「ちゃんと動いてよ……エクリプス……」
私は呟くと同時に、体中の特殊量子細胞を解放した。
瞳の色が変わる。紫から金へ。
同時に動き出す、ヤキンのコントロール。画面に映し出されたのは、あらかじめインプットしておいたジェネシス目標地だ。
地球のワシントン
それから主立った連合国の首都
プラントの首都アプリリウス
その他コロニー群
L4コロニー メンデル
これだけで、全ての人類が滅ぶ。私の忌まわしい過去が寝むる地もようやく葬れる。
(兄様の……最期の……願いだけは……)私はその画面を見つめながら、そっと呟いた。
「あっはは………全部、壊れちゃえばいいんだよ……」
私は吐血する血も拭わず量子を展開させ、エクリプスを所定の位置へと導いていった。
エクリプスは私の量子で、コックピットに人がいなくても動くようになっている。それはヤキンからでも遠隔操作が可能で、エクリプスを砲台にしてジェネシスを拡散、そして複数の目標に命中させることができるのだ。ただ一度の砲撃で。
ただし、一度使えばエクリプスは粉々になるから、二度目はない。
(んー……さすがにこれ以上は……私も死んじゃうかなぁ……今までこんなに量子散布したことないからなぁ…)死ぬのは怖くなかった。兄様と同じだから。
兄様も私も、行く場所は決まっている。………地獄だ。
エクリプスのルナモードを一度発動させると、ジェネシスが撃たれるまで止まることはもうない。こちらが発射ボタンを押さずとも勝手に発射してくれる。時限式になっているから。
私は量子を放出し続けるだけでいい。
だんだんと薄れ行く意識の中で、私の頭は彼の事しか思い浮かばなかった。
(あー……最期にイザークの顔見たかったな。っていうか、声、聞きたい……)「アルト…」
(……ヤバ……幻聴聞こえる……)「アルト……」
(本気で死ぬな、私の脳味噌おかしいんじゃない? こんなリアルにイザークの声なんて……)「どこにいるんだ!! 返事をしろぉ! このバカ娘ぇぇぇ!!」
「!!」
(…幻聴……じゃない。ガチ、リアルだ!)私は閉じかけてた目をバチッと開いた。
同時に、イザークがコントロールルームへ足を踏み入れる。
「ようやく見つけたぞ……この馬鹿が!!」
「い、いざーく……何で……!」
「お前がここにいると、アスランが言っていたからだ!」
「いや、そーじゃなくて…どうやってエターナルから…」
エターナルの親権は私が握っていた。彼が出られるはずもないのだ。デュエルはエネルギーが切れていたし。
「エネルギーパックはすでに換装し終えていた! だからエターナルのハッチをぶち開けたんだ!!」
(わーお、ダイナミックですね、イザークさん…)なんて事を思っている場合じゃない。
「まって、どうやってブリッジを……」
「ドアを爆破した」
「えぇえぇええ!?」
(この人、こわーい……)私は泣きながら止めるディアッカを一瞬想像して、ほんの少しだけ同情した。
「いったい何をしているのかと思ったら……貴様、コレはなんだ! 自爆を止めるんじゃなかったのか!!」
「あー…アスランに聞いたの?」
「当たり前だ!!」
(当たり前なんだ…)私はげんなりしながらも、量子を散布する事をやめない。やめなかったせいで、口からさらに血を吐き出してしまった。
「ぐっ……がはっ……」
「おい……どこか怪我でも……」
「近づかないで」
懐から銃を取り出して、私はイザークに銃口を向ける。
「出ていく時も言った……でしょ……邪魔する奴は……全員…殺すって」
「アルト……! 貴様、まだそんな…」
「何度でも言う…よ……すべて……終えるまで…」
息が苦しくなってくる。すでに身体の機能が低下していて、呼吸がしづらいようだ。
「もう終わった……母上も……アイリーン・カナーバ評議員にザラ派として検挙された。ザフトと地球軍、そしてクライン派たちとの間で、停戦したんだ。戦争は終わったんだぞ!」
「終わってない!!!!」
「!!」
私は思い切り叫ぶ。
「終わってない……まだそこにいる……人が……人類が……全て……滅ぼしてない……!」
「貴様……!」
「兄様の……願い……」
私は苦しくなる息の中で、必死に話した。
「私が……私が……するはずだったの…兄様の…代わりに…全部……なのに……兄様…が…MSに……」
「アルト……お前……」
「もう、MSなんて乗れない…体だったのに……私は、兄様を乗せて…しまって……助ける……ことすら…」
「お前の……お前のせいなんかじゃないだろ! あれは、隊長が…!」
「私のせいだよ…! みているだけしか……さけぶことしか……できなかった……!」
「アルト……とりあえず、この装置を止めろ!」
ズキューン!
