うちの両親は昔からなかなかの旅行好きだった。出会いも、旅行代理店に勤めている父(無愛想に見えるが、あれでツアーの旗を持たせたら小粋なギャグとモノマネで客を楽しませる人気コーディネーターだ)の元に、母が客としてやって来たという、先読み出来る程ベタベタなメロドラマのような話から始まる。 そんな二人に育てられた俺たちは意外とグレたり捻くれたりせず、すくすくと大きくなった。幼少期は特にあちらこちらと連れ回されて(多分両親にとったら趣味の延長戦上だった)、愛情というものは、やたらと分厚いアルバム数冊分からしてもわかる。たっぷり注がれていた。 共通の趣味がある、ってことはそれだけで夫婦仲を強くする。両親は俺たちから見ても安定のおしどり夫婦だと思うし、仲の良い両親との旅行は年頃になると照れはあっても、決して嫌だとか気持ち悪いとか、そういう類いのものじゃなかった。 去年の、ちょうど今頃。当時中学一年の俺と小学四年の日々人に意気揚々と一週間近くの留守を任せ、仲良く伊豆の温泉旅行に旅立ってしまったことがあった。 俺が中学に上がるまでは四人で旅行することも頻発にあったが、サッカーを始めてからというも盆も正月もないハードな練習量は俺のプライベートを地獄の鬼のようにことごとく奪う。必然的に旅行の計画が持ち上がると俺だけ留守番役に回されることが多くて今回もそうなるだろうと思っていたのに、今回は自分も留守番をすると、日々人が進んで名乗り出たのだ。 「何でだよ」 「いーじゃん、ムッちゃんだけズリぃって思ってたんだ、だって夜更かししても好きなだけお菓子食べても怒られないんだから」 弟があまりにも無邪気に目を輝かせるものだから、俺はつい構ってやりたくなって、日々人の面倒はきちんと見るから、と気付いたら可愛い弟の援護をしてしまっていた。 「まあムッちゃんは何度か経験あるしねぇ」 呆気なく許可が下りる。基本俺たちに干渉しない両親が乗ったタクシーを行儀良く見送った後、日々人がありったけの力でしてきたハイタッチ。馬鹿力め。五分ぐらいは皮膚が千切れそうなぐらいヒリヒリした。 二人だけの部屋。二人きりで過ごす時間。浮かれたのは日々人だけじゃなく、俺もだった。 浮かれ過ぎてたんだと思う。 朝から夕方まで。俺は部活に出かけ、日々人はゲームをしたり同じクラスの友達と遊びに出かけて時間を過ごす。夜ご飯を作る前に二人で冬休みの宿題を必ずこなす、っていうのは俺が作ったルールだ、日々人はブツブツ文句を言ったけれど。 「今日何作る」 「ご飯ものがいい」 「んー、今作れるのは、チャーハンかオムライスか、親子丼」 「オムライス!」 「よし、じゃあ日々人は卵割って」 「オッケー」 メニューをあれやこれやと二人で額を付き合わせながら考え、食べ終えた食器を洗い終えるとようやく、俺たちの密やかで絶対的な楽しみが始まる。 天体観測。流星のような勢いで侵食してきた宇宙に俺たちは夢中だった。 何時間でも見てられるな、なんて周りに誰もいやしないのに、星にでもなった気分でひそひそ話をしながら、穴を開けた空から天国の光が溢れてるんじゃないか、っていうぐらい美しい星空を、指先の感覚がなくなるまで眺め続ける。 門限もないし怒られない。 子供だった俺たちにとって、これほど素晴らしい観測条件はないと思う。 「ムッちゃんの手、すっげぇ冷たくなってる」 「お前もだろ」 「でも、なんかムッちゃん顔色悪いよ」 お互いの体温を確認し合って、限界を感じる頃には大抵顔も指も空気に触れたところは赤を通り越して真っ白になっている。 心配そうに俺を伺ってくる尖った頭には、たくさん土がついていた。