∴ 01

 

 隣のクラスの男が言う「今日暇?」って言葉は、セックスの誘い文句である。



「今日暇?」
「ひま〜!」
「じゃあ昼休み迎えに行くわ」
「わかった、待ってる!」


 同じ男とは思えない小柄なやつが、男に聞かれていてにこにこ答えていた。
 ――今日はその子なんだ。決して視線は向けず、参考書に目を落としながら思う。この前はちょっと強気な男だった、その前は後輩の男、その前は……。日替わり定食のようにそいつは昼休み前になると、教室に現れて誰かを誘う。その男たちはランダムで選ばれるらしく、依然自分から誘ったやつはその役目から外されたと言われている。その噂を聞いて、健気な男たちは、王様である男からの誘いを今か今かと待っているのだ。



「委員長っ、次の授業のプリント見せてほしい〜!」
「いいよ」
「サンキュ!昼休み奢る!」
「カツサンドね」
「ははっわかった!」


 思考を阻むようにクラスメイトがいつもの要求をしてくる。何回もやっているやりとりなので、特に苛立ちは感じない。こいつはちゃんと見返りをくれるからいい。
 黒髪で眼鏡で勉強もできるから、クラスの委員長になった。委員長と言えば優しくてみんなの取りまとめ役だと思われているだろうけど、おれはめんどくさいのは嫌いだし見返りがないことはやりたくない。こうやって頼みごとをしてくるやつは、1回目はちゃんと貸してそのあとの態度を見ることで、やさしさを見せる相手を選別している。



 昼休み、カツサンドを頬張りながら屋上でぼーっとする。携帯を見ると、珍しい奴からメールが入っていた。

【今日暇?】

 簡単な本文だけどいつも通りだから気にせず、暇だと返信する。返事は返ってこなかったけど、これもいつも通りだから気にしない。




「委員長!ばいばい!」
「ああ」
「つれないね委員長!そこもいいけど!」
「彼氏に怒られるよ。ほら、そこにいる」
「ぎゃっ!」


 声をかけてきたクラスメイトの後ろにいた長身の男を指差すと、慌てたように鞄を持ち出て行った。嫉妬深い彼氏だって愚痴っていたくせに、すぐ軽いことを言って、しかもそれを目撃されるからあいつは救いがない。次の日は遅刻かな、と思いながらおれも教室を後にする。
 そういえば日替わりランチは、帰ってこなかったな。
 


 

「まひろ、お待たせ」
「うん」


 制服を脱いで私服に着替え、ちょうどいい時間に家を出る。
 高校生のおれには場違いな超高級ホテルのロビーのソファで、持ってきた本を読んでいると声をかけられた。

 グレーのストライプのスーツを着て、髪の毛は綺麗に後ろに流した大人が、おれの隣に立っていた。


「今日は仕事?」
「……ああ。ちょっと立て込んでてさ」
「ふうん。お疲れ様」
「ありがとう」


 たわいのない話をしながら、そのままエレベーターで18階にあるフレンチレストランにいくと、ウェイターに窓際のいつもの席を促される。学校での出来事、仕事の話、簡単にお互いの話をして、運ばれてくる食事を口にする。


 
 デザートまで楽しんだあとは、42階にある男の部屋に向かう。



「まひろ」


 男がそうやっておれを呼ぶときは、セックスの始まりの合図である。
 目を閉じて、近づいてくる唇を受け止める。


「あれ、煙草やめたの」
「ああ」
「ふうん」


 苦くないキスに思わず言葉が出る。別に煙草味でもよかったけれど、なんて思いながら唇をちゅ、と吸われ舌を絡めるキスに翻弄される。
 整えられた髪の毛がキスのあとには少し乱れていて、それが一層この空気を淫靡なものにしていく。


 ――― キングサイズのベットにキスをしながら押し倒されて、あとはそのまま。



 
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