これと同じ設定)(話はてんでばらばらです)
(マツバ、ギーマ、コウキ、ユウキ)→(ユウハル)→(ユウハル)





「うわああああああストップストップううう待ったああああ!!!」

 がらりと静まりかえった地下迷宮の壁に、絶叫が反響した。
 突然耳を突いたその声に、マツバは手を止めてふと階下を覗きこむ。第四書庫のあるこのエリアに、さほど強い衛獣はいないはず。大方、いきなり襲いかかられて驚いただけだろう。ちょっぴり大袈裟に。と助けるでもなく元の作業に戻ってしまった。次いで響いた轟音に、彼の後ろに付き従っているゲンガーが、赤い瞳を瞬きさせる。本当に放っておいていいのか、と彼は主に視線を送るが、返ってくるのはにこやかな微笑みばかりだ。死んださまざまなものたちの思念が集まって生まれた彼にはわかっているのだろう。何かが下で暴れていることが、空気を伝って。ぱら、と第五書庫の本棚が揺れて、積もった埃がぱららと降ってくる。

「…ずいぶん派手なやつが潜ってるみたいだな……」

 灯りのともるここからでは、真っ暗な迷宮の様子は分からない。目を細めて笑ったマツバに、ゲンガーが同意するようにこくこくと頷いた。板張りの床をブーツで叩いて、隣の列からひとりの青年が顔を出す。マツバの声に反応したらしかった。

「どうしたんだいマツバくん?」
「いや、いつになく賑やかだなと思って」
「そうだねえ」

 何せ潜ってるのはあの子たちだから、とギーマが苦笑したのに合わせて、ドアが開く。激しい音。可哀想に、渾身の力で開けられたドアはありえない音をさせられて、蝶番を無残な姿にさせて曲がってしまった。すさまじい登場を果たした少年を出迎え、ギーマは朗らかに「おかえり」と声をかける。大人しい顔立ちをした細身の少年はふらふらと書庫に踏み入ると、そのままの勢いでばたりと倒れ伏した。曲がった扉の向こうからおずおずと覗きこむエンペルトが、不安げに青い瞳を揺らしている。死ぬかと思った…と言い残した少年は、死んだようにばったりと突っ伏してしまった。このちいさな見習い少年に何があったのか。まずは安静にしてやろうと動いたマツバとほぼ時を同じくして、暗闇の中、壊れたドアがあったはずの場所をくぐって、別の少年が姿を見せる。いつも綺麗にされているはずの白い帽子が、今日は埃を被ってくすんでいた。

「…こんにちは」

 ぺこり、と丁寧に頭を下げた少年、ユウキは、わずかにずり落ちた帽子をおさえながらドアを無理矢理閉める。ギギィ、蝶番が哀れな悲鳴をあげるのもお構いなしだ。ユウキを見とめたギーマが、「ああ、」とのんきな声をあげた。倒れ伏したコウキを支え起こしたマツバも振り返る。

「お疲れ様だね、ユウキくん」
「…どうも」

 朝一番に潜り、友人まで救出して見事生還を果たした彼に、ギーマは素直な称賛を拍手と共に送った。



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 青の閃光が迸る。それと同時に上がった甲高い悲鳴に、ユウキは読み耽っていた書物からそっと視線を上げた。第三書庫に持ち込まれた彼の私物たちが、ぐらぐらと不穏に揺れる。座りこんだ彼より頭ひとつ分高く積まれた書物の山を片手で押さえて、彼は上を仰いだ。ぐるぐると続くらせん階段のずっとずっと上から、時折、埃がはら、と落ちてくる。喧しい連中がやって来た。
 せっかくこの物静かな第三書庫に自分だけの憩いの場を作ったのに、そこで休むことも叶わないらしい。ただ、ここで本の分類作業ばかりして体を鈍らせているユウキを咎めに来るのなら、もっとまともな実力者を連れてきてほしいものだ。せめて見習いじゃない奴を寄越せよ、と彼は面倒くさそうに本を閉じた。
 騒音が止む。ばたばたばた、と階段を駆け下りてくる音がふたつ。片方は早く、片方はそれよりテンポが遅い。嗚呼あの二人か、とユウキがげんなりした顔をした途端、さっきの悲鳴と同じ声が響いた。

「ユウキくーん!」

 らせん階段を息を切らせて駆けおりてきた少女は、最後の最後で躓く。べちゃ、と石造りの床に激突する音。鈍い悲鳴。あとから遅れてきた少年はうわあ、と気の毒そうな表情を浮かべて、ユウキに向かって困ったように笑った。お前も大変だな、と言いかけて、ユウキは口を噤む。よろよろと立ち上がった少女はしたたかに打ちつけた剥き出しの腕を摩りながら、ユウキに目を留めた。

「あははは…ここまで来るのもあたし大変だなあ。やっぱりユウキくんはすごいや」
「…別に」
「あっ、あのね、あたし伝言預かってるの!」

 ユウキと同い年のこの少女の名は、ハルカという。まだ司書見習いの段階で、魔術審議はしていなかった。ユウキと同じ南方の出身だったが、彼女は南の土地に長らく住み続けていた一族の出であるらしい。しょっちゅう引っ越しをしていたユウキとハルカとを並べて南方出身の括りで纏めるには、少々文化に差がありすぎた。田舎丸出しの喋り方、街に出れば辺りを見回してしまう癖。今だって田舎くさい洒落っ気のない服を着て、使いこまれたウエストポーチに手を突っ込んで何やらごそごそと漁っている。

