きっかけなんて些細なことで(後)
(さてと。アイツは何処にいるのやら)
屯所の門をくぐった俺は、まずは…とそのまま裏庭へ足を向けた。
予想は、的中―――
庭へとまわりこめばすぐ、自室の前の縁側で、柱に寄りかかり目を瞑る総司を発見した。どうやら荒れてる を通り越して、大分凹んでいるらしい。
気配に人一倍鋭い奴だから、当然のように俺に気付いているだろうに……今日は近くへ寄ってもいっこうに目を開けようとしない。
仕方ねぇか、と小さく息を吐いて“狸寝入り”を決めこんでいる奴の隣へ腰をおろす。頭へぽん、と軽く手をのせれば、さすがに小さく身じろぎしたが、それでもやっぱり目をあけようとはしなかった。あぁ、そうか。
(―――拗ねてんのか。)
父親に遊んでもらえなかったガキか?お前は。
苦笑しながら、俺はその「子供」の頭をぐりぐりと撫でてやった。多少乱暴な手つきになっちまったせいか、顔を歪ませてから総司がゆっくりと目を開いた。
「なんか、左之さんて――」
「…ん?」
「――ちょっとだけ、近藤さんに似てますね」
「………はあぁ?!!」
思いもよらなかった事を言われ、動揺も隠せず吃驚した俺を見て、総司はくすくすと小さく笑う。
「もちろん外見とかじゃなくって。空気が、ですけど」
「いや、そりゃそうだろうが――って、いや……そうか?」
他の誰にも、そんなことを言われたことはない。
自分でだって似ても似つかないと思うんだが。
「うまく言えないけど…温度、かな。なんか、あったかいんですよね――包み込んでくれる感じ、って言うのかなぁ……?」
眠たげな総司は、気だるそうに腕を上げ、「そこ…」と。ちょうど俺が裏庭に回りこんできたあたり、屋敷の曲がり角を指差した。
「あの辺まではね。もしかしたら近藤さんが帰ってきたのかも〜って。勘違いしちゃいました。」
「あぁ〜――…そりゃ悪かったな。妙な期待させて?」
言ってはみたが、なんで俺が謝ってんだ?と自分で自分に突っ込みを入れる。
まだ少し戸惑いながら、頭にのせていた手を外そうとすると、細められた翡翠がチラリとこちらを流しみた。
(おいおい。なでてろ?ってコトか…??)
さっきから調子を崩されてばかりで、なんともかんとも、らしくねぇ――
外しかけた手を元に戻し、ゆっくりと頭を撫でてやれば、総司はまた静かに目を閉じた。
「だからかなぁー――…?」
――強い風が、吹き抜ける。
「左之さんにこうしてもらうの、嫌いじゃ ないです。」
ざわりと音を立てたのは、木々の葉音か俺の鼓動か。
俺の動揺に気付かないのか、そう言った総司は柱に預けていた頭を、反対側の俺の肩口へと移動させてきた。小さく笑うコイツの声を、先よりももっと近い位置で感じる。
「髪とか触られるの好きじゃないハズなんですけどね。左之さんは特別に許してあげますよ」
「……そりゃあ、光栄、だな」
「でしょ?感謝して下さいね」
「なんだそりゃ」
意外にもさわり心地の良い、茶色がかったその髪の感触を味わいながら、しばらく静かに撫でつづけてやれば―――すぅすぅ、と。いつの間にか、本格的に夢の世界へ旅立ってしまったらしい深い息遣いが聞こえてきた。
(なんだ、ってんだよ――…)
トクリと鳴る心臓が生み出しているのは、何度か知った、とある“感情”
そんなまさか と空を見上げる。
冷静になれと息を吐いてみても、いつの間にやら大きく膨らんでいるその感情は、既に誤魔化しきれねぇもんになっていた。
どこで
どうして
こうなった?
なんて、今更仕方のないもんは潔く後で考えることにして、一先ず俺も夢の中に逃げてしまうことに決めた。目を閉じたって逃げることなんか出来やしないのはわかってる、けど、今はまだ――
それの名前を思い出さないよう、
眠る総司の頭に寄り添った。
(始まりは一体いつだったのか?)*prev →
TextTop