日々人は星のためなら地面にだって平気で寝転ぶからだ。それを軽く払ってやる。神経がなくても髪は冷たくなるんだな、ってぼんやりと思う。 しかし、この日はどうにもおかしかった。 浮遊感、というんだろうか、一日中足が地面に吸い付かなくて、悪寒が常に付き纏ってくる。朝は何とか平気な素振りが出来ていたのに、星のシャワーを浴びつつ家に帰る頃には、強烈な吐き気が込み上げ、俺はそのまま胃の中のものを廊下にぶちまけた。 ヤバイ。多分これ、ヤバイやつだ。 洗面器持って来い、って言ったのに。日々人は俺の顔を見た瞬間みるみる大きな瞳に膜を張ってムッちゃん、ムッちゃん、って壊れたオーディオのように何度も日々人は俺の名前を呼んでいた。洗面器はもちろん間に合わなかった。 俺の意識があったのは、そこまでだ。 気付けば体はいつもより柔らかなベッドの上にいて、仄かに甘く香る部屋で目が覚めた。 体が重い、と思ったら日々人の腕が左から覆い被さっている。ちょっとやそっとじゃ起きそうにもないんだろう、それぐらい日々人は深く呼吸を繰り返している。 目元にはパリパリに乾いた涙の跡があって、胸が痛む。意識の遠のく瞬間に見た日々人の泣き顔は、瞬間で終わらなかったらしい。 普段は別々のベッドで寝るのにどうして、と上体を起こしながら思考を巡したところで月明かりが立ち込める、現実と少しだけ隔離された部屋に、ドアの開く音が空間の邪魔をしないよう小さく割り込んだ。 「起きたのね、ムッタ」 シャロンだった。俺の顔を見るなり、顔を緩めた彼女の手には、新しいタオルや冷却シートが抱えられている。 そうか。途端納得がいく。 (カモミールだ、このりんごみたいに甘いの) 安眠や鎮静の代名詞のようなアロマの香りは数ヶ月前に慣れ親しんだ人の家に突然やって来た。リビングから漏れ出すようにして、家中に広がったそれは、玄関を潜るとすぐ感じるようになった。 カモミールのアロマはね、心を慰めてくれる。子供の暖かな手で包まれているような、不思議な気持ちになるわ。眠れない夜や不安なときにいいの。ヨーロッパなんかでは、昔から子供や女性のために使える精油とも言われて治療薬として使われてきた、それぐらい優しいアロマなのよ。 いつだったか、そう言ってシャロンが教えてくれたっけ。 リビングにあるタイプと同じ雫のような丸いフォルムが部屋の片隅にもあって、口から噴き出すアロマの霧は、見えない神経をゆるゆると撫でる。 「シャロンおばちゃん、俺、どうして」 「まだ寝ていなさい。ここは私の家だから安心して。インフルエンザ、ですって。ヒビトが泣きながら私のところに電話をかけてきたのよ、ムッちゃんが死んじゃう、って聞いた時は、心臓が止まるかと思ったけれど」 シャロンの話によると、俺が吐いて意識が飛んだ後、日々人がシャロンに助けを求めたんだそうだ。幼い弟にしては冷静に行動出来た方だと思う。進一さんがルパンに憧れて学生時代から一人でこつこつ貯金して購入したというフィアット500を運転し(こんなところは子供っぽいわよね、とシャロンは楽しげに笑ってみせる)俺と、俺にすがり付いて離れない日々人を乗せて夜間診療を行う病院に連れて行ってくれたらしい。 容体が回復するまではシャロンの家で面倒を見る、とご両親には既に連絡してあるから。頭を下げかけた俺を遮るようにしてシャロンは苦笑した。 「ってか何で日々人もここに。菌が移るよ、俺の隣で寝たら」 「私も言ったんだけど、今日だけは一緒に寝る、って聞かないから。怖かったのよ、ヒビトは」 でも、怖かったのは私も。 「インフルエンザでよかったわ、本当に」 重かった。