Chapter 5-14
「……うわっ、眩しっ……」

井戸から出たスィルツォードたちに、溢れんばかりの陽光が降り注ぐ。思わず手で太陽を遮って、影になっている足元に視線を落とした。

「スィルー、ごめん、ひっぱってー!」

遅れることしばらく、ティマリールの声が井戸の中から響いた。スィルツォードは身を乗り出し、見えてきた彼女の手を掴み、引き上げる。
「よい……しょっ! ……ふう、ありがと。やっと出てこれたねー」
リーゼを背負っているため、ここまで上がってくるのになかなか骨が折れたようだ。スィルツォードが何度か、自分がリーゼを背負おうかと聞いたのだが、ティマリールが譲らなかったのだ。
「それじゃ、帰ろっか」
「だな」
盗賊たちが犯人でないことが分かった以上、ここにはもう用はない。服にまとわりつく細かい砂を払って、二人は歩き始めた。

『嬢ちゃんによろしく言っといてくれ。花は大切にするよう、野郎どもに厳しく言いつけておく、ってな』
復旧の手伝いを終えてアジトを出る間際、スィルツォードはそんな言葉を親分にかけられていた。
ギルドへと戻る道すがら、それを思い出すたびに可笑しさが込み上げ、口元がふっと緩む。やはり、盗賊団の上に立つような男が口にする台詞だとは思えない。外身はまさにおかしらそのものであったが、その内面はあまりに風変わりすぎた。
「話がわかるおっちゃんでよかったねー。それにしても、似合わないこと言ってたけど」
呑気な調子で、ティマリールが言った。
「ひょっとして、実はシスターが怖かったんじゃないかな。こんな小さな子が一人でアジトめちゃくちゃにしてたら、普通ビビっちゃうって」
親分からしてみれば、それはもう度肝を抜かれるどころの話ではなかったかもしれない。つい先刻まで鬼神の如き怒気を振りまいていた少女は、今はティマリールの背中で静かに眠っている。
「まあ、な……」
ちらりとその寝顔を見て、苦笑いするスィルツォード。その可能性も否定できるものではない。
が、自然を愛するこの少女の純粋さに心打たれたか、あるいはもとより親分が人の上に立つに足る器の持ち主だったか……定かではないが、そのどちらかであってほしいと願う。言葉を交わしたあの大男はごろつきとは明らかに違っていたから、きっとそのはず……と思わずにはいられなかった。それがなぜかと問われれば。
「にしてもおどろきー。おっちゃん、あんなこと言ってくるなんて」
「だな、あの提案にはびっくりしたよ。目を覚ましたらリーゼにも教えてやらないとな」
それは、親分が提示したアジト修理の対案がまるで悪党らしからぬ、仰天ものの内容であったからだ。

『決まった枠組みに囚われていては、真に人を見ることはできませんよ』

ふと、ゼノンが口にした言葉がスィルツォードの脳裏に蘇る。
その意味が、なんとなくつかめたような気がした……が。
「それでも……ピエロはずっとピエロだろ」
「ん?」
「ああごめん、なんでもない」
ぼそりと自分に向けて呟いたつもりのその言葉は、隣を歩くティマリールの耳にも届いたようだった。

「で、これからどうする? スィル」
「んー……戻ってリーゼを寝かせたら、また街で聞いて回ろうと思ってるけど」
「そうだね、結局何も解決してないもんね……」
そう。一仕事終えたような疲れを抱えているものの、事態は単に振り出しに戻っただけである。犯人を探すと息巻いて、結果盗賊たちと遊んできました、では格好がつかない。
「ボクもいっしょに行きたいんだけど、シスターを看てあげたいんだ。だから……」
「ああ、ティマはリーゼについててあげてくれ」
「ごめんね」
「いいっていいって」
申し訳無さそうに言うティマリールに、スィルツォードはそう答えた。
「ティマだって、リーゼのことでもいろいろ疲れただろ。リーゼも心配だけど、ティマもあんまり無理しないで休んでくれよな」
「ぁ……」
ティマリールは一瞬ぽかん、とした表情を浮かべたが、すぐに彼の心遣いを汲み取り、微笑んだ。
「……もうスィルってば、気の利く弟なんだからっ♪」
「誰が弟だ、誰が」


ギルドの花壇は、朝に出てきたときからほぼそのままになっていた。朝に一度見ているとはいえ、再びこうして現実を直視するのはやはりスィルツォードたちにとっても辛いものがあった。リーゼが意識を落としていたのは、幸運であったかもしれない。
扉を開けた中では、てきぱきと作業が進んでいた。丸机が並び、床が磨かれ、壁の掲示も昨日までのように、いやむしろ荒れる前よりも整然とし始めている。今もなお忙しなく動き回る人々はいるものの、カウンターに座ってアフタヌーンティーを楽しむ客を受け入れる余裕もできたようだ。

「おや、スィルツォードにティマリール。もう帰ってき……」
そのカウンター越しに二人の姿を認めたルイーダが、明るい声で迎えようとした。が、ティマリールの背に負われたリーゼに気が付くや否や、すぐに外に出て駆け寄ってきた。
「この子……一体どうしたのさ?」
「ちょっといろいろあって、疲れちゃったみたいで……ボク、シスターを寝かせてくるね」
ティマリールはそれだけ言うと、脇の階段を上がっていった。

「……犯人は見つかったのかい?」
「それが、まだなんです。これからもう一回、外で聞いて回ってこようと思って」
「そうかい、なら協力体制ってわけだね」
「協力体制?」
「えーと……ミストにセレンだろ。あとシヴァルに……ゼノンもいたっけねぇ。あんたが血相変えて飛び出してったってんで、ダンクから事情聞いてみんなで聞き込みするって出てったけど……一人も見てないのかい?」
「……ちょっと、見てきます」
スィルツォードはそれだけ言って、すぐに再び街へと飛び出した。

飛び出してまず、左右を向いて通りの人々に目を凝らしてみるが、ミストたちの姿は見当たらない。
「うーん……」
アリアハンの街は広大だ。どこかにいるという彼女たちを探すだけで、日が暮れてしまうことだろう。
目的は合流することではなく、あくまで犯人についての情報を集めることだ。スィルツォードはそう思い直して、ギルドの近くの住宅地を当たってみることにした。
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