第89χ 海辺のReminiscence(後編)@




雨を凌ぐために避難した先は一軒家。
隔離された世界は二人だけのもの。

大粒の雨が降りしきる中、楠雄くんと二人で避難してようやくたどり着いた場所は貴史の家。
慌てて走ったけれど逆効果だったのかもしれない。到着したときには二人とも肌に張り付くほど服が濡れており、靴の中も歩けばぐしゃりと音を立てて、何とも気持ちが悪い。
それに加えて今の季節は真冬だ。風は家の中に入ることで凌げるものの、冷気が濡れた服を伝わってどんどん体温を奪ってゆく。

「なんとか避難できたけど...くしゅっ!」

濡れたまま入ったら部屋がびしょびしょになってしまうななどと悠長に考えていると、突拍子もなく出るくしゃみと共にブルリと身震いをしてしまう。このまま濡れた衣服を着ていては雨が止む前に身体が弱ってしまう。

それだけは阻止しなければと辺りを見回し、見つけたタンスの引き出しを開けてみるも、撮影用の小道具でしかないタンスの中は空っぽ。撮影も夏に行われていたためか、暖房器具は一つとしてない。
唯一暖が取れそうなのは折りたたまれて隅に置かれた掛け布団と寡黙な父親が着ていたジャケットのみ。

「どうしよう。着れるものが何もない。」

考えているうちにも体温は冷気によってどんどんと奪われてゆく。身体の震えが大きくなり、手先の感覚もなくなってゆくの感じる。
ふいにトントンと肩を叩かれて背後を振り向けば、楠雄くんは着ていたジャケットを脱ぎながら掛け布団を指差している。

「...やっぱり、それしかないよね。」

なんとなく察しはついていた。しかし、これだけは彼の前ではできない...いや、したくはなかったのだが下手したら命に関わることもある。
私は渋々ながら彼の意見を採用し、その作業に取り掛かった。

まずは互いを見ないように背を向ければ、素早く濡れきった衣服を脱ぎ捨ててゆく。邪魔な衣服がなくなった後は掛け布団を肩から被ってそれでおしまい。実に簡単な回避法だ。
幸い、衣紋掛けは複数壁にかけられていたので、脱ぎ捨てた衣服を一つ一つ丁寧にかけて乾くのを待つだけ。この時期に乾く気はしないけれど。

一通り作業を終えると楠雄くんも一通り終えたようで布団にくるまった状態で、広げた敷布団の上に腰を下ろしていた。私もひと一人分くらいの距離を置いて腰を下ろす。
布団で隠れているものの、その下は下着姿。いくら楠雄くんと言えど男子だし、私の片思いの相手でもある。何よりこんな破廉恥な姿で隣に座ることは私の理性が許さなかった。

二人の間には会話がなく、雨が屋根や窓を叩く音だけが響いている。もともと私も楠雄くんも話す側の人間ではないし、当たり前なのだけれどどうも落ち着かない。たまらず沈黙を破ったのは私の方だった。

「雨...早くやめばいいのにね。なんだかさっきより酷くなってるような...っ、きゃっ!!」

話を遮るように突如ピカリと光が差し込んだと思えば、大きな音を立てて落ちたのは雷。
私はどうも雷は苦手だ...雷、もとい大きな音が苦手なのだ。好きな人間なんていないだろうけれど。

私の声に楠雄くんもびっくりしたようで、私と窓へ交互に視線を向けている。どうやら楠雄くんは雷が怖いということはなさそうだ。
流石楠雄くんだなぁと頭の片隅で思っているところにもう一発。今度はすぐ近くに落ちたようで、室内の電気がバチンと落ちてしまった。いわゆる停電だ。

「え...ちょっと、やだ...暗いっ」

私の中は不安と恐怖で支配されてしまい、真っ暗で何も見えない中、すがる思いで咄嗟に掴んでいた何かを力強く引き寄せた。





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