シャロンは一番軽いピアノの鍵盤を弾くようにしてその言葉を言ったのに、何よりも重く胸を満たした。 だってまだ、進一さんが亡くなって半年も経ってない。もうすぐ小惑星を発見する日がやって来るのに、彼女と一緒に空を見上げてくれる人はもういない。 「ねえ、シャロンおばちゃん、今日は」 なあに?と首を傾げるシャロンはいつも通り笑っていて、俺は「なんでもない」と首を振る。 俺は、心底ホッとした。冷却シートを張り替えてくれながらも、シャロンは微笑みを絶やさずにいてくれたことが。だけど心の何処かで少しの違和感が、魚の小骨みたいに引っかかっている。 「シャロンおばちゃん」 「どうしたの、何度も」 「おばちゃんの手、冷たくて気持ちいい、ね」 シートの粘着力を上げるために押し付けてくれた手が、まだ熱があるものね、と俺の広い額を撫でる。母にだってこんな風にしてもらったことないのに。もう少しだけその手が欲しくて、俺がまた「気持ち良い」と口にするとシャロンは何も言わずに撫で続けてくれる。 子守唄を歌ってあげられたらいいのに、こっちの子守唄はあまり知らないわ。え、いいよ恥ずかしいよ、俺中学生だし。 気恥ずかしさのあまりに鼻先まで布団をたくし上げて寝たふりをすると、人工の闇の向こうでシャロンの笑う気配がした。 手が離れて、やがて。小さく聞こえてきた歌詞のない鼻歌は、一体何という曲だったんだろう、今でも耳に残ってる。 この日、シャロンは最後まで泣くことはなかったけれど今日は。 本当に疲れていたんだろう、床に暫く伏せたせいで、ちょっとだけ心に隙が出来たんだ。 去年俺がインフルエンザにかかって倒れた日、それは進一さんがシャロンを見つけた奇跡の日だった。でも彼女はあの時少しも悲しみに暮れてはいなかった。俺たちの前で涙を見せたことは、葬式の日以来一度もない。 ごめんなさい、本当に。疲れ切ったシャロンは涙腺を閉めることも出来ずに、大粒の宝石みたいな雫がぽろぽろ溢れていく。ダイアモンドを砕いて散りばめたような天の川から星がまた一つ、消えてなくなるような儚い光景に、心臓が、ひねり潰されたように痛む。 弟は顔を下を向いて、小さな肩を震わせながら必死に涙を堪えてる。普段滅多に泣かない弟が、う、う、と死に絶えそうな声を出す。 なあ、ムッちゃん、今日ってさ。まるで幽霊を見ているかのようにカレンダーに釘付けになった日々人の箸から、ご飯が零れ落ちたけれど、俺は注意をしなかったように思う。 進一さんが小惑星シャロンを発見した日なんて、調べればいくらだって知ることが出来た。 俺と日々人でカモミールの匂いが現れた頃に約束をしたことがある。 擦り傷一つでもシャロンには見せないようにしよう。聡明で、優しくて、クラスメイトの女の子が霞むぐらい美しく笑う人を二度と悲しませたりしないように、と。 でもシャロン、泣いてなかったよ。 インフルエンザから回復した俺は日々人に言った。だけど弟は頑なに「シャロンをあの日は一人にしちゃダメだ」って口を曲げて言い張った。 「俺見たんだよ、ムッちゃんを迎えに来てくれたときのシャロン、ムッちゃんより死にそうな顔してた」 進一さんとの二人の暮らしは流れ星のようだった、って見てるこちらがむず痒くなるぐらい、恋する少女みたいな顔をしてシャロンは言う。幸せだったけれど、あっという間に過ぎ去ってしまった、って。 結婚式は挙げなかったの、だって私にとって綺麗で真っ白なドレスを着るよりも進一さんと星空を眺める時間が何よりも大切だったから。 高台にある金子夫妻の天文台には、俺たちがお正月にもらえるお年玉を全部合わせても買えないぐらい立派な望遠鏡が、テレビで見かけるふっくらとしたウエディングドレスのようなドームの中に隠されている。 