第75χ 熱に浮かされた思い出(後編)@




私はひたすらに寝たり起きたりを繰り返して、体調の回復に努めるようにした。

元気な時は、失礼な話だけれど病人に憧れを持っていた。しかしいざ風邪を引いてみるとやっぱり健康が一番だと毎回思い知らされる。

元気なったら外を歩き回りたいとか、新しい本をゆっくり読みたいだとかぼんやり考えていれば、時間はあっという間に過ぎて、時計を見るとその針は4時を指していた。窓から見える外は綺麗に夕日色に染まっていた。
その頃には私の体調は順調に回復して、ベッドの中で座りながら読書ができるまでになっていた。

「よー、仁子。元気してっかー?」
「ダークリユニオンの細菌兵器ごときに屈するなど情けない。」

読書をしているところ、下の階から賑やかな声がしたかと思ったら燃堂くん達がお見舞いに来てくれた。私は咄嗟にマスクをして、手櫛でボサボサになっている髪を整える。燃堂くん達が来ているなら、恐らく彼もいるはずだから。

「学校からお帰りなさい。わざわざお見舞いに来てくれてありがとう。」

海藤くんに頼んで窓を少し開けてもらう。1日締め切りにしていたし、部屋に蔓延した風邪のウイルスを彼らに吸わせるわけにはいかない。窓から入り込んだ風は少し冷たかったけれど、風に乗せて私の好きな冬独特の匂いがした。

「もうでーじょーぶなのかよ?」
「うん、ちゃんと病院も行ったし明日には学校出れると思う。」

良かったなと燃堂くん達はその言葉に安堵したような表情をしながらお茶菓子を摘みつつ、知予ちゃんや照橋さん、灰呂くん、窪谷須くんから預かった言伝を聴きながらしばらくの間談笑した。
楠雄くんはというと、ここに来た時にはどこか複雑そうな顔をしていたけれど、いつの間にか普段通り無表情に出されたお茶菓子を堪能していた。あの表情は何だったのだろう。

彼はハッとした顔をして鞄から何かを出す様子をぼんやりと眺めていれば、私に向かって差し出されたのは今日分の授業のノートと配布物だった。

「...私に?ありがとう。後で読ませてもらうから机の上に置いておいてもらってもいい?」

こくりと頷いて楠雄くんは机の前へ行くもピタリと手を止めてしまった。彼の視線の先を見てみれば、そこには私の大切なお守りがあった。お守りといってもシンプルな十字架のペンダントなのだけれど。

「普段はお風呂入る時ぐらいしか外さないんだけどね。誰にもらったか覚えてないんだ...いつの間にか肌身離さずつけるようになってて。」

彼は私の許可をもらうようにこちらを見るのでこくりと頷いてみせると、手にとってそれを凝視している。再びハッとした表情を浮かべるもお守りを置けば何もなかったかのように元いた場所に戻っていった。

「こんな格好のまま見送れなくてごめんね。明日、また学校でね。」
「あぁ...学校でのダークリユニオンの猛威は俺が食い止めてやるから必ず来いよ。」

外はすっかり暗くなっていて部屋からみんなが出て行くと、嘘みたいにしんと静まり返って何度か寂しくなってしまう。早く明日にならないかな、なんて...私はいつからこんなにも人を恋しいと思うようなったのだろう。
これも3人のおかげだと思う。騒がしすぎる時があるかはたまに大きな傷になるけれど。

手を伸ばして楠雄くんの置いていったノートに目を通す。彼らしい整った字が並んでいる。私のためだけに書かれたものだと思うと嬉しくて仕方がない。

ベッドに横になるとノートを抱きしめて目を閉じる。
早く明日がやって来ますように。





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