Chapter 5-2
「うーーーーーーん…………」

「……どうか、しましたか……?」
「なんか口と鼻から湯気でも出てきそうなんだけど」
卓を囲むうちの二人が、普段は聞かない低い唸り声の発信元に声をかけた。
テーブルには、五人分の食事が並んでいた。少し手狭ではあるが、楽しく賑やかな食事をするならば人数は多い方がいい。
スィルツォードの唸りに対する声の主は、ちょうど彼の向かいを取っているリーゼとティマリール。そこから時計回りに、ミスト、スィルツォード、そしてセレンと席に着いていた。

スィルツォードがラウンジに向かおうと部屋を出たところで、ミストにばったり出くわした。せっかくなので、ともに朝食をとることにしたのだが、ラウンジへと下りた先では、ティマリール、セレンがすでに席を取っており、リーゼがちょうどジュースを運んでくる途中だった。二人はそこに加わることになり、期せずしてこの大所帯になったのである。
各々が食べ物と飲み物を調達し、思い思いに食べ始める。が、スィルツォードはやはり手紙のことが気になるのか、どこか上の空だった。皿の上の食物も減りが遅く、ティマリールがこっそりソーセージを抜き取っても気が付かない始末だ。
そうしてほうっておくと、何やら木の扉が軋むような、はたまた壊れた蒸気機関のような、そんな音を上げ始めるので、たまりかねてミストたちが声をかけたのが最初の台詞である。

「いや、実は下町にいる親に手紙を書いててさ。家を離れてここで暮らすようになったから、様子を伝えようと思って……」

かいつまんで事情を説明するスィルツォード。子細を語り出すと話が複雑になるので、ベネルテ夫妻が実の親ではないことはここでは伏せておいた。
「なるほど……ご両親に手紙を書くのが初めてで、何を書けばいいのかよく分からない、ということですね」
「ああ、そうなんだ」
ミストの分かりやすい要約に、首肯するスィルツォード。
「……初めての手紙か。難しいね」
商人であるセレン。職業柄書類に触れることは多そうだが、彼も手紙を書くのにはどうやら苦労をするようだ。
「ボク、おとーさんやおかーさんに手紙書いたことなんてないなー……シスターやみーみーはあるの?」
「あ、あたしは、たまに……」
「わたくしも……ええ、何度か。セレンさんはいかがですか?」
「僕は……出したことはあるけど、ちゃんと届かないことが多いからなあ……」
「……それ、どういうこと?」
苦笑しながら頭を掻くセレンに、注目が集まる。
席に着いていても長身のセレン。彼の頭はひとつ分ほど高い位置にあるので、自然に皆が見上げる格好になる。
「いや、宛先を間違えて戻ってきたり、配達の途中で行方不明になったりすることが多くて。いい加減に運び屋さんに愛想を尽かされて、海に沈められたりしないかなー、ってね……」
「いやいやいや、いくらなんでもそれはないって」
「っていうか、後半は運ぶ側の落ち度じゃないのそれ」
冗談だろうと軽く笑い飛ばすスィルツォードとティマリール。セレンは案外本気だったようで、「だといいけどね……」と気弱な笑みを浮かべた。

「……ミスト、もしよかったら、オレの手紙をちょっと見てくれないか? おかしなところがないか、チェックしてほしいんだ」
それぞれの言葉から判断するに、この四人の中ではミストが一番よく手紙を書けそうだ。そう考えたスィルツォードはテーブル越しに身を乗り出して、ミストに言った。
彼女はしばらくの間、目を閉じてうつむき気味に考え込んでいたかと思うと、やがて顔を上げて、いつもの柔和な微笑みを浮かべた。
「……わたくしには、お見せなさらない方がいいと思いますわ」
そして、そう言いつつ首を横に振って断った。
「えっ……?」
表情から快く引き受けてくれると思っていたスィルツォードは、彼女の回答に拍子抜けした。
ミストは優しげな表情を崩すことなく、スィルツォードに語る。
「……手紙には、書く人自身の心が詰まっています。ご両親にお渡しになるお手紙なら、それはなおのこと。ですから、わたくしがそこに手を加えてしまうよりも、スィルツォードさん自身のありのままの思いを届けた方が、ご両親もきっとお喜びになると思いますの」
「それは……」
「本を書くわけでも、帳簿をつけるわけでもありません。世界でたった一通の、スィルツォードさん直筆のお手紙なのです。文字が乱れていても、抜けていても、あるいは間違っていても――伝えたい気持ちがあるならば、きっとその想いは手紙を通して伝わりますわ。気持ちを乗せた手紙は、"目に見える言霊"なのですから」
「目に見える、言霊……」
ミストの言葉を繰り返す。
そうして、部屋に置いてきた便箋に思いを馳せる。文面こそ拙いが、あれは紛れもなく自分の思うがままをしたためた文章だ。ミストはそこに調味料は必要ないと言う。
「……ミストがそう言うなら、きっとそうなんだろうな。分かった、ありがとう。自分の言葉で、気持ちを伝えてみるよ」
「はい」
にこやかな笑みを浮かべるミスト、ふわりと揺れる青い髪。そんな彼女を見ていると、手紙の中身で悩んでいたことがだんだんつまらなく感じられてきた。
「……うん、これで心置きなく飯が食えるよ。ミストには感謝しないとな」
「それはそれは。胸のつかえが下りたようでなによりですわ。これもルビスさまのお導きでしょう」
「……そうなのか?」
自分の気が晴れたのはミストのおかげであって、ルビスのおかげではなさそうなのだが――スィルツォードの脳裏にはそんな思いが浮かんだが、それは押しとどめておくことにした。
「あ、みーみーがなんかシスターっぽい」
両手の指を組み、目を閉じて祈るような格好のミストに、ティマリールが反応する。
「「……えっ?」」
彼女の両隣にいる二人が、同時に声をあげた。目を開いて横を向いたミストともう一人、縮こまり気味に座っていたリーゼである。
「あーいや、シスターのことじゃなくって、ほら、みーみーがシスターっぽいって話で……」
「……ティマ、何言ってるかわかんない……」
「ああっ、だからね……!」
「いいかげんに、ティマは、あたしの名前を覚えてよ……!」
弁解するティマリールに、膨れ面のリーゼ。ミストは「あらあらまあまあ」とでも言うかのような顔でそれを眺めている。
「わかりにくい呼び名つけるからそうなるんだよ」
「……はは」
そして外野の男性陣。
大人数で囲む朝食の時間は、騒がしくも楽しく過ぎていく。
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