カーマンラインを越えて、遥か何億光年も先の星たちを望遠鏡越しに見ていると、今はもう失われているかもしれない、命の灯火に圧倒されて、俺は心臓を止めたように動けなくなった。 それが怖くもあるのに、裏返せばとてつもなく喜びに震えていたんだろう、懲りずに何度も、望遠鏡に心臓をくっ付けにやって来る。 進一さんとシャロンの選択は何も間違っていなかった。きっとあの二人にとって、この天文台は結婚式よりも、大切なものだった。二人で磨き上げたレンズから、命がけで生きる宇宙を垣間見ることが、何よりの幸福だっただけなんだ。 俺たちは家に帰ってからもなかなか寝付くことが出来なくて、毛布に包まりながらベランダに基地を作った。 基地といってもここにあるのは、延長コードで繋いで持ってきた子供部屋用のヒーターと俺たちが包まってる毛布二枚。あとはそれぞれのダウンコートに、特売だったからと、母が大量に買い込んできた使い捨てカイロだ。 母が「早く寝なさいよーぉ」と呑気に欠伸をしてリビングの電気を消した。いつも両親は0時前に寝てしまう。今の時間はきっとそれぐらいなんだろう。 星を見ていると時間の感覚を忘れてしまう、とシャロンはよく言うけれどその通りだと思う。地球からは遠過ぎて、触れられなくて、それでも美しく儚げな姿を惜しみなく見せ付けてくるから、飢えが満たされる。星をいつまでも眺めていられる。 「ハネムーンってさ、普通の旅行と何が違うんだろ」 ぱりん、ぽりぽり。帰り際にくれたシャロンのジンジャークッキーを日々人が頬張る。 少し焦げてしまったけれど。申し訳なさそうにシャロンは手渡してくれたが、日々人は一口食べただけで、美味い、と呟いた。 シャロンがよく作るクッキーの一つで、いつもなら月のように丸いそれも、今日はジンジャークッキーマンという子供の形をしている。にこにこ楽しげに笑う子供たちは透明の袋に入れられ、袋の口は銀のラメに縁取られた青いリボンでちょこんと結ばれていた。 もしかしたらシャロンは、俺たちのことを待っていたのかもしれない。 シャロンから貰えるなら、クッキーでもチョコでも、駄菓子屋に売ってるような安っぽいものでも俺たちは喜んだ。少し人と違った、何処となく宇宙を思わせるような贈り物は、遠い夢を少しだけ近付けてくれるから。 「ハネムーンは結婚しなきゃ出来ねーの?」 「普通はそうだろ、結婚した直後に初めて行く旅行をハネムーンって言うんだから」 「父ちゃん達ってハネムーンはどこ行ったんだろ」 「さあ、聞いたことなかった」 「宇宙に行くってスゲぇ高いんだな」 「当たり前だろ、月に行った日本人はまだ一人もいないんだ、それだけ危険だし、命を守るためにたくさんのお金がかかるんだよ」 それに二千万なんて安い方だ。無人のロケットを宇宙空間突き抜けたとこまで飛ばすだけで、数百億という金があっという間に消えていく。 東の低い位置にはうしかい座の一等星、アークトゥルスがいた。これが見え始めると春が来るんだと思うのに、俺たちは季節に逆らうようにして身を縮め、きんと冷たい空気を取り込んで、熱を失っていく。冬に全てを支配されてしまった気分だ。そう、まだ、冬なんだ。 北北東。コンパスを使って合わせた空を、俺たちは今見上げている。そこにシャロンがいるからだ。 やっぱり見えねーな、日々人が残念そうにごちた。 冬から春の始めにかけて、シャロンは日本から見えるという。夏がくれば騒々しいほど派手なデネブやアルタイルに占領され、空から儚く消えてしまう。 時間はいつも駆け足だ。