「アルト…」
「手、出して!」
「は?」
「手錠! 鍵なんて持ってないから、撃ち抜くの!」
私が銃をアスランに向かって放とうとしたら、援護していた兵が私たちに追いついたようだった。
「そこまでだ! 動くな!」
「あぁん?」
「アルテミスさん…貴女は私たちの味方だと思っていましたよ…」
「……ダコスタ副官?」
背中に突きつけられた銃口を感じて振り向くと、メットをかぶった兵がいた。そのメットの下は、クライン派のダコスタ副官。
「何を寝ぼけた事を…」
「待ってくれ!! 彼女は俺の手錠を外そうとしてくれているんだ!」
「はい?」
アスランの主張を受けて、ダコスタ副官は銃を下げる。
「そういう事。ちょっと邪魔しないでくれません?」
少しだけ苛つきながらダコスタ副官を睨みつけると、私はアスランの手錠を撃ち抜いた。
「アルテミスさん…貴女、味方なんですか? 敵なんですか?」
「さぁ? とりあえず、今は事情を説明してくれないと、若干、敵寄り?」
「はぁ……」
ダコスタ副官が私の発言に呆れたような表情をしていると、追っ手が迫って来ているようで焦った他の兵士が駆け寄ってくる。
「ダコスタ! 何をしている!」
「…わかってます! …とりあえず、事情を説明している暇はなくなりました。アスランさんのおかげでね!」
「すまない……知らなかったんだ…」
「そりゃ、そうでしょうけど…こっちにも色々と用意があるんですよ。仕方ないんで予定を早めます。二人共ついてきてください」
そう話ながらダコスタ副官はアスランに銃を渡した。
「ちょい待って。私は寝返らないよ?」
「アルト!」
「何、甘い事言ってんの。さっき敵寄りって言ったでしょ」
私は銃をしまって、ため息を吐いた。
「軽くでいい。状況説明して。…ダコスタ副官、それくらいの時間、稼げるでしょ」
「…わかりましたよ。五分ぐらいしか無理ですからね!?」
「はいはい。早く行ってください」
ダコスタ副官が物陰から外に飛び出していく。激しい銃撃戦の音を後ろに聞きながら、私はアスランに真意を問うた。
「で? なんで脱走?」
「…まだ…俺は死ねないんだ…ここで捕まるわけにはいかない」
「…私がキミを殺すと?」
その言葉にアスランは俯いていた顔をハッと上げて、私の瞳を見つめた。
「…命令があれば…アルトだって逆らえないだろ?」
「時と場合によるかな。私の場合」
「アルト…俺は、この戦争に疑問を…感じているんだ。本当にナチュラル全てを滅ぼすしか手がない…なんて…」
私はそのアスランの言葉に、深いため息を吐き出した。
その疑問は、誰もが思っている事だろうけれど、アスランは今、自分がどこに在籍しているのかわかっているのだろうか。
「キミね……仮にもザフトの特務隊でしょ…なんでそこで軍に逆らうの。個人判断にもほどがあるでしょ」
「でも…アラスカで…パナマで…オーブで…俺はいろんなモノを見てきた。その全てが…悪だと俺は思わない」
「そしてキミはお父様に背を向けて離反するの? それが、各地を見て自分で決めたアスランの答え?」
「……俺は……止めたいんだ…この戦争を…」
「ふーん……あっそ」
アスランは譲らない。どうやら本気で戦争を止めるつもりらしい。
(…アスランが…そう思ってるなら、クライン派やキラたちも、同じ考えってわけだ…? つまりは、兄様の邪魔をする≠チて事なんだね)私は、そこまで考えると、すっと目を細めてアスランをにらみつけた。
「…ヤマト少年は?」
「え…?」
「彼はフリーダムに乗って大天使様と合流してるんでしょ。地球軍とクライン派は結託するって事でいいの?」
「いや…アークエンジェルは地球軍に捨てられた」
「はい!?」
「一時、オーブに避難して…それからオーブは…」
そこでアスランは言葉に詰まる。私もニュースでオーブ壊滅の知らせを見ていた。どうやらアスランたちはその現場に居合わせていたらしい。
「ふぅん…孤独軍ってわけだ…」
つまり、新たな勢力が出たと。そして、やっぱりソレは兄様の邪魔にしかならないという事になる。
「アルト……一緒に来ないか?」
「お断り」
私が新たな勢力の進出に関してどうしようかと思案していると、アスランが信じられない言葉を紡いできた。そして私は反射的に即答する。
「アルト!」
「私は、あくまでザフトで在り続ける」
そう。兄様がまだザフト≠ナある限り、私はザフトに居続ける。私はどこまでも兄様の味方だ。
