第73χ IFの世界A




「あっ!斉木さん、おはよーっス!なにつっ立っているんスか?」
「きゃー!!斉木様よー!!これでPK4揃い踏みよ!」

鳥束くんが楠雄くんの肩に触れると、周りにいた女子が目の色を変えてこちらに押し寄せて来る。恐らく鳥束くんが触れたことによって、透明の効果が失われたのだろう。それにしてもPK4って...彼らも出世したものだと人に揉まれながら感慨深く思えてしまった。

「ちょっとアンタ、なんで斉木様の腕掴んで...も、もう訳ありません!斉木様の恋人であらせられる平凡様になんとご無礼を!」
「...こ、恋人?私が、楠雄くんの...?」

その言葉を聞いた群衆が一気に静まり返ったと思ったら、一斉に肩膝をついてひれ伏したではないか。
こういう持ち上げ方に慣れてないせいで完全に脳内パニック状態になってしまった。
けれど、その中でわかったこともある。私はこの世界では人気No.1の楠雄くんの恋人として周囲に公認されていて、楠雄くんの地位と同等の扱いを受けているらしい。なんともむず痒いというか、恥ずかし過ぎて穴があったら入りたいくらいなんですけど!

一気に熱くなる頬を押さえていると、楠雄くんはまたもや私の手を引っ張ってどこかに連れて行こうとする。私は彼に従うようにそのままついて行った。

やって来たのは学校裏。人目を憚ってのことだろう。ようやく解放されたかと思ってみれば、楠雄くんは困惑の眼差しで見つめて来る。

仁子、今日はどうしたんだ?いつもと雰囲気も違うし、テレパシーを送っても返してこないじゃないか。
「テ、テレパシー?私はそんなもの使えないよ?それに私はこんな世界知らない。」

私の言葉に楠雄くんは目を見開いて驚いてみせたけど、すぐに何かを考えるように顎に手を添えてどこか一点を見つめている。そのまま無言で待っていればようやく何か答えを見出したのか、彼はゆっくり口を開いた。

この原因は無数に分岐する世界...つまりは僕のいるこの世界と、仁子が本来いる世界...いわゆるパラレルワールドが偶然にもぶつかり合ってしまった結果なのだろう。なぜ、仁子だけに影響をもたらしたかは僕にもわからない。
「...なんとなくはわかったけど、私はここから帰れるの?」

不安げに彼を見つめていれば自身なさそうであるも、こくりと頷いて見せてくれた。

僕の力...超能力があればなんとか本来の世界に届けることができるはずだ。ただし、それには仁子の力も必要だ。
「わかった...私、なんでもする。」

彼に言われた通りに目を閉じると必死に念じる。念じる内容は、私の元いた世界を想像すること。もう一つは私の世界にいるだろうもう一人の私をイメージすること。それがうまく行けば一時的に分岐が合わさってその瞬間に帰れるという。

仁子、もう目を開けていい。

楠雄くんの言葉にゆっくり目を開けると、そこにはもう一人の楠雄くんと私の姿があった。

「やっと...見つけた、もう一人の私。」
『貴女が、この世界での私?』

何だか鏡を見ているようで不思議な気分になる。
けれど、私は帰ってこられた。私は向こうの世界で溜まりに溜まった不安感をぶつけるように楠雄くんに駆け寄れば抱きついた。楠雄くんは驚いたように身を強張らせていたけれど、拒むことはせずに私の背中を優しく撫でてくれる。

「帰ってこられた...向こうの世界は、怖かった。」
君を送り届けられてよかった。僕達も分岐が別れる前に帰るとするよ。

もう一人の楠雄くんはもう一人の私と手を繋ぐとスッと消えて行ってしまった。消える間際に彼女の口が動いた気がしたけれど、よくは聞こえなかった。
ようやく落ち着いてハッと我に帰ると、私は慌てて楠雄くんから離れる。

「ご、ごごごめん!つい...っ。」

頭を下げて必死に謝るも、楠雄くんからはなんの反応もない。恐る恐る顔を上げても彼はいつもと変わらない無表情で私を見下ろしている。
本当に帰ってこられたようだ...思わずふふっと溢れた笑いに、楠雄くんは今度は怪訝な表情を浮かべている。
爽やかな楠雄くんもよかったけれど、やっぱり私は今の楠雄くんの方が大好きだって思う。

「楠雄くん、ただいま。」

そしてただいま、私の世界。





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