Chapter 5-9
街に出てきた初めの頃は、物珍しさに右を左をきょろきょろしながら歩いていたスィルツォードも、少しずつ賑やかな大通りの姿を見慣れてきたようだ。前からやってくる荷馬車を避けながら、城へと続いている石畳の上を一歩一歩進んでいく。
三人はまず、街を巡回している兵士たちに話を聞いてみようということで意見をまとめた。事件が起こったのは夜中から明け方にかけて。目撃している可能性が高いのは、夜中にも外を歩き回っている警備兵ではないか、という考えだ。
アリアハンの軍にも、もちろん兵士の詰所というものはある。城が旅人に開かれているのだから、詰所に入れずとも噂がないか聞いてみるくらいのことはできるはずだ。
「あの、すみません」
「ん、どうかしたか?」
ひとまず、大きな城門の前に立っている兵士に話しかけてみる。
「昨日の夜から今日の朝までに、街に何かが入ってきたとか、騒ぎがあったってことはなかったですか?」
そう訊ねると、兵士は困り顔になった。
「うーん……私はついさっき持ち場についたところだからな。少し待っていてくれるか、夜の番だった者を呼んでこよう」
反対側の柱に立っている兵士に目配せをする。向こうはそれだけで察したのか、「ここは任せて行って来い」と言わんばかりに頷いて手を挙げた。すぐに城の中へと走っていく兵士。ものの数分で、彼は二人の警備兵を連れてきた。
「あの、おじさんたちが夜にパトロールしてた人?」
ティマリールがそう聞くと、彼らは頷いた。
「ああ、昨夜は俺たちが見回ってた。もう五、六人いるんだが、あいつらは寝てるから勘弁してやってくれ」
スィルツォードたちははい、と返事をする。彼らには今晩も仕事があるのだろう。貴重な睡眠時間を奪うわけにはいかない。
「うーん……見回りが終わったら、いつも異常がなかったか全員で話をするんだが、今朝も変わったことを見つけた者はいなかったなぁ」
出てきた兵士たちに改めて、変わったことがなかったかを聞いてみたものの、返ってきたのは期待外れの答えだった。
「本当に、誰も侵入者を見てないんですか?」
「侵入者だって?」
スィルツォードの問いに、兵士たちの眉が動く。どうやら彼らは、まだ何も知らないようだ。
「はい、実は……」
事の経緯を簡単に説明すると、彼らは顔色を変えた。
「なんだって、ギルドに……!?」
「なんで誰も気が付かなかったんだ……とにかくそれは大変だ。すぐに何人か応援を手配しよう」
言葉通り、兵士たちはすぐに動き始め、もう一度詰所へ戻っていった。
「君たちはギルドメンバーだな。知らせをありがとう、このまま戻って兵の到着を待っていてくれ。くれぐれも、勝手に犯人を探しに行ったりしないようにな」
その場に残った城門の警備兵から、三人はそう釘を刺された。
城への道を引き返すときも、リーゼの表情は変わらない。この少女、どうやら兵士の忠告には聞く耳持たぬ様子だ。
「どうする? 兵士にはああ言われたけど、リーゼはこのまま戻るつもりはないんだろ?」
「……はい」
先頭に立って歩を進める少女の背中から問いかけると、静かな返事が返ってきた。
「ダメだよ、スィル。こうなったら、シスターはもうてこでも動かないって。ボクたちで犯人を探そう」
隣のティマリールもお手上げとばかりに、首を横に振っている。
兵士の言はもっともだ。が、スィルツォードとしてもリーゼの思いは尊重してやりたかった。彼女の立場を自分に置き換えると、おそらく怒りは収まらないだろう。そう、ギルドへ迎えられる日に、鼻持ちならない金持ちに拳を叩きつけたことはよく覚えているのだ。
そして、兵士たちへの不信感もあった。あの規模の騒ぎに気がつかないなどということは、本当にあり得るのだろうか。よほどパトロールを適当にしているか、もしくはそもそもやっていないんじゃないか。スィルツォードの頭には、そんな疑念が生まれていた。
ともあれ、リーゼがこのまま進むと答えた今、兵士の言葉通りに動く理由は、スィルツォードの頭からも消えた。ぱしっ、と頬を叩いて、なるようになれと覚悟を決める。もしセルフィレリカがいたならば、灸を据えられるかもしれない。が、彼女は今この場にいない――治外法権である。
それに、今回の動きはダンケールに知れている。ある程度の保険は効くはずだ。
ルイーダはあまりいい顔をしないだろうな、と頭の隅で思いながら、スィルツォードは歩き続けた。
「ところでさ。これ、どこに向かってるかよく分かんないけど……なんか当てがあるのか?」
街の中央の大通りまで引き返してきたところで、スィルツォードは先頭を歩くリーゼにそう問いかける。すると、彼女は歩を止めてしばらく黙り込んだ後、答えた。
「……下町に行ってみましょう」
そして、また歩き出す。
(考えてなかったんだろうな)
(だね……)
二人は後ろで顔を見合わせ、こっそりと耳打ちする。
リーゼが下町を目指す理由は、スィルツォードにもなんとなく想像がついていた。下町は人間味あふれた良い場所なのだが、反面小悪党の隠れ蓑になっているところもあった。整備が行き届いていない裏小路や、雑然と生け垣の奥など、拠点になりそうな場所を数えると相当な数が挙がる。二年を過ごしたスィルツォードも、そこは否定できないのだ。
メインストリートを横切って、街の南へと向かう。下町はギルドのちょうど反対側、街の南東部に位置している。南北へと伸びる通りを横切れば、下町のある区画への道が路地から何本も顔をのぞかせている。
スィルツォードは、下町を歩くならガイドを買って出ようと、リーゼに声をかけようとした。
が、その必要はすぐになくなった。
「……、…………。……」
「シスター、ちょっと待って」
ティマリールが、路地裏からの話し声を聞きつけたようだ。無言で二人を手招きして、そっとそばの小道へ入り込む。
少し進んでいったところで、ティマリールが人影をとらえ、立ち止まった。そしてさっと、残る二人も気付かれないように、壁に背を預けて屈み、息を殺す。
そこにいたのは、四肢をさらし涼しげな格好をしている、数人の盗賊らしき男たちだった。
「へへ……今日も稼げたな」
「こんだけ持って帰りゃ、おかしらにもどやされなくて済むぜ」
じゃらじゃらという金属音。どうやら金貨の枚数でも数えているらしい。
「いてっ!!」
男たちのうちの一人が、小さく叫ぶ。
途中で破ったような丈の短いズボンを穿いている男たちの膝から下は、外気にさらされている。叫んだ男は、どうやら足元に伸びている棘のついた茎で脚を擦ってしまったようだ。さっと引かれた線状の傷から、赤い血が一滴零れ脚を伝うのがスィルツォードにも見えた。
「……クソが!」
がさがさと草の擦れるような音と、いくつかの大きな足音。
リーゼがはっと息を呑む。その理由は、スィルツォードにも、ティマリールにも、はっきりと理解できた。
彼女は見てしまったのだ。
彼らの足元――靴の下に、折れた茎と花弁が敷かれるのを。