「…そう…か…」
「うん。事情はだいたいわかった。…やっぱり私はこのまま…キミを逃がすわけにはいかない」
「!!」
(…このまま逃しちゃうと、兄様の邪魔が増えるもの。アスランは…優秀過ぎる。少年と一緒に行動されたら、それこそやっかいな事になるだろうしね)そして私はアスランに銃口を向けた。
「離反者、アスラン・ザラ。…特務隊としての任務により、貴方を今から拘束します。大人しく投降するなら、手荒には扱わない」
「…アルト…」
「ごめん。個人の意見としては好きにしなって言いたいんだけど……今、私は軍人の顔なの」
「仕方ない……俺は……まだ捕まるわけにはいかないんだ…!」
アスランの言葉を皮切りに、私たちは動いた。
アスランが私の銃を蹴り上げようとするから、それを避けるために私は後ろに跳躍する。
「獄舎に行って、素直に機体の所在を吐けば回収は私がする事になる!! そうなればキミは自由に動けるってのに、ソレがわからないの!?」
「あの機体をザフトに戻すわけにはいかないんだ!」
アスランと私との距離が空いた。その瞬間に、ダコスタ副官が戻ってくる。
「何してるんですか貴方たちは!?」
アスランがダコスタ副官に気を取られている間に、私は銃をアスランに向かって投げた。同時に足を踏み出して走り出すと、彼との距離を一気につめる。
「二人とも、無事に逃げられると思うな!!」
「ぐあ!」
「うわ!」
投げた銃がアスランの手に当たる。同時に私はアスランを物陰から外の道路に蹴り飛ばした。後ろにいたダコスタ副官も、アスランの巻き添えで一緒に倒れ込んでしまう。
私はすぐに放り投げた銃を拾い、ゆっくりと歩きながら二人に銃口を向けた。
「…大人しくして……ホント……お願いだよ」
「アルト…」
ズキューンッ!
「くっ!!」
二人に向けていた銃を、横から狙撃されて取り落としてしまった。
ズキューン! ズキューン!
「ちっ!!」
続けて狙撃され、私はかろうじて後ろに跳んで避ける。
「今のうちです。こちらに!」
「待ちなさい!! アスラン!!」
ズキューン!!
「もぉ!!」
「ぐぁ!!」
銃を拾い直して転がると、私はその体勢のまま、狙撃してきた一人を撃った。
「…アスラン!!」
「アルト……すまない!!」
「……変なところで死んだら許さないからね!!」
「!! ああ…!」
そう言って、私はジープに乗って走り去るアスランたちの背中を見送った。
「ジェニウス隊員! アスラン・ザラは!?」
後ろから慌てて走ってきた他の衛兵が周りを囲う。
私は彼らを一瞥すると、アスランたちが去った方向を眺めながら呟いた。
「逃げられたよ……今すぐ追う。その前に議長に報告するから、キミたちは逃亡者の手配お願い」
「はっ!」
◇
【逃げられただと!? 貴様、いったい何をしていた!】
「貴方のご子息、歴代アカデミーで最優秀生ですよ。その記録は未だに破られてない…つまり、現在の軍人の中で卒業時では一番強いって事です。アスラン一人なら何とかできますけど、援護まで加わっては、私一人ではどうにもできません」
【御託はいい!! さっさとアイツを追え! クルーゼにも任務を言い渡してある。アイツをプラントから出すな!】
「…了解」
怒られるのは当たり前だけれど、そんなの私一人で手に負えるような相手じゃない事だけは伝えておく。
議長に通信を繋いで事の経緯を少しだけ省いて説明したけれど、やっぱり怒られた。
【ジャスティスとフリーダムの奪還も忘れるな!】
「……はい」
それだけ任命を受けると、私は議長との通信を切る。続けて兄様のいるクルーゼ隊に通信を繋いだ。
【久しぶりだね、アルテミス】
「お久しぶりです、クルーゼ隊長」
【事情は聞いている。ヤキンの部隊にも対応してもらう事になるが、とりあえず…すぐに合流したまえ】
「はい」
短い通信を終えると、私はエクリプスを見上げた。
格納庫から通信を繋いでいたから、後は機体に乗るだけ。
「……行くか…」
そうして私はエクリプスでプラントを出たのだ。
END
(ザフトの戦艦が奪取された!? どういう事です!?)
(どうやら口の上手い男のせいで、議長も騙されたようだね)
(…あれって、ジャスティス、フリーダム、エクリプスの専用艦ですよね…)
(残念ながら、アルテミス。キミの機体の整備は本国のみとなるだろう。…あまり損傷させないようにな)
(はぁ……)