第88χ 海辺のReminiscence(前編)@




素肌を滑べる冷気。

映るのは天井と楠雄くん。
眼鏡を透過して映る瞳はなんとも扇情的で...。

なぜこんなことになったのは、数時間前に遡る。


ーーーーー・・・

太陽の輝きを反射しながら寄せては返す波の音。
特有の磯の香りを肺いっぱいに取り込むと、その瞳をゆっくりと開いた。

私はとある離れ小島にいる。
どうにも止められない心の昂りに身を任せて土日の休日を利用してやってきたのだ。
好奇心はさして強くない私がなぜ、何に対してこんなにも衝動にも駆られてしまったのか。根元は一本の映画にある。

その映画の名は「そして僕は海に出る」
過疎化が進んだ離島で暮らす寡黙な漁師と、それに反発する息子とのヒューマンドラマ映画だ。
不自由な生活から抜け出したい息子の貴史が不器用な父の愛情や温かい優しさを感じ、そして父の死によって変化する心境を描いたものである。

先日ふとレンタルビデオ店に寄った際に、隅の方で小さく宣伝されていたが目に留まり、気分転換にちょうどいいと思いレンタルをした。
正直、パッケージは地雷臭が物凄い。それに私の嗜好にヒューマンドラマは入っていないのだが、なぜかわからないが手に取ってしまった。これも神さまの導きなのだろうか...勿論、私はクリスチャンではない。

興味半分に鑑賞してみると、練り込まれた脚本と子役をはじめとした演技力、そして何より島の美しさに一気に目を奪われてしまった。
映画を見てからはその舞台である離れ島に行ってみたくて、ようやく貯めたお小遣いを握りしめてやって来たのが今である。

期待に胸を躍らせながら船降りて砂浜を歩いてみれば、容易に物語が頭の中を巡る。普段、自然に触れることも少ないせいもあるかもしれない。とても新鮮な気分だ...一つを除いては。

海岸から振り向くと、そこは映画館やカフェが立ち並び、通りすがる人達の手には映画の場面には似つかわしくない電子端末が握られていた。...随分と都会的だ。
本当に何もない離島なんて、このご時世中々ないものではないのはわかっていたけど、どうしてもこの風景には興を削がれてしまう。
映画は所詮、美しい場面を丁寧に切り取って積み重ねた映像の集まりなのだと思い知らされる。

そんな複雑な心境を抱えながら更に周りを見渡してみれば、浜辺によく良く見知った人物がいた。見間違いではないかと何度も目を擦ったり、見開いたりしてみても、あのビビットピンクな髪色の人物を私は一人しか知らない。

「...楠雄くん?」

半信半疑に名を呼んでみれば、こちらに気付いたようで彼もこちらを見つめる。彼も私がいたことがかなりの予想外だったようで、目が溢れんばかりに見開いて立ち尽くしてた。あ、なんだかその表情は新鮮かも。

「楠雄くん、なんでこんなところに?もしかして...聖地巡礼ってやつ?」

まさか彼に限ってそんなことないだろうとハハッと笑い混じりに問いかけてみれば、思いの外コクリと頷いてくれた。なんという偶然だろうか。

「そうなんだ!まさかあの映画について知ってる人に会えるとは思わなかったよ。...良ければ一緒に回らない?」

ダメ元で問うてみれば暫し考えた後にゆっくりと頷いてくれた。彼も感動を分かち合いたいと思ってくれたのだろうか。
こうして私は共に聖地巡礼の旅に出発した。




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