第10章 混迷する世界
71:「もはや止められない…」
地球軍による、ザフトの防衛基地ボアズへの侵攻が始まったらしい。何故、今の時期に…というのは、皆が思う疑問であって、プラント本国ではザラ派の幹部たちが議長室へと緊急召集された。
もちろん、私と兄様もだ。

「…ね、兄様」
「なんだね?」
「……地球軍のボアズ侵攻って……やっぱ、『鍵』のせいだと……思う?」

私が自宅で兄様の身支度を手伝いながら問いかけると、兄様は私の頭を撫でながら不敵に微笑んだ。

「その通りだ…と、言いたいが…まだわからんね」
「………ふーん」

(嘘だ。兄様には確信がある。地球軍が…核を使用するという確信が…)

少しの間、私の反応を見てから、兄様は負けたといわんばかりに苦笑した。

「ふっ…アーティには隠し事はできないみたいだな?」
「……バレてる自覚あるんなら、普通に話してよ…」

私はちょっと上目遣いで兄様を睨む。兄様の身長が高いので、どうしても私は上目遣いになってしまうが、ここは仕方ないというものだ。

「すまんね」
「…もう。……でも…プラントは、核を使われたらどんな反応するかなー」

(まぁ、とりあえず……議長は怒り狂うよね…)

議長が怒り狂う様を想像するのは、結構たやすい。常に怒っているような人だし。
そして兄様は身支度をする手を止めずに淡々と言った。

「そうだな。今度こそ戦争を終わらせるための、最後の手段をとるだろう」
「……兄様……議長がヤキンを使う状況を、あえて作ったね?」

確信に満ちた私の言葉に、兄様は浮かべていた笑みをさらに深くした。

「せっかく作ったのに、使わず戦争が終わるのは、もったいないと思わないか?」
「…………」
「筋書きは全て整った……後は役者次第だよ…」
「…ふぅ……ぜーんぶ、兄様の手のひらの上って事ね」

兄様に白いコートを手渡すと、自分も赤いコートを羽織って前を閉める。
鏡に写る私は、呆れたような冷めた瞳で見つめ返してくるだけだった。

「アーティ…この配役で、私の爆弾は…君だ」
「…不発にならないように、気をつける」
「…ふふふ…期待しているよ」

ちゅっと軽い音を立てて、兄様は私の頬にキスをする。

「さあ、行こうか。ザラ議長殿の召集だ」
「…了解」

そうして私たちは、軍本部へと向かったのだった。





議長室につくと、ジュール議員とその他が先に来ていた。議長は見あたらなかったけれど、彼はすぐに現れる。そして少々狼狽えている皆を一喝すると、ボアズ侵攻について議論しはじめた。

目の前に展開されたスクリーンには、現在のボアズの状況が望遠カメラで小さく映され、ボアズ侵攻に関する地球軍の予測進路や今後のザフトの動きなど、軍略図が表示される。

私と兄様は、一番後ろでそれを一緒に眺めていた。

「ふっ…」

小さく、本当に小さく兄様は笑う。
目の前で議論している皆には聞こえないけれど、真横に控えている私にかろうじて届くくらいの微かな吐息。

「ザフトの防衛基地も甘く見られたものだ…返り討ちにしてくれるわ!」

そう議長が意気込んだ時、口元に浮かべた笑みを消して、兄様はようやく口を開いた。

『彼らは一度、核を撃っていますから…心配でね』と

本当は何にも心配などしていないのに、兄様は平然とした表情で淡々と言葉を紡ぐ。その甘い甘い甘言は、ザラ議長とザラ派のジュール議員の焦りを増長させていき……そして兄様が進言している間に、とうとうボアズに核が撃ち込まれてしまうという、最悪の事態になってしまっていた。

「そ…そんな…!」
「バカな……!! 奴らは……奴らは……!!」

血のバレンタインで、一度見た光。紫に光輝く、命の光だ。
それが再び、ボアズ基地を包み込んで…数秒のうちに姿を消した。基地と一緒に。

もはや議長たちは言葉を発する事を忘れたかのように、驚愕に目を見開いていた。
その中で一人、ニヤリと不敵な微笑みを浮かべている人物。

ラウ・ル・クルーゼ。

全ての滅亡を望むその人が、一人だけ満足そうに、幕開けの儀式を眺めていた。

「おのれナチュラル共っ…!!」
「議長閣下…」
「ただちに防衛線をはれ! クルーゼ、アルテミス!」
「「はっ!」」
「ヤキンドゥーエへ上がる! ジェネシスを使うぞ!」
「はっ」
「…はい」

憤慨した議長は、もはや容赦はしないと決めたらしい。ついに建設していた例のジェネシスを使う事を私たちに伝えた。
そう、兄様の思惑通りに…

(なんっか……ここまで思い通りに進んじゃうと、いっそ気持ち悪いなぁ…)

そんな感情を表に出さず、私は黙って全てを見ていた。
ジュール議員は心配そうに議長を見つめていたけれど、彼女ももはや、これしかない…といった感じが見受けられる。

「二人とも、さっさと来い!」
「「はっ」」

そうして憤慨したまま議長は執務室を離れ、私たちも彼に続いてヤキンへ上がる事になってしまった。





イザークの隊は、防衛の最前線へ配置された。まもなく出撃が命じられ、彼もまた隊長でありながらパイロットとして前線へと身を投じる事になるのだろう。


【ナチュラル共の野蛮な核など、もうただの一発とて、我らの頭上に落とさせてはならない!】


前線で指揮をとっているのは、ジュール議員。
ザラ派の代表として彼女はいつも奔走していた。今回もまた、ラクスの代わりのように軍部の象徴として君臨する。本国での演説も彼女が担当していたし、議長は、彼女を軍部のカリスマアイドルとして仕立て上げている事は間違いなかった。


【血のバレンタインのおり、核で報復しなかった我々の思いを、ナチュラル共は、再び裏切ったのだ!】


この演説は前線に居るザフト軍、全てに届いているはずである。だから、イザークもたぶん聞いている。
彼がこの演説で、奮起する事は間違いないだろう。


【もはや、奴らを許す事はできない! …ザフトの勇敢なる兵士たちよ! 今こそ、その力を示せ! 奴らに思い知らせてやるのだ。この世界の新たな担い手が、誰かという事を!】


彼女の言葉で、第二ラウンドが幕開けた。
すでにヤキンへと上がり終えた私たちは、展望室で開戦の様子を眺めている。議長はすでにコントロールルームにスタンバイしていて、私たちもすぐに来るよう命じられているが……兄様がここにとどまっているので私も傍に控えていた。

「…見なさいアーティ…これが人の…欲望の果てだ」
「…………」
「長かった…ようやくこれで終わる…賭は…私の勝ち、だな」

展望室には私と兄様しか居ない。誰に遠慮する事もなく、私たちは素で会話をしていた。

「…不安要素を…どうするの?」
「来るだろうな…あのお姫様は」
「…ラクス?」
「ああ、それに、キラ・ヤマト……彼も、な」

そこで兄様は顔をゆがめて笑い出す。

「に、兄様…?」
「くっくっ……くくっ……」

大笑いを堪えているかのように絞り出された笑い声。そのくぐもった声は、一瞬、泣いているようにも聞こえた。

「もはや止められない……止められるというのなら、止めてみせるがいい……!」
「…………」
「全ては、私の、望みのまま…人の欲望の……結果だ……アーティ……」

そこで兄様は両手をスッと差しだし、私の頬を包み込む。至近距離にまで近づいた兄様の顔は、今まで見た中で、一番……苦しそうだった。

「イザークと私、どちらかを選べといわれたら、どちらを取る?」
「!!」

今日はどこに行きたい?≠ニいうような軽いノリで兄様は問いかけてきた。声の割に内容が超ヘビー級なのは言うまでもない。
そんな事を至近距離から問われた私は、一瞬返答に詰まってしまった。そんな比較、されるなんて思ってもいなかったからなのだが。

「……返事は急がないよ」

私が即座に返答できないでいると、兄様は背を向けて先に展望室を出ていった。
即答できなかった私の頭には、さきほど兄様から問われた言葉がいつまでも回って、しばらく動けないでいる。



私の中で決まりきった答え。当たり前であるはずなのに、それがなぜか、口から出てこなかった



END

(遅いぞアルテミス! 何をしていた!)
(女性特有のアレです。今日、お腹がとっても痛いんですよ)
(なっ!!)
(…失礼ですが、議長……これはアルテミスなりのユーモアですよ。そこは笑うところです)
(笑えるか!! 貴様ら、そろって空気を読めぇ!!)


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