「引っ越すってどこにだよ?」
「マンション買うから心配しなくていい」
もちろん、そんなつもりはなかったが、勢いで言ってしまった言葉でも後には引けなかった。
ハッ、と短く息を呑む音がする。
縋るように、引き留めるように慧が切なく俺を見て、そして、何度も視線を泳がせてから意を決したように慧が口を開いた。
「…その指輪、お前のか?」
嫉妬で正常な思考をしていなかった俺は、よりによって最悪な答えを返してしまった。
「大事な人がくれたものだ」
嘘じゃない。
だが、他に言い方はあっただろう。
昔に殉職した相棒の形見とか、命日の墓参りとか、少し言葉を加えるだけで分かってもらえたかもしれないのに、口から出てきたのは最も簡単で最も誤解されやすい言葉だった。
慧がグッと眉を寄せる。揺れる目に、傷付けたんだ、と知るのはそう難しいことじゃなかった。
互いに言葉はない。何か言いたくても言葉が見付からない慧と、何も言いたくなくて口を閉ざした俺。痛いほどの沈黙は続いて、強く手首を捻ることによって慧の手から逃げても黙ったままだった。
その時、沈黙を切り裂くように携帯が震える。
ヴヴ、ヴヴ、ヴヴ、と短い二回の振動を三回繰り返したそれは仕事の依頼を意味していた。すぐにチェックしなくても構わなかったが、沈黙から逃げたくて慧を無視してメールをチェックした。
そして、目に飛び込んできた依頼内容につい目を見開いた。とても大きな仕事だったんだ。
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目には目を、歯には歯を。
罠には罠をもって制するのが最善だ。