第11章 嘆きの華
73:「約束だ。絶対に生き残れ」
私は防衛線まで上がると、すぐにジュール議員に呼ばれた。

「移動しながらの会話ですまないな。なにぶん、時間がない…」
「いえ、お気になさらず。ジュール議員」

彼女と他数名の文官と並びながら私たちは廊下を歩く。

「クルーゼの隊に居た頃から優秀なパイロットだと聞く。次の開戦では…」
「母上!」
「ん…?」

私とジュール議員が話していると、聞きなれた声が聞こえてきた。…イザークだ。

(…あれ? ここまで戻ってたんだイザーク…)

私とジュール議員はそろって声のする方を向いて、彼女はふっと顔を和ませた。

「すまん」
「はい」
「はっ」

一言断りを入れて、彼女は息子の元へと移動する。ジュール議員が退いた事で私が見えるようになったのか、一瞬イザークは私を見て何か言いたそうにしていた。

「イザーク!」
「…母上、ずっとこち……」
「ええ……大事な…」

細々と聞こえてくる会話を、私は聞こえないように意識の外へと追い出すことにする。

(…それにしても、ほんっと……そっくりな母子だわ…ジュール議員を初めて見た時は、イザークが女装してんのかと思ったし…)

私は手元の資料を見ながら、小さく遠慮するような音量で会話をする母子を待つ。
さっきまでは軍人の顔をしていたジュール議員は、母親の顔に戻っていた。

(母親……か……)

両親というものがない私にとって、母親や父親というのは未知の存在だ。
私の家族は、兄様だけ。

「エザリア様」

ふと、傍らの文官が時計を見てジュール議員を呼び戻した。
彼女は振り返って小さくうなずくと、イザークにキスを落として戻ってくる。

「アルテミス」
「は、はい」
「…着任は了承する。貴女は特務隊なのだから、私が指揮を執ることはない……貴女の任務を果たしなさい」
「了解」

軍人の顔に戻った彼女は、私に柔らかく微笑むとイザークが居る方をチラリと見て、また私に微笑んだ。
そして、今度はそっと私にささやく。

「少しの間なら、話す時間もとれるだろう。イザークが移動する前に、あの子の相手をしてやってくれ」
「えっ?」
「何か、言いたそうにしていたから」

すぐに体勢を戻すと、ジュール議員は先に歩いていってしまった。

(うーん……さすがというか何というか……鋭いなー…母親の勘……?)

私はチラリとイザークを見た。彼の顔を見ると、話があるからこっちに来いと物語っている。
私は無言で彼のそばまで行くと、その手を取って人気のない場所へ歩いた。

「何?」
「…母う……ジュール議員と、何を話していた?」
「別に誰も咎める人がいないんだから、母上って呼べばいいのに」
「うるさい。何を話していたと聞いているんだ」

小さく怒ると、イザークは苛立ったように私に再度問いかけてきた。

「別に? 着任のあいさつ。あ、あと」
「なんだ?」
「イザークの相手を少ししてやってくれってさ」
「はぁ?」
「言いたいことがあるらしいって……私に対してじゃないなら、私がジュール議員に伝達しとこうか?」

私がアッサリそう言うと、彼はため息をもらした。

「…どしたの?」
「貴様に……いや……」
「…なによ…?」

イザークは少し思案しながら、はっきりと聞いてきた。

「ジェネシスの二射目…次はどこだ」
「………それ、私がキミに教えるとでも?」

(軍事機密でしょ)

イザークが知らされていないということは、知らなくても良いという事で。

「だから、母上に聞こうとしたのに…」

ぶつぶつと文句をたらすこの銀髪の坊ちゃんに、私は苦笑をもらしながら呟いた。

「地球……」
「な!」
「軍の、月基地」
「……き、さ、ま……!」
「…地球だと…思った?」
「……今のザフトなら……あり得ん話でもないだろう」

イザークは悔しそうに視線を逸らす。

「そうだね…月基地を落とされてなお…地球軍が引かなかったら……地球を狙うかもね」
「貴様……それで……! それで、いいと思っているのか!」
「知らないよ」
「なにぃ!?」

(これは、本当の事。私だって、そんなの知らない。どうだっていい……でも、これは……おそらく間違った意見じゃないというのは、私の勘……)

議長は、おそらく私と同じ事を思っているだろう。
月が落とされてなお地球軍が刃向かうというのなら、地球を狙うと。

「あのね、私は軍人なの。キミも。わかってるでしょ?」
「だがっ」
「討たせるのは、アイツらだよ……さっきの一射目で…引いてくれたら、月まで狙う必要なかったかもしれないのに」
「くそっ…」
「討たせないで」
「!!」
「地球……だから、私たちが出撃するの。今度こそ、終わらせないと」
「そんな事……わかっている!!」

イザークの瞳が、動揺で揺れた。

「そうだ、さっきの…ありがと」
「なにがだ!」

これ以上追いつめたって何もならない。私は不意に話題をそらした。

「プラント…守ってくれたでしょ。核から」
「あれは……アスランたちが……!」
「うん。でも、イザークも頑張ってた」
「…見てたのか」
「ううん。でも、イザークなら頑張りそう」