「!!」
イザークが一歩前に出てくると、私は彼の足下に威嚇射撃を放つ。
「ちか…づかない…で」
「き、さ、ま……!」
「いくら…いざー…ぐっ……ごほっ……!」
「そんなに血を吐き出しながら、俺が撃てるというなら撃ってみろ!!」
もはやイザークは、遠慮のかけらも見せずにズカズカ進んでくる。
「こな……で……!」
ズキューン!!
「ぐっ!」
「!! ……つぎは……ねらう……!」
私が放った銃撃は、イザークの左肩を貫いた。けれど、彼はひるむ事なくさらに私をにらみつけてくる。
「……なら………ちゃんと狙え!!」
「!! ……こない……で……」
「アルテミス!!」
「こないでぇぇぇ──!!」
ズキューン!!
目をつぶりながら銃を放った。イザークの心臓めがけて。だが、その次の瞬間、イザークは私の銃を持つ手を取り上げ、私の体を引き寄せていた。
「いざっ…」
「お前は、もう……苦しむな!!」
「ぐ……!」
ぎゅっと抱きしめられて、私は抵抗できず、ただ浅い呼吸を繰り返す。
ぐっと握られた手に力がこもり、私はついに銃を取り落としてしまうのだった。
「人類すべてを滅ぼすのが、隊長の願いだったとしても!! お前がそれを行うのが隊長の願いだとは限らんだろうが!!」
「でも……!!」
「お前は、隊長の最期の言葉をちゃんと聞いていないのか!?」
「にいさまの…ことば……」
「思い出せ!! 最期に言った…愛しているとお前に告げた後の……隊長の最期に見せた本音を!!」
イザークは私から体をそっと離すと、懐から何かを取り出した。
「なに…それ…?」
「アカシックレコード…エターナルの通信記録だ」
「なんで…」
「ラクス嬢が俺に持たせてくれた。…いいから、聞け」
そう言うと、小さな黒い再生機のボタンを押す。
【…アーティ……ぐっ!! ……君だ…が……私の……】「に……兄様……いいから、そこから退いて!! ジェネシスがぁ!!」【愛している……アーティ……君だけ……】「!!」【…せめて…幸せに……生きなさ……】本当に小さな言葉だったけれど、確かに聞こえた兄様の声。
「……に……にいさ……」
「隊長は、本当はお前に生きていて欲しかったんじゃないのか!? お前を愛しているというのは、嘘ではないはずだ!」
その言葉を聞いたとたん、私は量子の放出をやめた。
瞳の色が、金から紫に戻る。
「アルト……」
「幸せに……なんて……なれないよ……」
私の瞳からはぼろぼろと大粒の涙があふれ、宙に舞う。
「私…私は……兄様が居ない世界で……生きてなんて…」
「……俺じゃ、駄目なのか!」
「え…」
「俺じゃ、隊長の代わりになれないのか!?」
「いざっ……んっ!」
イザークの名前を呼ぼうとして、最後まで言えず言葉は飲み込まれた。
妙に柔らかくて、温かいものが私の唇に触れる。それがイザークの唇だと認識した時には、すでに彼の唇は私から離れていた。
「………好きだ、アルテミス」
「!!」
「お前の幸せは、俺が与えてやる。お前の生きる道を、俺が作ってやる」
「…………!」
「誰よりも深く愛してる……俺の傍に、居てくれ」
イザークが小さなキスの雨を私の顔中に降らせながら、ささやく。
その言葉に、まるで私は幼児のように泣きじゃくりながら彼に抱きついた。
「いざっ……いざぁく……!!」
「…死ぬな、生きろ……隊長のために生きてきたというのなら、これからは俺のためだけに生きろ! ……俺が嫌いと言うのなら、今すぐこの手で俺を殺せ!」
「んっ…!」
そして再び、唇が合わさった。今度は深く、角度を変えて何度もキスをした。
私に、自分を殺せと叫んだイザーク。彼の瞳には涙が溢れていて、私は自分の気持ちを偽ることができなくなっていた。
(……兄様……ごめんなさい……私……私っ…!)この人の手を、取っても良いでしょうか…?
