第45χ ψ起をかけてのψチャレンジ!(前編)@




今日は珍しく私1人で直帰している。
いつもは燃堂くん達に連れられて彼方此方に行くのだが、今日は燃堂くんは親の手伝いをすると言い、海藤くんは家で勉強しなければいけないと、みんなそれぞれに都合があるためこうなった。週に何度かはそういう日があって、私にとっても楽しみにしている日だ。時間はあるし、帰り道に書店に寄って行こうかと思っている。丁度私のお気に入りの作家の新作が発売されたと知予ちゃんから教えてもらったこともあるし。

曲がり角を曲がったところで、奇妙な歌と共に異臭が鼻を刺激してくる。何かと思ってその原因に視線を向ければ浮浪者がいた。

「お魚ダウジングー・・・ウフフ...」

一升瓶を片手に浮浪者が聞いたこともない歌を口ずさんでいる。異臭の原因は一升瓶から流れ出る酒の匂いだろう。これは危ない、近づいて声をかけようものなら厄介ごとに巻き込まれるに違いない。一度立ち止まってしまったけれど、見なかったことにして早く過ぎ去ってしまおう。

「ハッ...貴女は師匠と同じ学校の!体育祭で会いましたよね?!」

しまった、浮浪者に目を付けられてしまった。生憎、私は記憶がないので貴方のことは知りませんと言うわけにもいかず、つい立ち止まってしまった。もし記憶があったとしても浮浪者を相手にするはずがないのだが。それにしても師匠って誰のことだろう。私の知っている人のような口振りだけれど。

そのまま動けずにいると前を通りがかったのは楠雄くん。良いところで私の元に救世主が舞い降りてくれた。楠雄くんに理由つけてなんとかここから逃げ出そう。

「楠雄くん、今帰り?丁度一緒に行こ...」
「し...師匠...!?」

私は耳を疑った。楠雄くんが師匠?でも、何の師匠なのか...年上が年下に師匠と呼ぶなんて余程のことだろう。さっきまで死んだ魚のような眼をして虚空を見つめていた瞳が、生気を宿したようにキラキラと輝いている。

「師匠お願いします!!僕の助手としてマジックショーに一緒に出てください!!」

うん、彼で間違いないようだ。でもマジックショーって...この人はマジシャン?そういえばテレビで見たことあるような...。

「もしかして、アメージングの人ですか?」

私の質問にコクコクと頷いてみせる浮浪者。
一時期はテレビに出突っ張りだったのにすっかり落ちぶれたものだ。流行り廃りでこんなにも人は変わってしまうものなのか...。私は改めて芸能界や世間と言うものの恐ろしさの片鱗を見たような気がする。

彼の必死の頼みを断りきれず話だけは聞くことになった。私はそもそも無関係な立場であるから、こっそり話を聞く前に帰ろうとしたのだけれど、逃がさないと言わんばかりの楠雄くんの鋭い眼差しに耐えきれず、静かに浮浪者の話を聞いている。なんだか前にもこんなことがあったような...。

話を聞いてわかったことは、彼の名前は蝶野雨緑さんと言うこと。今夜大事なショーがあるのに助手のマイケルさんと言う人が事故で出られなくなってしまったこと。その大事なショーには別れた奥さんが来るからどうしても失敗できないと言うことだった。

話しはわかったけれど、この人を信じて良いものか。話の問題ではなくマジシャンとしてだ。確かに一時期はもてはやされていたみたいだけれど、この人が本当のマジシャンかどうかは疑わしい。テレビなら裏で制作会社と結託をし、うまく加工して見せられないこともないからだ。
今回は失敗も許されない生のマジック。大掛かりなマジックも用意しているだろう。そこの助手として手助けして、マイケルさんの二の舞になっては適わない。

現に目の前にある人を切断する箱があるけれど、明らかにタネがあるように見えない...ただの箱だ。ネタバレをするのであれば、マジシャンと楠雄くんの2人だけでできる代物ではないとだけ言っておこう。不安だけが大きくなっていく。

それでも無情にも時は過ぎて、前途多難なショーは幕を開けた。




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