第89χ 海辺のReminiscence(後編)A




掴んだものを力一杯引き寄せると、その物は引っ張った勢いで私の方へなだれ込んでくる。私も自身の力で後ろへ転倒してしまった。

「...楠雄、くん」

もう一度雷が落ちて、室内を一瞬だけ照らし出す。彼が私の上に跨った状態で見下ろしていた。
乱れた布団の隙間から覗く透き通った肌、影によってより強く浮き出した鎖骨。
そして、私をじっと見下ろす何もかも見透かしたような彼の瞳。私はその艶かしさ漂う姿に雷の音も、自身が呼吸するのを忘れてしまうくらい魅入ってしまった。

「ご、ごごご...ごめんね!!」

ハッと意識を戻ると顔に熱が集まるのを感じて、咄嗟に顔を背けた。彼の布団をから手を離せばやれやれと何事もなかったかのように再び定位置の場所に戻って行く。
私も布団を被り直すと彼の隣へ。今度はさっきよりも少しだけ気持ち距離を詰めて。

恥ずかしさに頭がショート寸前になりながらも、私は割と図太い神経の持ち主のようで睡魔に導かれるまま、布団に顔を埋めるといつのまにか意識を手放していた。



…   だから友達少なかったの。…

…この学校には何でも見通すめちゃくちゃ恐い   がいるんスよ。…

…どこまで記憶が消えるかはわからないけど...私はどんな   くんも…


聞こえない...私は、大切なものを忘れている。
忘れてはいけない。そして、知っていてはいけない...何かを。



目覚めた時にはすっかり雨はやんでいて、窓からは朝日が眩しいほどに差し込んでくる。
その眩しさに目を細めながら辺りを見回すと、隣では昨日と同じままぼんやりと床を見つめている楠雄くんの姿があった。

「おはよう...いつの間にか寝ちゃってたよ。楠雄くんはちゃんと眠れた?」

私の問いにコクリと頷いてみせる。顔色も悪くないし、どうやらちゃんと眠れたみたいだ。
そのことにホッと肩を撫で下ろすともぞもぞと衣服の側へ。恐る恐る触れてみるとすっかり乾いていて着ても問題はなさそうだ。
私達は脱いだ時同様に衣服を纏うと、帰りの船に乗るため部屋を後にした。

「眩しい...あんな雨だったのが嘘みたいだよ、ね。」

背後にいる楠雄くんに語りかけるように振り向くと、彼はいつものように何を考えているかわからない表情でそこにいる。
不意に夢の談判が脳裏を過る。彼なら、きっと知っているかもしれない。漠然とだけれどそう思えてならない。その証拠に心臓がバクバクと脈打っている。私はゆっくり深呼吸をすると呟くように口を開いた。

「ねぇ...何か、私忘れたことあるような気がするんだ。とても大事なもの。...楠雄くんならわかる気がするんだけど。ううん、知ってるんだよね?」

その言葉にピクリと反応したのを私は見逃さなかった。彼は確実に何かを知っている。だが、話をするつもりもないようだ。
私も強引に聞くつもりはない。けれど、心の中では確かに黒い靄がかかって私を中に引きずり込もうとする。


どうして、話してくれないの。
私のこと信用していないのかな。
こんなのも求めても、貴方はそれを求めない。


私の中で沢山の問いと共に、渦巻く醜い感情。
飲み込まれてはいけない、直視してはいけない。
でも、その中にある僅かな希望を求めてしまう。
それはまるでパンドラの箱のよう。

私は今、箱を開けようとしている。
そのことがどんなに恐ろしいことか...私は後になってこの身をもって思い知ることになる。

The END





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