Break. 「“いつもの”お願い」
さてお客様、本日のご注文は?『“いつもの”――お願い』
ドラマや映画の中で聞くことは多々あれど、現実世界において実際に口にするコトは滅多にないであろう台詞の代表格。
ちょっと気取ったその注文方法は、知らない世界のドアを一枚開いてしまったような――イケナイ大人の世界を覗いてしまったかのような、そんな気分にさせてくれて。
言葉にするだけで、ちょっと快感だったりする。
とは言っても、僕が頼む“いつもの”の内容は、実はそんなに格好イイものじゃない。
僕がこのバーで頼むいつものカクテルは―――“左之さんにオマカセ”
例えば、スクリュードライバー。
モスコーミュールにカシスなんとか。
居酒屋でも扱っているような一般的なカクテルだったら僕もそれなりに知っているけど、せっかくバーに来てるんだから、知らないお酒が飲みたくて。けれど当然、知らないお酒を注文することなんて不可能で……毎回注文の度に悩んでしまっていた僕。
『味の希望は?』
『どんなのが飲みたい?』
フルーツの種類だったり、ベースにしたいお酒だったり……左之さんが聞いてくれる簡単な質問に、最初のうちこそ希望を伝えていたけれど、どんな注文をしても大概僕の気分を察知してリクエストに応えてくれる左之さんに甘えて、今ではすっかりおんぶに抱っこ状態。
つまりは完全な丸投げ注文。
こんな子供じみたお願いも、
“いつもの”
って頼むと格好良く聞こえちゃうんだから言葉って不思議だ。
澄ました顔でカウンターへ腰掛けて、足を組んで。ゆっくりと頬杖をついてから、出来るかぎり大人びた笑顔を意識して、少しだけ上目遣いで左之さんを見上げる。
「“いつもの”――お願い」
せめて台詞負けはしないように。
精一杯の努力で演じた『大人の僕』は、左之さんの人差し指でおデコを弾かれて強制終了させられた。
「バ〜カ。背伸びすんなっての」
ケタケタと笑う左之さんは、子供じみた表情を浮かべているにもかかわらず何処か妖艶で大人っぽい。その差がなんだか悔しくて、僕は頬を膨らませることしか出来なかった。
(そうやって子供扱いするんだから……)
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