Chapter 5-5
まだまだリーゼには、聞きたいことがたくさんある。聞いてばっかりというのもどうなんだろうか、と少し思いつつも、スィルツォードは次の質問をする。

「花壇の手入れって、リーゼがいつも一人でやってるのか?」
もう一度花壇の構図を思い出しながら、問いかけてみる。そこまで規模の大きいものではないとはいえ、水やりだけが手入れではないだろう。リーゼだけで諸々を片付けているとすると、それなりの作業量になっていそうだ。
「いや……あたしだけじゃ、ないです」
しかし彼女はそう答えた。どうやら、ヘルパーがいるらしい。
「だよな。一人でやってるとけっこう時間かかりそうだもんな」
「はい」
肯定。
「そっか、じゃあ誰かと交代でやってたり?」
「えっと……いいえ」
否定。
「ほとんどはあたしがやってます。あたしが言い出したこと、だし……」
「なら、たまに手伝ってくれる人がいるって感じか」
「あっ、はい。そうです」
「んー……ミストとかティマとかか?」
「はい、あたしからはお願いしないんですけど。あと……」

ティマリールは水をやりすぎてリーゼに怒られているところが目に浮かぶ。そしてなんとなく、ミストは手際がよさそうだ。

「その、ルイーダさんも、よく手伝ってくれるんです」
「えっ!?」

予想外の人物が出てきたことに、スィルツォードは驚いて声を上げた。
持ち上げかけていたコーヒーカップが大きく動き、液面が揺れた。危うく机を汚すところだったが、口に含んでいたらもっと危なかった。
「ルイーダさんが……?」
「お昼とか……休憩の時間に、来てくれるんです。雑草を抜いたり、いろいろしてくれて……」
「へえ……そうだったのか」
失礼な話かもしれないが、彼女がガーデニングに興味を持つようには見えない。
いや、そもそも猫の手も借りたいほど忙しいと言っていたではないか。とてもリーゼの手伝いをする暇があるとは思えなかったのだ。
……などと、誰に向けてかわからない言い訳を頭の中で並べて、スィルツォードははっと我に返る。
どうやら、認識を改める必要があるらしい。
――すみませんでした、ルイーダさん。
こっそり胸中で頭を下げておく。もちろん本人やリーゼに知れるわけはないのだが。

それから、彼はひとつの願いを彼女にかける。
「今度さ、オレも手伝ってみてもいいか?」
「……えっ?」
次はリーゼが驚く番だった。
「いや、変なことをしたらよくないだろうけど、水をあげるくらいならオレにもできるかと思って……それとも、水をやるのにもテクニックみたいなものがあったりするのか? だったらあれなんだけど」
ふるふると首を振って、彼女は笑う。
「ありがとう、ございます……! お願いします、スィルさん」
ぺこりと頭を下げるリーゼ。オレンジ色の髪がばさりと広がって、元の位置に戻る。同時にそれは、スィルツォードが初めて、彼女に名前を呼ばれた瞬間だった。

「……スィルさん?」
ぽかんとして呟いた言葉に、リーゼははっと口を押さえ、あたふたする。
「あっ、その……ごめんなさい。ティマがそう呼んでたから、あたしもいいのかな、って、思って……。ダメ、でした……か……?」
不安げな顔で、うつむく彼女。同期するように、言葉にも元気がなくなっていく。
だがスィルツォードにとって、そう呼ばれて困る理由はない。
(ティマがそう呼んでたから……か)
普段なにかと小言を言っているようだが、根っこの部分では彼女のことを姉のように慕っているのだろう。スィルツォードにはそれが微笑ましく見えた。
だから、彼は笑って受け入れた。
「いやいや、全然構わないよ。『スィルさん』って呼ばれたのは初めてだったから、ちょっとびっくりしただけ。仲良くしてくれるとオレもうれしいからさ……よろしくな、リーゼ」
「……! はい、よろしくお願いします」
ほっとした吐息が、スィルツォードの耳にも届く。またふわりと、強張りなく笑った彼女に、こちらも一安心。

そうして、残りわずかになったコーヒーを、くいと飲み干す。
いつかのように手付かずのまま話が終わることもなく、カップの中身は綺麗になくなった。
ティマリールが身体の動きに忙しい少女なら、彼女――リーゼは、表情の動きに忙しい少女だ。その意味では、似た者同士の"姉妹"なのかもしれない。
そんなことを、スィルツォードは思ったのだった。


◇◇◇


その日の夜。
明かりを消した部屋の中、スィルツォードは仰向けで真っ黒な天井を見上げていた。

リーゼと別れてからは、特にこれといって変わったことはなかった。
「木の上に引っかかって枝に絡まったまま取れなくなったマントを取る」などという、なんとも微妙としか形容できない依頼をこなし、相応の報酬を得た後はのんびりと過ごした。
夕方ごろに手紙のことを思い出し、慌て気味に出した。一度書き上げてからどうしようか悩んだが、朝にミストにもらった言葉通り、他人の手を入れてもらうことなくそのまま送ることにした。
ベネルテ家の手紙受けに直接滑り込ませようかとも考えたのだが、ギルドはなかなか便利なもので、登録所が手紙や荷物の配達も請け負っているらしい。せっかくなので、そちらを利用することにした。セレンが朝食の場でそう教えてくれたのである。
家まで行くとなると、『しばらくしたら顔を見せる』と書いておきながらその場で出くわす可能性があっただけに、それを無くせたことはありがたかった。もちろん、夫妻の顔が見たくないということではない。が、スィルツォードとしては、今はまだ顔を合わせるのは躊躇われたのだ。

夕食もほどほどに、彼は早々に自室に戻った。そうしてベッドに倒れ込み、今に至る。
明日は少し早起きして、花壇に行くことになっていた。水やり少女の朝は早いらしい。誰かのように、一時間経ってもベッドの中……ということはきっとないだろう。スィルツォードも寝過ごさぬよう、いつもより早い時間に寝床に潜り、目を閉じる。未体験の体験を目の前に、高揚感が拭えない。
日常に、またひとつ新たなイベントが舞い込む。リーゼと、もっといろんな話ができる。このときは、そう信じて疑っていなかった。そして、まるで夢にも思っていなかったのだ。

明日が、とんでもない日になるなどとは。
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