「……なんか、久しぶりによく寝た……」
私が寝床から起き上がると、すでに二人の姿は見当たらなかった。
「ラクスー?」
とりあえず身支度を整えてリビングに顔を出すと、誰も居ない。
「あ、ラクスなら外に…」
と、思ったらキラ・ヤマトが居た。
湯気の立つカップを片手にキッチンから顔を出す。
「……えと、とりあえず…おはよう?」
「え、うん。…お、おはよう………君も飲む?」
周りを見渡してもヤマト少年と私しか居ない。私は彼に勧められるがままにホットミルクを受け取り、席に着いた。
そうしてしばらく二人とも無言でカップを傾ける。なんだか居心地の悪さを感じるが、それは私だけじゃないと思うのは、彼の表情を見ても明らかだ。
「…ね、アスランたちは?」
「今朝早く、カガリは通信で呼び出されたみたい。それにアスランもついていったんだ」
「ふーん…そういえば、大量のお子様軍団は?」
「朝の散歩。海岸沿いを歩くのが毎朝の日課なんだ。ラクスと一緒に」
あまりにも居心地が悪かったから、私は少年に質問をすることにしたのだが、彼は案外素直に話をしてくれる。
「…で? キミは一緒に行かなかったの?」
「え…?」
「……そこは、不思議そうに見返す場面じゃないよ?」
このテンションの緩さ加減は天然だろうなと確信しつつ私はまだ覚醒しきれてない脳みそで会話していた。
「その……」
少年は苦しそうな表情で私から視線をそらせた。その仕草で、私は彼が何を気にしているのかがすぐにわかってしまう。
(…どうせ、兄様のことをいつまでも悩んでいるんだろうなー…お人好しだってアスランが言ってたし…)そこまで先読みをして、私は不意に口を開いた。
「兄様のことなら、気にしないで。私はキミを恨んだりしてないから」
「!!」
視線を彷徨わせていた少年が、ハッとして私を見つめる。
「なに? 違うの? その話がしたくて残ったんでしょ?」
「えっ……いや…その……」
「…………ハッキリする!」
「はいっ!」
「…はぁ……言いたいこと言ってみな? とりあえず聞くから」
私は大きなため息を吐き出して足を組みなおした。これは根気のいる会話になりそうだ。
やがて少年はぽつぽつと話しだす。
「……僕は……クルーゼ…さんを……殺した……この手で」
「うん。ガッツリ見てたし、通信で聞いてた」
「…君の…お兄さん…だったのに…」
「うん、アッサリ殺してくれたよね。いっそ見事?」
『だからなに?』そう視線で問いかけると、少年はカップを取り落とさないようにぎゅっと握った。
「君には…僕を殺す…権利がある…」
「何? 死にたいの? 残念だけど、私、キミを殺す気ないから…死にたいなら他で勝手に死んでね」
「…恨んで…ないの?」
「恨んで、復讐のためにキミを殺して。…そしたら兄様還ってくるの?」
「!!」
私はおおげさなぐらいに、首を横にふった。
「私はどうやら普通の感性を持ち合わせてないみたいだから、一般的じゃないだろうけどさ。それでも、復讐って意味あんの?」
「…………」
「自分の気持ちはスッキリするかもしんないけどさ。一時的でしょ…私の望みはそんなんじゃないから。……死にたいなら勝手に死んでね。あ、目の前で死ぬってのはナシね? 助けたくなるから」
私が淡々と言っていると、少年は呆けた顔を私に向ける。
「…何その馬鹿そうな顔」
(ぶっちゃけて言うとキミも美形部類に入るんだから、その顔やめてほしいんだけど)「いや……ごめん」
「なんで謝るかな。悪いことしてないんだから、謝らないで気持ち悪い」
「…それでも、ごめん」
その態度に、昨日から低い私の沸点は簡単に上がった。しかし激昂する沸点度合いとはまた違う。静かな怒り。
「…謝るって事は、自分がしたことが間違いだったって事? それだったら謝るくらいじゃすまさないよ?」
「!!」
「……信じた道は、貫けよ。ガキじゃあるまいし」
私がそう吐き捨てると、少年はまた私から視線を外した。
「…兄様を殺してまで手に入れたかった平和だろ。あの人の死を無駄にする気? そんな事したら……それこそないがキミをブチ殺すよ。…だから、もう気にしない! これ以上ぐちぐち言い出したら、背中から狙い撃ちするからね」
私がよどみなく言い切ると、彼はようやく顔をあげた。
その瞳は、さっきまでの弱気や迷いをまとわせていはいない。
「…ありがとう…」
「…それでヨシ。今度この件で謝ったりなんかしたら、吊るしあげるから覚悟して」
「…うん。……ふふ……はははっ…」
「……なんで、そこで突然笑い出すのキラ・ヤマト…」
急にお腹を抱えて笑い出す少年に、私は『ついにコイツ頭でもおかしくなったんじゃ?』と思ってしまった。
「あ…アスランが……言ってたことと…同じだったから…つい…」
「アスランが? なんて?」
(アスラン、キミは一体、何をこの子に吹き込んだの。主に私について…)「アスランに…この話を相談した時……『アイツにそんな話をいつまでもしてたら、吊しあげられるか本当に殺されるかどっちかだ』って…」
「……そう……」
(…帰ってきたら覚悟しろよ、あのデコ…)お世話になった恩を棚に上げて、私は軽くアスランを呪っておいた。
「私の性格ってわかりやすいみたいだよ」
「うん……普通の女の子じゃないって事はわかった」
「ほぉ? 言ってくれるじゃない」
(確かに、普通じゃないわ。そこは否定しない)私はニヤリと意地悪な微笑を浮かべながら少年の頭をペシッとはたいた。
「じゃあ、この件はこれでおしまい。ああ、そうだ。私の名前は、アルテミス・ヴァル・ジェニウス……ちゃんと覚えてね。これからしばらく…ここにお世話になるからさ」
「うん。キラ・ヤマトです。これからよろしく。アルテミス」
「……アルトでいいよ。ラクスもアスランもそう呼んでるでしょ。キラ?」
私がそう言うと、キラはまぶしいくらいの笑顔で、ありがとうとお礼を言ってくる。
「あらあら、いつの間にか仲良しさんですわね、二人とも」
私がカップを片付けようと席を立ったところでラクスがふわふわ笑顔で帰ってきた。
「おかえりラクス」
「ただいまですわ」
そしてラクスはキラの傍によって表情をのぞきみる。
「…落ち着いたようですわね」
「うん……アルトっていい人だね」
笑顔で会話を交わす二人を見て、私は少しだけむずがゆい気持ちを抱いた。
「…ねぇ、ソレ恥ずかしいから本人目の前にして言わないでくれない?」
「照れたアルトも可愛らしいですわ」
「…もぉヤダ、このド天然カップル…」
私は顔を軽く押さえてキッチンへ逃げ込む。その背中にラクスの声がかかった。
「お昼からお出かけしましょう。カガリさんも帰ってくるそうですから…みんなでお買い物しましょうね」
「……ソレ、初耳なんだけど?」
「今、お伝えしましたから」
ケロっとした表情で言い切られると、なんだかこちらも諦めるしかない気がする。
「わかった…用意しとく…」
カップをキッチンに戻して、私は出かける用意をしに部屋に戻ったのだった。
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