「えーっとね……」

 なかなか物覚えの悪い彼女に、代行か誰かはユウキに宛てて手紙を託したのだろう。ハルカがだんだん難しい顔になってきた頃、ようやく手がポーチから引き抜かれた。それと一緒に、ちいさなくしゃくしゃの紙が引っ張りだされる。手の中で何とも無残な形になった元はきれいだったはずの紙を、「はい!」と元気よく突き出した。

「何これ」
「代行がね、外に行って任務してきなさいって。内容を書いたって仰ってたんだけど…わたし、字が読めないから」

 ははは、とハルカは自嘲するふうでもなくあっけらかんと笑う。大方予想のついていたユウキは、これを書いたという館長代行の顔を思い浮かべながらそれを開いた。黒い服を好んで着る彼女は、使う黒のインクにもよく拘ると聞く。蝋燭の加減で藍色にも見える流暢な文字列に目を通し、彼は大きく息をついた。ハルカが興味津津といった顔でこちらを見ている。きらきら。目がそんなふうに輝いていて、ユウキはげんなりとそれから目を逸らした。

「なになに、代行はなんて言ってたの?」
「…野外任務だ。俺とお前で行けってさ」
「えッ、ゆ、ゆゆゆゆうきくんとにんむ!?うそ、あたしなんにも用意してないよお…!」
「……おい、ミツル」

 ユウキはハルカより向こうに声をかけた。カンテラをぶら下げていた物静かな少年が、なあに、と首を傾げる。病弱なはずの彼だったが、どうやら今日は調子が良いようだ。心なしか、いつもより血色が良いような気もする。ユウキは言いながらひょいと腰を上げた。

「ここの整理頼む。俺の仕事、代わりにやっといてくれ」
「わかった。ユウキくん、ちゃんとハルカちゃんの面倒見てあげてね」
「…フン、誰がこんなやつ」

 ひっどーい!と甲高い反論があがる。と予想していたのに、どういうわけかその皮肉に対する言葉はどこからも聞こえてこない。ミツルがくすくすと笑って、「ユウキくんも大変だね」とわけのわからないことを言った。くそ、と舌打ちしたユウキはミツルからカンテラをひったくると、珍しく静かにしている少女にやや上からの物言いで声をかける。

「おいハルカ、行くぞ」
「っ、あっ、うん!行く…」

 いつもより声が弱弱しい。頬を両手で覆ったままこくこくと勢いよく頷いたハルカを妙だと思いながらも、ユウキはそれ以上何も追及しようとはしなかった。面倒そうなことには極力首を突っ込まないようにするのが、彼の行動理念だ。
 ともかく外に出ないとな。カンテラをぶらぶら揺らしながら階段を上りだすと、後ろから、何かが服を引っ張ってきた。最初は何とも思わなかったが、ぐるりと螺旋階段を一回りしたあたりで煩わしくなってくる。うっとうしいんだよ放せ、くらい言うのは簡単だろうが、後ろをちらと見るとそれを言う気が一気に萎んでしまった。まだ片手を頬にあてたままのハルカが、そわそわと落ち着きなく足元を見ている。髪の合間から覗く耳は、炎に照らされていなくても赤い。くっそ、何だっていうんだ一体。
 なんとももやもやしたものを胸中に抱えながら、ユウキはいつもよりゆっくり、らせん階段をぐるぐるとのぼっていった。



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 憎い、と誰かが毒まじりの息といっしょに吐き出した。ひどく幼い声だ。涙に枯れた、ほんの少し掠れた幼い声。そんな言葉を発するには、あまりにも幼い声だった。
 ぐいと見えない釣り糸に引かれて上昇していく。ぱち、とちいさな音がしそうなくらい唐突にはっきりと、ユウキの赤いひとみが見開いた。意識だけが水底から急上昇してきて、彼の頭は未だ霞のなかを彷徨っていた。何気なく触れた道端の砂利が、《本》の欠片であっただなんて誰が想像出来ようか。ユウキはもう一度、《本》に触れた。景色はもう変わらない。《本》は既に事切れていた。伝えるべき過去を伝え、その役目を果たしてしまっていた。ユウキに記憶を伝え、しんでしまった。ユウキは、路地裏から逃げるように飛び出す。やっと摘まみあげられるくらいに小さな《本》の欠片をぶかぶかの上着のポケットに乱暴に突っ込んで、大きく息を吸う。知らせなくては。代行に、知らせなくては。武装司書が危ないと、伝えなくては。急ぐ足元がふらついた。失血がひどい。沈む身体が悲鳴を上げる。上がる水飛沫。青より深い藍に染まる世界。汚れた水路に沈んだ無数の煉瓦。急がないと、と思って走り続けていたユウキが薄暗くなる視界のなかで覚えているのは、ぐらりと傾いた自分の身体と、目の前にぼんやり浮かんだ、喧嘩別れのままのあの子の姿だけだった。

(――――っ、ハルカ、ごめん、な)



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書き殴ってたもののうち某パロだけを抜き出したらこんなことになりました。断片的に話を書き過ぎてまったくわけがわからないよ!
お粗末様でした。



(12.01.16)

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