イザークから与えられるキスに抵抗することなく、私はそれを受けた。
まるで私を落ち着かせるように降らされるキスの雨が止むと、私は静かに語りかける。
「…イザーク…名前、呼んで」
「アルト」
「違う」
イザークの頬を両手で包み、そして真っ直ぐにその綺麗なアイス・ブルーの瞳を覗き込んだ。
「アーティ……私の、特別……もう誰も…この名前で呼んでくれる人……いないの」
私がそう言うと、イザークは今まで見たことのないような綺麗な微笑みを浮かべて、私の目じりに再びキスをした。
「愛している………アーティ」
「!! ………うん………私……私も、好き……」
「好き? それだけか?」
私の言葉に、今まで柔らかい微笑みだった物から一変して意地悪な微笑を浮かべる。同時にカプっと耳たぶを甘噛みされた。
「んんっ!! ……っの……ばか……!」
「ちゃんと言わないからだ」
不敵に笑ったイザークは、今までに聞いたことのない低く甘い声で私の耳を犯す。
「あっ…!」
「ほら」
「もっ………!!」
そのまま首筋にまでイザークの唇が降りてきて、私は観念した。
「〜〜!! 一回しか言わないんだから……ちゃんと聞いてよね!」
そうして私はイザークの首に手を回し、自分から唇を重ねる。
「……イザークのことが、好き。……愛してる」
「……合格だ」
ご褒美といわんばかりに、イザークの優しいキスが与えられる。
止まっていた涙が、再び溢れ出した。
今度は悲しい涙ではなく、嬉しさと温かさで、涙があふれた。
ビー! ビー!
不意に静かだったヤキンのコントロールルームで、警報が鳴りはじめる。
『ジェネシス コントロール不能……応答なし』
「なんだ!?」
『自爆シークエンス作動…自爆シークエンス作動…』
「なん……だとぉ!?」
「ジェネシス……アスランが……破壊…した…んだ」
「だからってなんでヤキンが自爆する!?」
「そうプログラムを変えたんだよ……二回目の調整した時に……兄様からの指示で……」
そう、一度ヤキンのプログラムを再調整する時に、ついでに組み込んでおけと言われたので、私はためらいもなく組み込んだ。万が一、ジェネシスが先に破壊された時の布石だと。…そう兄様が言っていたから。
「まったく……やっかいな事を!!」
「自爆……止められないの……もう、パスワード使ったから」
「くっそ!! 立てアルト……いや、アーティ! さっさと出るぞ!」
「………うん」
私はイザークの手をぎゅっと握る。イザークはその手をさらに握り返して、しっかりと私を抱きしめた。
そして不意に私を横抱きに抱えあげる。
「えっ、ちょっと!」
「フラフラしてたら自爆に巻き込まれるだろうが! 大人しく抱かれていろ!」
イザークの顔が少しだけ赤かったのは、見なかったことにしてあげた。
そうしてヤキンが崩壊する前に私たちはデュエルに乗って無事に脱出する。すでに停戦宣言が全オンラインチャンネルで展開されていて……ヤキンの崩壊とともに私はそれを聞いていた。
……私たちの戦争は……やっと、終わりを迎えることができたのだ。
完結
(イザーク、いつまで私を抱え込むつもり?)
(狭いんだから、我慢しろ)
(……キミってスケベだったんだね)
(はぁぁぁ!? ななな、なに、なにを!!)
(だって、抱えてるこっちの手……私の胸つかんでない?)
(〜〜〜〜○■※×▲!!)