季節と季節の狭間は、少し何かに夢中になって一呼吸置いた時には次の季節に踏み込んだ後で、シャロンに会える時間は手のひらに舞い落ちる雪のように一瞬だった。 「宇宙飛行士になったら、簡単にカーマンラインだって越えられるし、月にだっていけるのにな」 月を二つに割って押し込んだような日々人の丸い瞳が、真っ直ぐにこちらを見た。濁りのない日々人の目には、目を腫らした情けない兄の姿がくっきりと映っている。 「いつか俺たちがオーロラを上から見るときがきたら、絶対写真撮って、シャロンに見せてやろーぜ」 「オーロラを上から見るにはISSじゃねえと。お前は月に行きたいんだろ、どうすんだよ」 日々人は素直に俺が頷いてくれるのを待っていたんだろう、俺の言葉に瞳をくるりと丸くした。だけどすぐにあどけないその顔の奥から、最近見え隠れし始めた大人の影を引っ張り出してきて、日々人は重くのしかかるもの全てを振り切り、無重力の中で、笑った。当たり前だろ、と言わんばかりに。 「ムッちゃんと一緒に、両方目指すよ」 俺は少しずつ、子供は子供のままじゃいられないことに気付き始めていたんだと思う。素直になるってことがやりにくいと感じることが増えた。 年を重ねると、何故かやりにくい。生きづらい。頭を重力のままに振ることだって、鈍くて重くなる。たまらず、爪が食い込むぐらい手をきつく握った。 「ムッちゃんは行くんだろうな、ハネムーンってやつ」 「そんな先のことなんかまだわかんねぇだろ」 「そうかな」 「お前はどうなんだよ」 「俺は、行かないと思う」 「何で」 ハネムーンに行くことが、宇宙に行くことより楽しいっていうなら、行くけど。 口にすることさえ躊躇うような言葉を、日々人はいとも簡単に音に乗せるから、俺はたまに驚かされる。そんなものあるわけない、と日々人は自信たっぷりに笑った。 そんな時、俺の目に見えていないだけで本当の日々人と俺との距離は、地球と月ぐらい離れているんじゃないか、って考える。だけど寒い寒いと震えて毛布をぎゅう、と寄せて包まる日々人はまだ子供で、俺の後ろを付いて歩いてきた時のままだった。 「おい、口にクッキーついてるぞ、汚ねーなぁ」 「わ、マジで!」 去年辺りからぐんぐん俺を追い越す勢いで背が伸びてきた日々人。体格の割にまだ中身は無邪気で可愛い方で、慌ててゴシゴシと口を拭う日々人を見ながら、俺はほっと息を吐く。 日々人が大きく、くしゃみをした。 鼻を啜って擦り合わせた手には、俺がさっき探してやった手袋がある。ベッドの下に隠れてた。でもカイロと手袋だけじゃ熱を守れなくて、日々人はカイロを絞るように握り締めている。 それでもシャロンの手より、俺たちの手の中に熱はあるんだろう。 今日、玄関で立ちすくむ俺たちに、目尻に綺麗な皺を刻んで「寒かったでしょう」と俺と日々人の手を取らなければ、きっと足を踏み出すこすら出来なかったと思うのは、彼女の顔が生きている血の証を失っていたせいだろうか。手だって、氷のように冷たかった。 来てよかったのかな。珍しく日々人が心細そうに帰り際に一人、呟いたことを思い出す。お前が言い出したことだろ、何を今更。そう返したら日々人は苦しげに唇を噛み締めた。 『シャロンは俺たちに泣いてるところなんか、絶対見せたくなかったはずなのに』 弟の“絶対”は、的を外さないということ。 そして何となくだけど。もう二度彼女の泣き顔を見ることはないんだろう、と思う。 だけどどれだけ寒くてもまた天文台まで登り、シャロンの手を想い、拳を振る。俺と日々人で、この日はシャロンに会いに行く。冬が近付き春になるまでの間、そんなことがずっと繰り返されていくんだと思ってた。 →next |