私がにっこり微笑むと、イザークは眉間にシワを寄せたまま、私の首に手を伸ばす。

「?」
「……ちゃんと……持っているようだな」

つい、と襟元を広げられ、首から下げている青い石を取り出される。
それは、オーブに潜入したときにイザークからもらった、お守りだ。

「そりゃ、つけてないとキミが怒るし…」
「当たり前だ。何のためにくれてやったと思っている! お守りなんだからつけてないと意味ないだろうが」

そう言いながら、イザークはもう一つ、私が首から下げているペンダントを見つけた。

「…貴様、これ以外にアクセサリーなんぞつけていたか?」
「ん? あー……これね。これも私の……お守りみたいなもんかな」
「…………」

私がペンダントを取り出すと、イザークは仏頂面でそのペンダントをにらみつけている。

「…どしたの」

何が気に入らないのか、イザークの雰囲気は剣呑さを増していった。

「………誰から……」
「はい?」
「誰からもらったと聞いている!」

怒鳴られた私は、一瞬、呆けた。

(……えっと……誰かにもらったのは間違ってないんだけど、なんで知ってるのかな……?)

これはクルーゼ隊着任の当日、朝、兄様からもらったものだ。中身は、私と弟が並んでいる写真。対になる蓋の部分には兄様の写真。
いつも一緒だった双りの間に、私も混ぜてくれと兄様がくれた、私の宝物だ。

「…イザーク…これ、私が自分で買ったものとか思わないの?」
「買ったのか?」
「ううん。もらいもの」
「…………」

とりあえず即否定。
嘘をつく気もないので、私は正直に話をした。というか、イザークの顔が怖かったから白状した、に近い。

「そっ、そんな怖い顔しないでよ……これは兄様からもらったの」
「…兄上にだと?」
「うん。クルーゼ隊に着任する日の朝」
「ふーん…」

(……私が何をしたって言うの……)

冷ややかな視線を隠そうともしないイザークに、私は滝のような汗をかいていた。

「本当に、兄上からなんだろうな」
「なんで、そこを疑うのかな…」
「ふんっ、貴様に物を送るような危篤な男もそうそう居ないか…」

(……その危篤な男に、自分も当てはめちゃってるって気づいてないなイザーク…)

私は意地悪な笑みを浮かべてイザークを見た。

「じゃ、イザークは危篤な男なのか」
「なんだと?」
「お守りくれたよ?」
「………」

(あらら、黙っちゃった)

今更のように自分の失言に気づいたイザークは少しの間固まっていた。

「……イザーク?」
「アルト」
「はいっ」

ギロッとにらんでくるイザーク。彼の顔をのぞきこんでいた私はビクッとして姿勢を正した。

「…他の男からは、もらうなよ」
「へ? えと……兄様も男なんだけど」
「兄上殿は別だ! 仕方ないから許してやる!」

(なんで、キミに許しを得ないといけないの……)

「あの、イザークさん?」
「お前は、俺が守ってやる」
「……キミの隊、確か後方に回ってた気がするんだけど…? 私、出るの前線だよ?」
「隊は後方でも、俺は前線に行く」

『それは、どうなの…』と、言おうとして、私は言えなかった。
ぎゅっとイザークに正面から抱きしめられたから。

「いざっ…」
「生き残れ」

私を抱きしめる力が少し強くなる。

「…………!」

私は彼の言葉に返答できないでいた。

「約束だ。絶対に生き残れ」

返答しない私に、イザークはなおも強く言う。いつも高飛車で上から目線の物言いな彼だが、今は少しだけかすれた声で懇願するように私に言い聞かせた。
そのイザークの声を聞いて、私は無意識に彼の背中に手を伸ばし抱きしめ返すような形を取る。だけどその手は、彼の背に完全に回る前に途中で止まった。

「…………」

ぎゅっと拳を作って、その手をおろす。

「…放して、イザーク」
「…アルト…」

私はイザークの胸を軽く押して、彼から離れた。

「出撃が控えてる。機体の整備があるから、私はもう行くよ」
「アルト…!」
「……約束は、できない」
「!!」

私は彼に背を向けながらハッキリ言った。

「私たちは、そんな約束できない。……知ってるでしょ……当たり前の事、言わせないで」

前までなら、「死ぬなよ」と軽く言い合いながら、出撃していた。
でも、今の言葉は……そんな軽口で片づけていいものではないだろう。

(…くっそ……)

私はイザークからは見えない、遠く離れた廊下で、誰もいないのをいいことにうずくまった。
自分自身を抱きしめるような形で、完全にへたりこむ。

「…イザークの……ばか……!」

胸の動悸が治まらない。

「兄様のことだけ…考えたいのに…!」

私を襲う感情は、しばらく消えてくれなかった。


この時、迷うことなく兄様を選んでいれば、あんな事にはならなかったのかもしれない。


NEXT→


キャラ投票
嘆きの華キャラに投票しよう!
下記の中からアナタの推しキャラを選んで応援してください★


コメント入力も可能ですよ☆


Homeへ戻る
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -