第10章 混迷する世界
70:「お姫様も一緒に?」
私たちが急いでヴェサリウスに向かっている間に、空しくも私たちの母艦は沈んでしまった。
最後に見たのは、ブリッジで最敬礼をしているアデス艦長。アデス艦長の背後では炎が海となって踊っていた。

それをようやく確認できたのも束の間、次の瞬間にはヴェサリウスは轟音と共に沈み、冷たく堅い音で通信先から聞こえる兄様の声がやたら機械的に思えた。残存部隊をまとめてプラントに帰還するという命令が。

通信先でイザークが、聞こえてくる兄様の声を追うように睨みつけているのを見ていたけれど、私は見なかったことにしておいた。

(ヴェサリウスを見捨てる形になるのが、気に入らないんだね…)

今回の件を含め、イザークには納得がいかないことだらけなのだろう。その苛立ちが素直に顔に出てしまったようだった。


残存部隊をまとめた兄様がプラントに戻ると、すぐに議長から呼び出しがあり、またイザークも共に呼ばれた。
私だけは別命あるまで待機…という名目で、密かにヤキンにあるジェネシスへと足を運ぶ。あの施設の完成を極秘で命令されてされていたのは、言うまでもない。

以前、プラントに帰った時に完成させたと思っていたけれど、どうやらアレは理屈通りに動いてくれなかったらしい。イレギュラーも取り入れたプログラム調整をして、なおかつ兄様から密かに言われたプログラムも極秘で追加したジェネシスは、いつでも機動可能な状態となった。

それからようやく本国に戻った私に届いた知らせは、クルーゼ隊の解散と、兄様の特務隊昇進。それからジュール隊の結成だ。

クルーゼ隊は、兄様が特務隊に上がる事で事実上の解散となり、新たにイザークを隊長としたジュール隊が結成された。ヴェサリウスも沈んでしまったので、それに乗る事はできず…イザークはヴェサリウス級のヴォルテールという戦艦に乗り、隊を指揮する立場となった。
今日は、そのヴォルテールが宇宙に行くというので私は見送りにきている。

「…イザーク…隊長になるんだねー」
「悪いか」

ぷいと顔をそらす彼は、嬉しそうではなかった。仕方ないことではあるが。

「この分じゃ、本当に私がイザークの部下になる日も近いって感じ?」
「ふんっ…特務隊のお前に言われたくない!」
「そうだね、やっと追いついた感じ…のが近いかな?」

ふざけて言うと、イザークは顔をひきつらせて私を正面から見つめた。

「き、さ、ま……嫌味を言いにきたのなら帰れ! 大事な話があるとか言うから! 忙しい中、時間をつくってやったんだぞ!?」
「はいはい、ご配慮ありがとうございます。ジュール隊長ー」
「なにぃ!?」

(あーあ。キレ癖は直らないのかね。この子)

私は密かにため息をもらした。怒らせているのは、まぎれもなく私なのだけれど、この際、そこは棚上げしておく。だって、楽しいんだもの。

「はぁ…今度こそ、お別れ、だね」

そうして、私はスッと手を差し出す。いつぞやの時のように、彼に手をひったくられるのではなく、ちゃんと自分の意志で。

「なんだ、その手は」
「この前は、なんだか勢いで握手したから。今度は…ちゃんとしよう?」
「ふんっ……」

機嫌悪そうにしているけれど、アスランの時と同様、ちゃんと私の目を見て握手を交わす。
アスランとは身長差があまりなかったから、ちゃんと視線を交わしているように見えたけれど、私はイザークより少し背が低いせいで、見下ろされている気配が充分にする。
その光景を客観的に整理していた私は、くすっと小さな笑みをこぼしてしまった。

「…なにがおかしい」
「いや? 戦友として握手してるけど……端から見たら、私、脅されてるようにしか見えないかなーって」
「なんだとぉ?」
「だって、イザーク…眉間にシワ寄りっぱなし。…ほら、こういう時は、笑顔だよ。え、が、お。…やってみ?」

私は少しだけ背伸びして、空いている手でイザークの眉間をつつく。

「できるか!」
「猫かぶれば?」
「貴様に猫をかぶる必要など、どこにもないわ!!」
「あっそー」

勢いよく手を振り払われても、私の中の暖かい気持ちは変わらない。

「イザーク…」
「なんだ!」

恥ずかしさも手伝って、怒鳴るように返事をするイザークを、私は真剣な表情で見つめた。

「…死なないでね」
「…それはこちらの台詞だ……死ぬなよ、アルテミス」

ヴォルテールへと足を向けていたイザークは、私の言葉を聞いて少しだけ振り返り。そして、敬礼をする。
すぐに彼はきびすを返してヴォルテールへと搭乗していった。私はその背中を、見えなくなるまで見送る。

そうしてヴォルテールは、宇宙へと旅立った。





「…進行が…思ったより早いな…薬を乱用しているのではないかな? ラウ?」
「無駄な薬など不要だよ、ギル。次はもう少し役に立つものが欲しいがね」
「…兄様が、多用してるのは間違いないよ、ギル」
「ほら、お姫様がそう言っているようだよ」

私は、向かい合って座っている二人に飲み物を渡していた。
一人は兄様。一人は、長い黒髪にオレンジの瞳を持つ、遺伝子研究の権威。ギルバート・デュランダル。
兄様とは古くからの友人という事で、私が小さい頃からちょくちょく会っている。
内容は主に、兄様のテロメア対策と、私の遺伝子の研究だ。私が持つ遺伝子と、兄様が持つ遺伝子は似ているようで少し異なる。兄様のクローンである私の遺伝子が、兄様と異なるというのはおかしい事なのであろうが、私がコーディネイターであるという点で、そこは解決済みだ。その私の遺伝子が、兄様のテロメア対策に一役買っていたりするのだから、積極的に参加している。

