ほとんどカーレース状態のスピードで移動したせいか、私たちはすぐにコンサートホールへとたどり着く事ができた。
「……アルト…」
「んー?」
「いや……何でもない」
アスランは青い顔をしながら助手席から降りた。
(アスランって乗り物に弱かったっけ?)青い顔をしたアスランはフラフラと歩き出す。エントランスに足を踏み入れた時、彼はゆっくりと深呼吸をすると、後ろをついて歩く私を振り返った。
「とりあえず、銃を」
気持ちを切り替えたアスランは懐から銃を取り出して、私にも促す。
「…やっぱ要る?」
「一応な。……何があるかわからない」
「…了解」
アスランが言うなら仕方ないかと思って私も銃を取り出した。そうして二人で歩いて行くと、かすかに歌声が聞こえてくる。
「!」
「…これ…」
「ラクスの…声だ」
機械ではない、生の歌声。私はそう感じた。それはアスランも同じのようで、二人で顔を見合わせて頷くと、一気に走り出す。
一階の入口はふさがっていて、あちこちに銃撃戦の後があった。ラクスに縁が深いこのコンサートホールは、すでに荒らされた後…という事だろう。
「二階へ回ろう」
「うん」
アスランがゆっくりと二階へと続く階段を上る。二階への入口は片方が開け放たれていた。
「アルト」
短い言葉でアスランの意図を察した私は、彼とは反対のドアに背をつけて、銃を構える。
ここらへんは訓練の成果というか慣れというか、軍人の癖なのかもしれない。アスランとアイコンタクトを交わし、突撃のタイミングを合わせた。
「いち」
「にの」
「「さんっ」」
同時にドアの内部に向けて銃を構えるが、何の攻撃もない。ついでに人も居ない。
何もないからといって油断はできないが、注意深く辺りを見回す前に、目標物を発見した。
「アスラン! あそこ…」
「…ラクス!?」
舞台にはラクスが居た。廃墟と化したセットの真ん中…スポットライトの光をあびて、ラクスは静かに歌い続けている。
「……行くぞ」
「ん」
アスランは静かにそう言うと、構えていた銃を下げて会場内の通路を進んだ。
(ラクス……本当に居た…)流石は婚約者というべきなのか。アスランの読み通り、ラクスはホワイトシンフォニーに居た。半信半疑だった私はアスランの行動に少しだけ感心する。
(手配中の逃亡犯がまさかこんな所で歌ってるなんて、誰が思うかってハナシだよね…)そんな事を考えながら歩いていると、ハロがラクスを認識してアスランの手からラクスの元へと跳んでいった。
「まいどっまいどっ! ラ〜ク〜ス〜!」
その声に、彼女が反応してハロの方を見る。その時、歌も中断され、会場内には一瞬の静けさが戻った。
「あら、ピンクちゃん! …やはり、貴方が連れてきてくださいましたわね…ありがとうございます」
今まで悩んでいるような表情だったアスランの顔が、ぐっと引き締められて、ラクスを睨みあげた。
「ラクス…」
「はい?」
ラクスは平然とアスランの睨みを受け流す。
彼女は相変わらず、天然なのか計算なのかわからない表情をしていた。
「アスラン!?」
アスランは急に走り出してラクスのいる舞台へと跳んだ。私も慌てて彼に続く。
「どういう事ですか…これは!」
「お聞きになったから……ここへいらしたのではないのですか? お二人とも…」
ラクスは相変わらずハロを膝に抱えて、悠然と座っている。
「…ラクス…」
「お久しぶりですわ、アルトも」
ラクスは私を見て微笑んだ。最後に会ったのは、ヴェサリウスからラコーニ隊長の艦へと移送される時。ラクスはその時よりもずいぶんと凛とした顔つきになっていた。
「では、本当なのですか!? スパイを手引きしたというのは!?」
アスランが信じられないと言ったように叫ぶ。
「…何故そんな事を?」
アスランとは対照的に、私が静かに問いかける。すると今までじっと黙ってアスランを見ていたラクスは静かに話し出した。
「…スパイの手引きなどしてはおりません…」
「えっ!?」
ラクスの回答に、アスランも私も混乱した。二人で顔を見合わせて、再びラクスへと視線を向ける。
(スパイ…じゃないって……? じゃあ、あの映像は!?)「キラにお渡ししただけですわ……新しい剣を」
