第8χ 夢は届かないくらいが丁度いいA




CDを買ってくれるように宣伝をしてみるも、見知らぬもののために金を出す人間はいるはずもなく、成果は全く上がらない。
それでも頼み込むように声がけを続けていくと、2人の男性から声をかけられた。見た目からして大学生くらいだろうか。ニヤニヤしていて気持ちいいものではない。

「お嬢さん、遊んでくれたから買ってあげるよ。」
「え、それはちょっと困りま...痛っ!」

雰囲気の危うさに後退ろうとするも、1人の男性に手を掴まれてしまった。このままどこかに連れていかれるのだろうか。必死に抵抗しようと身体に力を込めるも、所詮は女子高生の力でかなうはずなく引っ張られていってしまう。

恐怖で声がうまく出せず、誰か助けてと心の中で必死に叫べば、掴まれている腕の痛みがスッとなくなって、近づいて来た男性たちはそそくさと帰ってしまった。...一体何があったのだろうか。あれ?どうなってんだ?とか、身体が勝手に...っと、よくわからない声が聞こえたけどそんなことはどうでもいい、とりあえず助かったのだ。

安堵にホッと一息ついていると背後からこんこんと何かを叩く音がする。振り返って見ると楠雄くんがベンチを指先でコンコンと突いている。ここに座れということなのだろうか。彼の指示に従うようにベンチに腰を下ろした。
楠雄くんは文庫本をずっと読み続けている。彼に手伝う気は無いことはわかっているから驚きはしないけれど。私も倣っておじさんのよくわからない歌をBGMにして、読みかけの本の続きを楽しむことにした。

しばらくおじさんが歌い続けても一向にCDは売れる気配はない。それどころか急に音楽は止んで片付けをし始めてしまった。
そこに先ほどまでいなかった燃堂くんが帰って来て、おじさんと言い合っている。通りすがった燃堂くんの制服からは油の匂いが漂ってくる。曲を聴かずにラーメンを食べていたという事実に説得力無さすぎる!

「君にいい曲だって言ってもらえた...それだけでもう満足しちまったんだな。」
「うぅ...ゥ...、ひぐぅ...」

おじさんの言葉に燃堂くんは顔を涙でぐしゃぐしゃにして泣いている。どこに泣ける要素があったのだろう。
大人って本当に嘘つきだ。言葉ではそう言っているけど、きっと満足できていない。でも、限界を感じていたのも事実だろう。嘘つきなおじさんが悪いのではなく、きっとそういう実力を与えなかった神様が悪いのだろうか、なんてつまらないことを考えてしまった。

〜ッ、....♪

突然流れてくるメロディは先ほどまでBGMだったおじさんの...。そんな頭に残るほど聞いてなかったのに、いきなり頭の中で何度もリピートされてくる。

「あのーCD1枚ください。」
「あーオレも1枚ちょうだい。」

あんなにもスルーされ続けた曲が飛ぶように売れていく。何が起こったのかわからない。私もついお財布を出そうとしたが楠雄くんに止められてしまった。ハッと当初の目的を思い出すと鞄の中へ戻す。これから本を買いに行くというのに無駄遣いするわけにもいかない。

「危なかった...つい中毒的に流れるから買いたくなっちゃった、これから本を買いに行くのに。」

おじさんは代金の精算でてんやわんやしている。目には涙が滲んでいるのが見えた。これが嬉し泣きというやつなのだろう。

これでもう私達がいる理由はない。目的は今達成されたのだ。
私は当初の目的を達成するべく、書店の方面へ歩き出す。なぜか楠雄くんもついてくる。家は書店とは反対側にあるはずなのに。

「...書店、一緒に行く?」

窺いながら問うてみると。コクリと頷く楠雄くんに思わず笑みが溢れる。

「じゃあ...行こっか。楠雄くんが好きな本教えてね?」





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