そして、案外アッサリとエターナルへの着艦許可が下り、格納庫ではすぐにエクリプスの機体整備が行われた。
「…ラクス…」
「アルト…お久しぶりですわ」
私たちはブリッジへと招き入れられ、軽く傷の手当をしたディアッカやイザークと並んでラクスを見る。
「…ね、キミ……私が敵だって、わかっててここまで連れてきたの? エクリプスの整備だって…」
「私は、貴女の敵になった覚えなどございません」
「ラクス…」
ラクスはしっかりと私の目を見て言った。
「敵ではないのです…私たちは…戦争を止めたい……お願いです、アルト……ジェネシスの止め方を、教えてくださいませんか」
「…なんで、私が知っているの?」
私は内心の動揺を隠してそう言った。その言葉に、ラクスはにっこりと笑顔を向ける。
「ジェネシスの建設には、クルーゼ隊長が関わっているはずです。…一番近くにいたのは、アルト…貴女ではございませんか?」
「!!」
「アルテミス…私たちは、何と戦うべきなのでしょう? 何を守るべきなのでしょう?」
「…………」
私が返事をしかねていると、不意にブリッジ内の警報が鳴り響いた。
「モビルスーツ接近!」
「!!」
私たちはエターナルの光学レンズに映された機体を見た。それは信じられないものだった。私にとっては。
「あれは……!! あの……機体……!!」
「あれは! さっきの!」
私が絶句していると、イザークとディアッカがいまいましそうに映像をにらみつけていた。
「あの機体に、俺はやられたんだ…ザフトの……お前ら知ってんだろ?」
「俺は知らん! 友軍機という表示だったが」
「……プロヴィデンス……」
二人が話している傍らで、私はそっと呟いた。
(……兄様……戦場に……MSに……乗って……!!)間に合わなかったのか。それとも兄様は初めからそうするつもりだったのか。私にはわからないけれど、今、ここでエターナルを沈めようとしているのは、兄様以外に居ないと思った。アレを使いこなせるのは、ムウが居なくなった今、兄様しか居ない。
「プロヴィデンス…? それが、あれの名前なのか!?」
イザークが私に詰め寄った瞬間、通信が開いた。プロヴィデンスから。
【君の歌は好きだったがねぇ……だが世界は歌のように優しくはない!!】
サウンドのみの通信。同時に放たれる、ドラグーンのビーム。
そのビームは、エターナルやその他の周りにいたMAやM1たちを破壊していく。
「ぐっ!!」
「あうっ!!」
エターナルに被弾した衝撃でブリッジが揺れる。その衝撃で宙に放り出されそうになった私を、イザークが抱き止めてくれた。
「くそぉ!!」
砂漠の虎ことバルトフェルト元隊長が、悪態をつきながら次の指示をとばそうとした時、プロヴィデンスの後方からヤマト少年の乗るフリーダムが飛来してきた。
激しいビームの撃ち合いで、彼も本気なのだと見てとれる。
〔貴方は…貴方だけは!!〕
通信が開きっぱなしになっているせいか、プロヴィデンスの通信からヤマト少年の声が聞こえる。
「キラ!」
ラクスが少年を発見して、心配そうに声をかけるが、二人に声は届かない。
【ふんっ】
そこで通信が途切れた。兄様が通信を遮断したのだ。
「……!!」
私はイザークの腕を振りきって、傍らのCIC席のザフト兵を押し退ける。
「なっ何を!」
「邪魔だ!」
そうして奪いとった席で、素早く設定を組み替えていった。
「アルト、何をして…!」
「黙ってて!!」
その場にいる全員が驚いて私を見ているが、そんなことをに構っている余裕など私にはない。
「つながった……!!」
最後のエンターキーを乱暴に叩くと、ブリッジの画面に兄様が現れる。
私はラクスの席の傍らまで戻って、彼女の席のマイクをオンにした。
「隊長!! 隊長!! 戻ってください!!」
【アルテミス……エターナルに居たのか?】
「隊長!! お願いです!!」
私は必死に叫んでいた。その様子を未だ驚きが収束しない様子でラクスやイザーク、ディアッカも見ている。
兄様の体調を考慮するなら、ここでどんな誤解を招こうとも止める。そう覚悟して私は必死に呼びかけた。