ギルは、兄様の起こす発作をやわらげる薬を開発してくれていて、私たちの専属医みたいな人だ。
もちろん、彼は外部にこのことを漏らすような人ではない。

「アーティ…そこは秘密、だよ」
「だーめ。お医者様の言うことは、ちゃんと聞くべきですー」
「手厳しい」
「兄様至上主義ですから」

そうして私は向かい合っている二人の傍に椅子を持って、兄様の隣に座った。

「で? 今度の薬は?」
「アーティのエクリプスにあるルナモードを使うと、一時的にラウの発作をなだめることができた、という点からして…アーティの持つ量子は、テロメアの働きの代わりをするかもしれないと思ってね」

ギルはラウに向けていた体を、少しだけデスクにあるパソコンに向けて話を続ける。

「今回は、アーティが持つ量子を薬物配合の割合的に多くしてみた。それから…」

ギルは淡々と薬の説明をしていく。ものすごく専門的な用語がいっぱい飛び交っているから私の頭はヒートアップしそうだ。とりあえずギルの話を要約すると、今回の薬は、前のよりグレードアップしている。でも、グレードアップした分、前より体にかかる副作用がデカイと。

「私の体が、最後まで持てばいいさ」
「兄様!」

そう平然と言い放つ兄様を、私は非難がましく見つめる。そんな私たちを見て、ギルはひとつため息をもらした。

「ラウ…はっきり言おう。君はこれ以上、MSに乗ってはいけない。これ以上無理を重ねると…薬で抑えている反動が一気にテロメアを浸食し、老衰するよ」
「承知の上だ。楽に死ねるなどと思ってはいないよ」
「ラウ…」

私はぎゅっと兄様の腕を握る。その手に優しく重ねられた兄様の手。その手の温度が、若干低くなっているのに、私の心も少しだけ冷えていく。

不安という名の、感情で。

「広がった火種は、もう止められないのだよ…」
「それで? 君は全てを道連れに心中かい?」

ギルが呆れたように肩をすくめてみせた。

「お姫様も一緒に?」

そしてギルが私を見つめる。同じく兄様も私の決意を確かめるように見つめてくるので、私はうつむきながらも確かな口調ではっきりと言った。

「…兄様が居ないなら…私は、この世に存在する理由すらない。だから、それは別にかまわないもの…」

やれやれ、といった動作でまたしてもため息を吐き出したギルは、机の引き出しをそっと開けて、ひとつのケースを取り出した。中身は、青と白のカプセル。

「君たちは言い出したら聞かないね。さすが、クローンだ…私は止めないよ」
「ただ一人だけの傍観者だ。君は見ているだけでいいのだよ……この腐敗した物語を…ね」

兄様が不敵に笑うと、ギルは仕方なしにケースを兄様に渡した。

「まぁ、今までの薬よりは長く保つだろうね」
「すまんね」
「ありがと、ギル」

(本当は、ありがたくないけど)

私は表情に出さず、心と裏腹の声を出す。
症状を異様に早める新たな薬など、私は必要としていない。私が必要なのは、兄様の延命に役立つもの。
でも兄様が必要としているのは、ソレとは全く異なるもの。そのズレは、交わる事なく平行線を貫いている。

「お姫様、しっかりラウの手綱を握らないと、暴走するよ。…扱いづらいだろうけどね」
「手綱なんて握れないよ、私は、暴走を止める事はない。…助長させる気もないけど」
「おやおや…」

ギルは苦笑しながら私たちを見つめる。

「アーティ、助けては、くれないのかな?」
「暴走≠ヘ、止める気も助ける気もないですー。でも…」
「でも?」

兄様が優しく私の頭をなでる。

「それ以外なら、なんでもする」

(そう、なんだってする。……あなたがいきてさえ、いてくれるのなら)

それは、交わる事のない、私の願い。
叶わないと知っていても、願わずにはいられない。私の心からの、叫び。

「最終的には助ける気満々だね、お姫様」
「……自覚しているだけに、自分のブラコンっぷりがたまに憎いよ、ギル」
「がんばりなさい」
「ぶー…」

くすくすと笑うギルに、私は頬をふくらませてやり場のない憤りをぶつける。

「私は優秀な義妹を持ったようだ。ありがたい事だな」
「その感謝があるにも関わらず、延命に努力しようとしないのが君らしい事ではあるね」
「誉め言葉として受け取ろう」
「嫌味が通じない君も楽しいね」

二人が『ふふふ』と、小さく笑いあっているのを、私はもはや呆れたように見つめていた。

言葉でどう言っていたとしても、止める気がないギル。
何をどう言われたとしても、自分の決意を変える気がない兄様。

そんな二人に私が今更何をどう意見したとしても、やはり現状は変わらないのだ。

「…二人って、本当に親友なの……?」
「「さぁ?」」

二人同時に反応された。全く同じ言葉で。

「…前言撤回。やっぱ、二人は悪友なんだ」
「「どうだろうね」」

私の嫌味もどこ吹く風。二人の感情のスイッチの隣を、素通りしていくだけにしかならなかった。


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(さて、次はお姫様の方かな。その後はいかがお過ごしですか?)
(兄様がものすごく大好きすぎて、最近、禁断症状が出ます。先生)
(…専門外だね。隣にいる男にでも相談しなさい)
(…だってさ、兄様?)
(ふむ。とりあえず今日は甘えさせてみるとしよう)
(やった!)
(…治す気がないじゃないか…)


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