「なっ!」
「!!」
(はぁ!? えっ……キラ!?)今、ラクスはとても衝撃的な事実を淡々と述べてくれた。キラとは、アスランが討ったキラ・ヤマトで間違いないだろう。いったい、彼女はいつどこで彼と接触したのだろうか。彼は地球にいたというのに。
「今のキラに必要で、キラが持つのがふさわしいものだから…」
「キラが……何を…言っているんです!! キラは…アイツは…」
「貴方が殺しましたか?」
「こっ…!!」
ラクスの言葉に、アスランはビクッと上体をそらした。私は静かに二人の様子を傍観する。
というか、傍観する事しかできない。
(…衝撃的……だね。ヤマト少年、生きてたんだ…?)まぁ、アスランも生きていたし、死体もなかった。確実に死んだ≠ニいう物証がなかったのだから、私も半信半疑だったけれど、アスランが討ったと言っていたから信じる事にしたのだ。
(…まぁ、MSの爆破で死体が残ってる方が不思議だし、当たり前の認識だけど…)それでは、ラクスが少年を救い、なおかつ彼女がキラにフリーダムを手引きしたという事だから…やはりスパイであるという事になるのに、ラクスは認めない。
彼女はスパイではないと主張していた。
そしてラクスは厳しい表情から、ふんわりと慰めるように微笑む。
「大丈夫です…キラは生きていますわ」
その発言に、アスランはかぶりを振ってラクスに銃口を向けた。その手は小刻みに震えている。
「アスラン!」
そのいきなりの行動に、流石の私も驚く。彼女に銃口を向けるなんて、思いもしなかった。
「う…嘘だ!! いったい…どういう企みなんです!? ラクス・クライン!! そんな……バカな話を……アイツは…アイツが生きているはずがないっ!!」
「……アスラン……」
アスランがこんなに動揺するのを、初めて見た気がする。彼の中で必死に整理をつけた感情が、再びぶり返したように見えた。
「…マルキオ様が私の元へお連れになりました。キラも貴方と戦ったと…言っていましたわ」
「!!」
「言葉は信じませんか? では、ご自分でご覧になったものは? 戦場で…久しぶりにお戻りになったプラントで…何もご覧になりませんでしたか?」
「ラクス…」
アスランの銃口が下がった。今にも発砲するような体勢から、ただ銃を向けているだけの体勢に和らげられる。そのアスランに畳みかけるように、ラクスは声を強めてアスランに問いかける。
「アスランが信じて戦うものはなんですか? いただいた勲章ですか? お父様の命令ですか?」
「ラクスっ!!」
(…ピンクのお姫様……やっぱり天然は計算か)私はそんな事を思いながら、二人の様子を見ていた。ちなみに私はラクスに対して銃口を向けていない。
「そうであるならば…キラは再び、貴方の敵となるかもしれません」
「!!」
「そして私も…」
そう言うなり、ラクスは立ち上がり、ゆっくりと、でも確実にアスランに向かっていった。その銃口が自分に向いているのを認識して。
「敵であると言うならば…私を撃ちますか? ザフトのアスラン・ザラ」
「俺……俺は……」
ラクスの迫力に押されて、ついにアスランは銃口を下げた。顔を背けて、眉間のシワがいつもの倍、刻まれる。アスランの次の返答を待っていたラクスに、舞台の袖から聞き覚えのある声が投げかけれた。
「ラクス様」
「!」
ラクスとアスラン、それに私もその声に反応して舞台の袖を見る。
それと同時に、今度は会場内へと少数部隊のグラサン集団がなだれ込んできた。
「くっ!」
「!!」
アスランがとっさにラクスを背にかばい、銃を構える。舞台の上にもグラサン集団は数人上がってきていて、私たちは囲まれるように銃口を向けられた。
NEXT→
(いくら舞台が明るいからって、こんな屋内でグラサンって、ちょっと笑えるよね)
(そうですわね、改良されているのでしょうか?)
(薄暗いところでもよく見えるグラサン? グラサンの意味なくない?)
(二人とも、少しは真面目に対応したらどうなんだ! 銃を向けられてるんだぞ!?)
(だって、アスランがいるじゃない?)
(アスランがいらっしゃいますもの)
((ねぇ?))
(……はぁ……わかったよ…)