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7月/総司誕/SSL(3)

トントンッ――

「失礼しますっ!」

一分一秒すらもどかしくて、ノックの音とほぼ同時に、返事も待たずに扉を開ける。

「お…?なんだ沖田か、どうした?」

ぐるりと見渡せば、どうやら保健室の主は不在。
そして、やっぱり居た目的の人物が、椅子に座ったままのんびりとこっちを振り向いた。
片手にプリント、片手に缶コーヒー。
原田先生が、空調のきいたこの部屋を仕事の際によく利用している…っていうのは、少なくとも僕にとっては当たり前の情報で、だから歩いている方向を見たときに此処だってピンときたんだ、けど。


(理由を、考えてなかった――…)


みんなが祝ってくれた誕生日に、よりにもよって一番祝って欲しい人と顔も合わせることが出来ないなんて嫌だって思ったら、考えるよりも先に体が先に動いてしまっていた。それだけの単純すぎる理由。


気分が悪いなんて嘘言って、ベッドに押しやられて話せなくなったら意味がないし、かと言って当然怪我なんてしてるハズもない。

「え…えぇ、と……」

放課後に保健室に来る理由ってなんだろう。うまい理由も考えつかず、らしくもなく視線をさ迷わせる。

「あー、もしかして。避難してきた、ってとこか?」
「……えっ?」
「朝から随分な騒ぎだもんな。誕生日なんだって?」
「そ、そう……そうなんですよね!ちょっと疲れちゃって。休憩に」
「はは、人気者は大変だな」
「みんな面白がってるだけですってば」

勝手に勘違いをしてくれた先生に助けられて、どうにか理由を作れた僕は、そのまま先生がすすめてくれた椅子に腰を下ろした。


手を伸ばせば届く距離に座ってる。


それだけのことが、どんなに「おめでとう」を貰っても、どんなにプレゼントを貰っても満たされなかった心の隙間を埋めてくれるんだから、想いの力って本当に凄い。

「言われ疲れただろうけどな、おめっとさん」
「いえ。ありがとう、ございます……」

けど、凄いって言うのは、上昇だけではなく下降の意味でも威力を発揮する。
なんのプリントかはわからないけど、そこから目を離すこともなく、会話の流れだけでの「おめでとう」がやけに胸に突き刺さる。先生にとっては、僕の誕生日なんて本当にどうでもいいことなんだって、勝手に悲しくなるとか……こんな事知られたら、間違いなくウザがられる。

(自分でだって、ウザいと思うし。)

どこの乙女だって笑っちゃうような女々しさを表に出さないように、どうにか心に仕舞い込んで、僕は考えていたセリフを1つ口にしてみた。

「せっかくだし先生も、可愛い生徒を祝ってやろう!とか思いません?」
「残念。こう見えて結構イイ先生だからな。依怙贔屓ってのはしねぇんだ」
「え〜〜」
「第一お前の誕生日に何かくれてやった、とか知られてみろ。かわいい生徒達から、年に何回たかられる羽目になると思う」
「別に……」


――物じゃなくても。


さっきみたいに適当な感じじゃなくて、「おめでとう」って目を見て笑ってくれたらそれだけでいいのに。


言いかけたけど、そんなコト間違っても口に出来ないし、本心から言ってもらえなきゃ意味もない。

仲が良いって言ったって、その程度。
しょせん大勢いる生徒の中の一人。

思い知らされて項垂れた視界の先に見える自分の足元。なんだか地面がないような、妙な感覚に陥った僕は、その感触を確かめるように小さく床を蹴った。


――追ってなんか来なければ良かった。


帰ろう、そう思ったのと同時に、ポケットにいれてある携帯が震えた――メール受信1件、相手は一君――先生の視線を感じながら携帯の画面を開くと、『どこにいる?』と短い用件のみの文が添えてある。

「あっ…!一君と平助君と約束してたんだった!」
「斎藤からか」
「うん、一君が僕の好きそうな甘味屋さん見つけたから、連れてってくれるんだって」

タイミングよく戻る理由も出来たところで、勢いよく立ち上がる。
これ以上ここにいても寂しい気持ちにしかならないだろうから、丁度良かった。一君と平助君と騒いで、甘いモノを食べれば、きっと気分も晴れるだろう。


「じゃ、どうも。お邪魔しました」


「あ、沖田!」

逃げるように扉へ向かった僕を呼び止める声に、つい反射的に振り返ってしまうと、プリントも缶コーヒーも放り出した先生が僕に向かってゆっくりと歩いてきた。
ネクタイを緩めながら歩いてくる様に見惚れて、ボーッとしてしまっているうちに、いつの間にか先生は目の前まで来ていて―――

「ま、教育指導ってことで、な」
「………へ?!」

やけに近くに感じる気配。
体温が伝わってくる程の近さで、僕の背後に回される先生の腕――抱きしめられるのかと思って、呼吸も瞬きも忘れて固まっていると、襟足に、何かが触れる感触。
次いで、僕の胸元に向けられる先生の視線を追って下を向けば、先生の手で器用に結ばれていく一本のタイが目に入った。



学校指定の正しい制服はネクタイ着用が必須だけれど、僕は基本的にネクタイを、していなかった。だって、締め付けられるような感覚が好きじゃないから。
それでも、風紀委員の一君が「服装検査の時くらいは」って口を酸っぱくして言うから、一応カバンの中には入れてるんだけど、今日はそんなものなかったし、ここに来る時だってしていなかった。


でも今、僕の胸元に確かに揺れてる赤いネクタイ。

今はシャツだけの先生の胸元には、さっきまで確かに赤いネクタイがあったはず、で―――


「お前、斎藤が服装検査だって言う時しかつけてねぇだろ?…ったく、一応着用は義務なんだからな」
「…………」
「外に行く時くらいちゃんとしとけって、先生からの指導だ」
「……………」

行っていいぞ、と微笑む先生の声。

ありがとうもスミマセンも可笑しい気がして、僕は金魚のように口をパクパクさせることしか出来なかった。
「プレゼントですか?」なんてうっかり口にして、返せと言われるなんて絶対にイヤで。言葉を探しても探してもうまく見つけられなかったから。黙って何度も頷く僕の頭を、先生が乱暴な手つきで撫でてくれた。

顔を上げると、いつもよりも至近距離に居る先生が破顔する。

「じゃ、楽しんでこいよ?」

「あ…はい、あの、それじゃ。一君たち待たせてるんで!」


もしかしたら真っ赤になってしまっているかもしれない顔を隠すため、僕は慌てて保健室を飛び出した。廊下は走るなよ、なんて野暮な声を背中に感じながら、教室へと急ぐ。


何故か苦しいのは、タイを締めてるせいなんかじゃない。




胸元でタイが揺れる度に、

感じるのは――……



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