そのまま運転席から外に出て、後部座席のドアを開け、腰を折る。仕事の都合でマナーや給仕の仕方なども一通り身についているが、まさか慧に使う日が来るとは思わなかった。
慧が控えめに手を伸ばしてくる。体を動かさずに目線だけやれば、楽しげに笑っていた。
(男にエスコートは必要ない!)
スタッフに見えない角度で睨んでやれば、そろり、と伸ばされた手は戻っていった。
慧が降りてからドアを閉め、荷物をスタッフに預ける。そして、再び腰を折りながら慧がロビーに入っていくのを見送り、俺は駐車場に向かうべくフェラーリを発進させた。
設定は簡単だ。
御曹司様と執事。それだけだ。
慧の場合、嘘をつかなくても財力と地位を持っている。第一と第二の条件をクリアしている。
幸いかどうかははっきりと言えないが、国内の大抵の高級ホテルになら泊ったことがあるこの御曹司様はここにも数回泊ったことがあり、ホテル側も慧の立場を知っているらしい。
だが、カジノの誘いが来なかったのは、慧の持つ独特の雰囲気のせいだろう。しなやかながらも隙のない鋭いそれは肉食獣のようで、ただ見ているだけでも圧倒されそうな雰囲気だ。
俺が知る限り、慧がこの危うい雰囲気を崩すのはハニートラップ中、仲間だと認めた人の前、そして、俺といる時だけだ。
そこで、さらに設定を追加した。
慧はお小遣いを欲しがっている、と。
それをホテル側が知った途端、おそらく誘いが来るだろう。金があり、地位もあり、さらに金を欲しがっている世間知らずの坊ちゃん。これ以上のカモは到底いそうにもない。
なら、具体的にどうするのか。
簡単に言うと買収だ。カジノとホテル両方の買収。
オーナーが見付からないからこそ警察は手を出せないわけで、そいつさえ確保すればカジノはどうにでもなる。いくら慎重な奴でも、ここまで大規模な買収に出てこないはずがない。
そのために用意した金は、
(5,000万、)
これだけの金で全て買ってやる。
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目には目を、歯には歯を。
罠には罠をもって制するのが最善だ。