【もはや、止める術などない……そして、滅ぶ……人はな!!】
「隊長!!」
〔そんな……貴方の理屈!!〕
もはや私では止められないのだろうか、少年と兄様は激しく戦っていた。
【それが人だよ……わかるだろう……アルテミス! キラ・ヤマト!!】
「!!」
〔違う!!〕
「!!」
この言葉は、私にも向かって放たれている。兄様は、キラに言い聞かせているようで、その実、私に向かって言っているらしかった。滅ぼせ……と。
〔人は……人はそんなものじゃない!!〕
「キラ…」
つないだ兄様の回線から洩れ聞こえる少年の声。
その声にラクスは何を思っているのか、必死に戦うキラをずっと見守っていた。
二人の激しい攻防を見ながら、エターナルは少年を援護できないでいる。
下手に攻撃すると、兄様だけでなく少年にも当たってしまうからだろう。
【はっ!! 何が違う!? 何故、違う!? この憎しみの目と心と、引き金を引く者たちしかおらぬこの世界で! 何を信じ……何が信じられる!?】
〔それしか知らない貴方が……!!〕
兄様のドラグーンが、フリーダムの右足をくだいた。
だが、ヤマト少年はひるむことなくビームサーベルで兄様と対峙する。
【知らぬさ! 所詮、人は己の知り得た事しか知らぬ! もはや止める術などないさ…!! ぐっ!!】
「!! 隊長!! 薬が……!!」
兄様の顔に汗が大量ににじみだしてきた。薬の効果が切れたのか、それとも副作用か。どちらにせよ、私には時間などないように思えた。
(もう…もうやめて兄様!! それ以上は…本当に!!)『これ以上無理を重ねると…薬で抑えている反動が一気にテロメアを浸食し、老衰するよ』ギルの言った言葉が、頭で危険信号となって繰り返し流れた。
もはや私は、エターナルにいるという事実すらも忘れて力の限り叫ぶ。
「隊長……隊長! お願いです! もうMSに……そんな体でMSになんて乗らないで!! 必要なら私が殺します! キラも!! みんな!! だから…!!」
「アルト……お前…」
「アルト……!?」
イザークもディアッカも驚きを隠せず私の名を呼んだ。
もはや敵と認識され捕縛されようが、二人にいぶかしまれようが、兄様だとバレようが、どうでも良かった。あの人が止められるのなら、生きてさえいてくれるのなら、人類など滅ぼさなくても何でも良かった。兄様だけが私の全てなのだ。
【もはや…止められん!! アルテミス!!】
「!!」
だが、私は兄様の決意を変えることができないでいる。
【君にもな……キラ・ヤマト!!】
〔僕には……守りたい世界があるんだー!!〕
「……キラ!! やめ……やめて!!」
〔うあぁぁぁあああ!!〕
少年の操るフリーダムが、今までの力が嘘だったかのように素早く兄様の操るプロヴィデンスの懐に入る。
そして、プロヴィデンスのコックピットは、彼の持つビームサーベルに貫かれた。
「たいっ……!!!!」
【あ………ぐっ……!】
「たいちょう……たいちょ………避難して! 早く!」
【アーティ……】
「!!」
苦しそうな吐息の兄様が、必死に私の名前を呼ぶ。
二人の時にしか呼ばないその呼び方に、私の何かが振り切れた。それが合図だったかのように、私は思わず「兄様」と呼んでしまうことなる。
【…アーティ……ぐっ!! ……君だ…が……私の……】
「に……兄様……いいから、そこから退いて!! ジェネシスがぁ!!」
【愛している……アーティ……君だけ……】
「!!」
最期に聴いた兄様の声は今まで聴いたもののどれより優しい。
乱れた通信が映した兄様の顔は、装着していた仮面が外れ、今まで見た顔のなかで一番…
……穏やかだった。
「に…さま…………兄様………いやぁぁぁああ!! 兄様ぁぁぁ───!!!!」
そして兄様の乗るプロヴィデンスはその操縦者を吐き出す事なく兄様ごと大破して、私の絶叫はエターナルのブリッジを反響していった。
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