Chapter 5-1
『親愛なるジンおじさん、マリーおばさん


初めての手紙だから、緊張しています。
直接顔を見せに行ったらそれでいいんじゃないかとも思ったけど、オレも練習しなきゃいけないし、ここに来るときに約束したことだから、手紙を書いて送ります。
作文はあんまり得意じゃないから変なところもいっぱいあるだろうけど、笑わないで読んでくれるといいな。

二人とも、元気にしていますか?
オレは元気です。新しい仕事にも慣れてきて、楽しい毎日を過ごしてます。
こっちに来てからは、仲間もたくさんできて、同じ日がひとつもないです。だから、ギルドの仕事はやっぱりオレに向いてたんだな、って思います。

はじめの何日かは、分からないことだらけで不安になることもあったけど、今はもう大丈夫です。ほとんど自分でできるようになりました。
この間、オレの面倒をいろいろと見てくれていた人がランシールに行っちゃったから、しっかりしなきゃいけないな、って気を引き締めているところです。

ちゃんと仕事をしてるか心配かもしれないけど、きっちりやってます。
この前、ランクがひとつ上がりました。
ここでは、ランクごとに色が違うカードがもらえます。最初は白いカードだったんだけど、今は黄色です。まだまだ上に青とか赤とかあって、道のりは長いけど、これからもがんばりたいです。
最初にもらった白いカードは、感謝の気持ちをこめておじさんとおばさんに送ります。『272』っていうのは、オレのギルドでの番号です。

そういえば、忘れ物がひとつだけありました。
おじさんとおばさんの写真です。家に忘れてきちゃったから、今度取りに戻ろうかな、って思ってます。あと、こっちの部屋がけっこう広いから、いろいろと持ってこようかな、とも考えたりしてます。
それに、手紙には書ききれないこともいっぱいあるから、帰ったときに話せたらいいな、と思います。

最後になったけど、この仕事こそは、ずっと長く続けられるような気がしてます。
これまでオレを支えてくれて、本当にありがとう。

それじゃ、もうしばらくしたら、顔を見せに行きます。
お元気で。


スィルツォード』


「んー……」

一人で住むにはやや広い部屋の中で、便箋とにらめっこをして唸る少年が一人。
短めの髪を掻き上げながら、彼は喉の奥から絞るような声を出していた。

スィルツォードがギルドに加入し、ここで寝食をするようになってから、半月ほどが経った。
ギルドでの生活は順調に進んでいた。ここ数日はいくつかの依頼を受け、それらを完遂して報酬を受け取る日々が続いている。
『背伸びをせずに、簡単な依頼からこなしていくことだ』
一週間ほど前にランシールへと発ったセルフィレリカが出発間際に言い残したその言葉を、彼は聞き入れ守っていた。
それは正しかったのだろう。最近の働きが認められたのか、ルイーダからは次のランクアップも近いといううれしい知らせも受けている。なんでも、ギルド発足以来、五指に入るほどのスピード昇格になるかもしれないとのことだ。そのことも、スィルツォードの意気に拍車をかけていた。

そして今、彼はギルドに身を投じる前日に交わした約束を果たすため、初めて書くという手紙に自身の近況を綴っていた。宛先はもちろん親代わりである下町の夫婦、ベネルテ夫妻だ。
家を離れてここで暮らすにあたって、スィルツォードは月に一度ほど手紙を送ることになっている。今日をその最初の日にしたというわけだ。
「なんか恥ずかしいな、これ……」
スィルツォードも親に対しては平凡な17歳の少年だ。彼らに素直な思いを届けるのには気恥ずかしさが先に立つのか、文面を読み返しては赤面してみたり、そわそわしてみたりと忙しい。
面と向かって口に出して伝えるよりは、はるかに低いハードルではあるのだが。
「っていうか、これ読めるかな」
便箋をじっと眺めて、呟く。
無心に書き上げたそれは、とても整っているとは言いがたい字だった。書いた本人たるスィルツォードには問題なく読み取れるが、ジンとマリーがきちんと読んでくれるか。そんな不安もあった。
「こうなるなら、もうちょっと字の練習とかしとくべきだったかなぁ……」
ぼやいてみても、後の祭りである。
――いやいや大丈夫、おじさんとおばさんならきっとちゃんとわかってくれる。
根拠はないが、そう信じ直すことができるほどには、彼はジンとマリーのことを慕っていた。

「……他に何書いたらいいんだろ」
そうすると、やはり悩みの種は手紙の中身になるわけで。
書くことが尽きてしまった。いや、書き出せばきりがないのだが、どうまとめたものか。彼にとってはそれが難題だった。
感謝の言葉は、どれだけ書いても足りないことはない。街に流れ着いた見ず知らずの少年を介抱して住まわせるなど、そうそうできることではない、ということは、スィルツォード自身もよく分かっていた。マリーとジンは自分にとって単なる親代わりではなく、命の恩人でもある。
だからこそ、彼らには少しでも恩を返したい。その一心で、スィルツォードは何度も職を探してきた。
そしてたどり着いたこのギルドは、スィルツォードにとって最後の砦とも呼べるものだった。繰り返しのない、非日常の連続で形成される日常。ここ最近はルーチンワークが増えてきたが、それでも依頼のバリエーションのおかげで退屈を感じたことはない。飽きに滅法弱いスィルツォードにとっては、この上ない超優良物件と言っても過言ではないのだ。
一度便箋からは視線を外して、言葉を探す。職探しよりは簡単なはずなのだが、どうにもペンは動かない。
ふと窓の外を見ると、もうすっかり明るくなっていた。まだ日も出ていないうちから起きて机に向かっていたが、慣れない作業と格闘していたせいか、あっという間にいつもの時間だ。
「とりあえず、何か食べに下りるかな……」
座りっぱなしでやや重たくなった腰を上げて、スィルツォードは階下のラウンジへと向かった。
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