小説 | ナノ





時渡り 〜貴方を護りたい〜 4


「僕って、こんなに女々しかったっけ」

気づけば自分の布団の中で止まらない涙を持て余していた。

寝間着の袂で乱暴に拭ってみても一向に止まる気配の無いそれに、さしもの沖田も閉口する。

「もう、流れるだけ流しちゃった方がいいのかな」


原田にはやがて大切なひとが出来て幸せになる。


そのこと自体は喜ばしいと思えるのに、やはり寂しさは否めない。


左之さん。


思い知る。

どれだけ自分が原田に心の柔らかな部分を預けているのか。


もう、離れないといけないかな。


今は未だ、原田は自分を想ってくれているだろう。

しかし、先の事を思えば・・・。








「総司。起きてるか?邪魔するぜ」

唐突に声がして、障子が開いた。

亡羊とそちらを見た沖田の目に入ったのは、何故か岡持ちを持った原田。

「今日はちょいと毛色の違ったもんを・・って、総司!?どうした、苦しいのか?!」

焦ったように岡持ちを置いて沖田へ走り寄った原田が案じるように沖田を覗き込んだ。

「左之さん・・どうかしたんですか?」

そんなにも原田の焦る原因が判らずに、沖田は不思議そうに原田を見上げる。

「どう、って。そりゃ俺の台詞だ」

言って原田が沖田の頬に指を当てた。

「あ」

それで気づく。

「そっか。涙が」

得心したと頷けば、原田が難しい顔で沖田の脇へ座った。

「お前が泣くなんて、よっぽどだろ。いいから無理すんな」

額に当ててくれる手が優しい。

沖田を見つめる瞳には温かな情が溢れている。



今は未だ、僕の左之さん・・。



うっとりと目を閉じて、抱き寄せてくれる腕に身を任せた。

このまま溶けるように消えてしまえれば、どれだけ幸せだろうと思う。

「総司」

甘やかすように沖田を抱く腕。

その腕が不意に離れた。

「そうだ。伸びちまう」

聞こえた、酷く現実的な言葉。

「え?蕎麦?」

原田が岡持ちから取り出したものに驚いて、沖田は思わず声を上げた。

「そ、蕎麦だ」

驚く沖田にしてやったりな笑顔を浮かべ、原田がそれをふたつ畳に並べた。

「これなら食えるかと思ってよ」

箸を割って沖田に渡し、更に原田は悪戯めいた笑みを深める。

「総司。これ何だと思う?」

手にして見せたのは、沖田も良く知るもの。

「七種唐辛子」


なないろとうがらし


それは、江戸での呼び名。

確か、上方では違う呼び名があったとは思うが、確かめもしなかった。

「やっぱりな、総司らしいぜ」

思った通りだったと笑いながら原田がそれを沖田に渡す。

「こっちじゃ、七味唐辛子って言うんだそうだぜ。ま、物にそう変わりはねえけどな」

店に依って配合が微妙に違うそれ。

蕎麦にかければ風味が広がって、確かに食欲をそそる。

「新しい店のなんだよ。並んでんの見てたらな、金平糖を思い出した」

「ああ。それで」

ひと口、ふた口、ゆっくり蕎麦を口へ運ぶ沖田は漸く納得した。

沖田が好む金平糖。

それを想起させるものならば、食欲の無い沖田も興味を持つかもしれない。

そう考えて、原田はこれを買って来てくれたのだろう。

わざわざ、面倒な思いをしてまで。

沖田のために。

「ありがとうございます」

言えば、原田が楽しそうに笑った。

「早く一緒に行こうぜ。甘味屋にも蕎麦屋にも」

「飲み屋にも?」

茶化すように付け足せば、当然、と堂々たる答えが返った。

繊細で豪快で優しい原田。

こんな風に、共に過ごせる時間があとどれほどあるのか判らないけれど。

今こうして一緒に居られることを、とても幸せだと沖田は思う。

原田の笑顔を見ていると幸せになれる。

流れる時間は止められずとも、その時間を忘れずにいる事は出来る。

心に残って消えない時間。



ああ、でも。



沖田は思う。


この先もずっと、僕が、左之さんの重荷にならなければいいけど。





「・・・へえ。新八さんは相変わらずなんですね」

屯所での様子を原田から聞いていた沖田は、随分と肩の力が抜けている自分に気づいた。


復帰したい、早く役に立ちたい。


原田と居るとそんな焦燥さえ消し去ってくれる。

いつもなら、そろそろ暇を告げられる時刻。

夕闇差し迫る庭を見つめ、覚悟してその言葉を待つ沖田に、しかしそれはなかなか告げられない。

「左之さん、そろそろ戻らないと・・」

辛抱出来ず、沖田は自分からそう切り出した。

一緒に居た時間が楽しければ楽しいほど、別れの時間は辛い。

引き延ばされることに耐えきれず、自らそう言葉にすれば思いがけず真剣な瞳の原田の瞳に捉えられた。

「今日は、ここへ泊まる。土方さんにも言ってあるから心配はねえ」

告げられた言葉に、沖田は瞠目した。















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