「支払いを少しお待ちいただきたい」
「…それは、」
「89億2,800万。もちろん、踏み倒すつもりはないが、すぐに用意できる額でもなく…」
そりゃそうだろうな。
俺達はこれを利用してホテルごと買収しようとしているんだから、容易く現金や小切手を渡されてしまうとむしろ困るんだ。
現状にほくそ笑む内心を押し隠して、俺は表面ばかりは困った表情を貼り付けた。
「それは…困りましたねぇ」
「清宮様はなんと?」
「最近は金が入り用だと」
条件が変わる可能性のある交渉をする時、初めから自分がギリギリ耐えられる最低ラインを相手に知らせてはいけない。
条件を高めに設定し、交渉の中で少しずつ譲歩しているように見せかけ、最終的に自分の目標に合うように話を調整していくんだ。
巨額の金を手に入れるつもりはない。
それを餌にしてホテルごと買い叩く。
「長くはない。二、三ヶ月で結構ですので」
「…二、三ヶ月ですか」
「どうか清宮様にお伺いするようお願いできないだろうか。ご迷惑をかける、朝倉様」
そして、道を絶った後にヒントを与える。
「難しい話ですね。…ここだけの話、清宮グループが自社のホテルが欲しいとかで最近はその資金集めが…、ですので慧様も…」
すぐに払うことを求めると言外に言う。
ここでホテルの買収を匂わせるが、さすがに俺だってこんな一等地の一流のホテルを89億2,800万で買い叩けるとは思っていない。普通なら三、四倍の値段がするだろう。
だから、少しずつ少しずつ誘導していく。
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目には目を、歯には歯を。
罠には罠をもって制するのが最善だ。