルー早く来ーい!」
「お待たせしました。いやーチェーンソー選ぶの時間かかっちゃって...」

今度はイケさんが舞台袖から出てきたが、その手には轟音唸るチェーンソー。イケさんが出てきただけでまた笑いと拍手が巻き起こる。それさえも面白いのか。
私が色々な意味で度肝を抜かれている間にもイリュージョンショーなるものはドンドンと進んで行く。

「隙あり!」
「うわあああ!!」

イケさんが唐突に蝶野さんの身体を持っていたチェーンソーで一刀両断したではないか。
しかし、切れたのは衣服だけ。切れた胸から下の衣装がズル剥けるように下に落ちて蝶野さんのブリーフが露わになった。

「WOW!アメージーン...gooooooo!!」

今日一番の笑い声と歓声が劇場内を包み込んだ。





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