「この機体性能って……あり得なくない?」
私はエクリプスのコックピットに居ながら呟いた。データを隅から隅まで目を通したけれど、見れば見るほど恐ろしい機体だ。
「…確か、ジャスティスとフリーダムは、エクリプスより若干機体性能を落としてるんだっけ…」
それにしたって、スペックが高い…高すぎる。乗り手を試すように上げられた性能に、私は驚愕していた。
確かに案は出したけれど、性能までは指定しなかったはずなのだが。
「…搭乗者しだいでは、天使にも悪魔にもなるね…特に、エクリプスは…」
乗り手が私だから、何ともいえないけれど。
「さぁて、本格的に実験も終わったし…もう帰ろうかなぁ」
大きく伸びをして欠伸をすると、通信を知らせるアラームが鳴る。エクリプスに直接繋いでいるようで、私は不思議に思いながら通信回線を開いた。
「はい?」
【アルテミスか】
「…私以外が乗っていたら、危ないと思いますよ?」
通信先に現れたのは、不機嫌な顔をしたザラ議長。私がごく当たり前の返答をすると、さらに彼の眉間にシワが増えた。
【…………実験は】
「たった今、終わりました。見てたんですか?」
【見れるわけがなかろう。その実験室だけは軍の最高機密で閉鎖されているのだからな!】
(でも実際…議長は私に通信繋げちゃってるよ? 特権?)とは言えず、とりあえず『そうですね』と、適当に同調しておいた。
【クルーゼの奴から報告が来た。お前もすぐに私の元へ戻れ】
「え!? 復活したんですか? 通信!」
【クルーゼがカーペンタリアに帰還したのだ】
「今すぐ行きます!!」
【じっ…】
ぶちっ
議長が何か言おうとしていたのを遮って、私は強制的に通信をぶった切る。後で怒られるかもしれないけれど、今はそんな事どうでもよかった。
(…よかった……やっぱり兄様、無事だったんだ…!!)私は焦る気持ちを抑えて、すぐさまエクリプスとのリンクを遮断すると、普通の機体性能に戻す。
「ルナモード解除……っと」
(これで、端から見ても普通の機体だよね)ルナモード。これがエクリプスの本性。私が持つ特殊量子を機動媒体にして、このエクリプスは二段階の変化を遂げる。初期段階は、ジャスティスやフリーダムと変わらぬNジャマーを搭載した核エネルギー発動型。
二段階目がルナモードと呼ばれるものになる。
「二段階目……試す事はできないけど、計算上ではちゃんと発動するから…もう大丈夫だね」
これでこそ協力した甲斐があったと言うものだ。
「さって、実験データを持ってサクッと議長室に行きますか!」
私はすぐさま実験データのコピーを取ると、実験室に残された全てのエクリプスのデータを消去した。
機体は格納庫に移しておいて、足早に議長室へと歩く。
十分とかからずに私は議長室のドアを開いていた。
「アルテミス・ヴァル・ジェニウス、出頭しました!」
「貴様…さきほどはよくも…」
議長室の扉を開くと、ザラ議長はとても不機嫌な顔でイスに座っていた。
(あらら、やっぱ怒ってるかー)「エクリプスの操作にまだ慣れなくて、うっかりオフスイッチに手が触れてしまいました」
「貴様、本当にパイロットか!」
「冗談ですよー。面倒くさいんで切っただけです」
「堂々と嘘をつくな、この馬鹿者!」
「正直に話したのにー」
私は激高するザラ議長の反応を楽しみながら、ゆっくりとデスクに近づいて、議長の前で敬礼する。
「さて、兄様は?」
議長室には誰もいないようだったので、遠慮のカケラもなしに素に戻っていた。議長は顔を引きつらせながら通信を開いてくれる。
【やぁ、アルテミス。暫くぶりだね】
「隊長! 無事で何よりです!」
議長のデスクの隣、議長にも私にも見えるように展開された通信画面の先には、元気そうな兄様が映っていた。
私はすぐさま軍人モードに切り替えて応答する。
「クルーゼ」
【ハッ!】
議長が促すと、兄様はニヤリと笑って私を見た。
(なんか…企んでる?)議長と兄様の間で何があったかは知らないけれど、兄様はとても楽しそうだった。
【アルテミス、エクリプスの受領は?】
「終わらせました。先ほどの実験データ、全てこのディスクに移して、実験室にデータは何も残していません」
【良い返事だ】
そして私は持っていたディスクを議長に手渡す。
「これで、私の一つ目の任務は終了です。とりあえず本日は帰宅してもよろしいでしょうか、議長?」
「…かまわん」
議長は苦虫を潰したような顔をして私を睨みつけているけれど、特に反論はないようだった。
「それでは、隊長の無事も確認した事ですし、私は帰宅します。明日からは…」
【明日からの任務だが、君は特務隊所属であれ、一度指揮権を私にゆだねられるそうだよ】
私が議長に向かって明日の予定を告げようとすると、兄様がそれを遮った。
「え? ……あの…?」
少しだけ意外だったので議長を見ると、静かに頷いている。
「そういう事だ。明日からは再びクルーゼの指示通りに動け」
「…えっと…すみません、特務隊に所属したまま、クルーゼ隊に配属……という事でしょうか?」
【少し違うな。私は指示を出すだけだが、判断するのは君だよアルテミス】
つまり、特務隊の権力は生きたままという事になるらしい。特務隊は議長直属の部隊だけれど、特に議長の指示がない限り、任務遂行時の判断は個人にゆだねられる。フェイスという称号を持てば、さらに個人の判断範囲が広がるけれど、私はそこまでいっていない。
「……了解しました。それでは明日からは私は…えと、どうすれば?」
指揮権が兄様に一時委託されて、でも私は特務隊所属で…もはや私の頭では命令系統がごちゃごちゃになっていた。間違った指示で動いても仕方ないし、とりあえず素直に聞いてみる。
【そうだな、休暇と思ってゆっくり休みたまえ。腕の傷も癒さねばな】
「へ?」
(休暇? あの……任務は……? っていうか、聞きたい事はそうじゃないんだけど…)【明日は、一日休暇…という事だよ】
混乱する私に、兄様はさらにゆっくりとした口調で繰り返した。
「休暇…ですか?」
【そうだ】
兄様の表情に変化は全くない。私は反応に困って、つい議長を見てしまった。
「…何故、私を見る」
「いえ……あの、議長がおっしゃった任務は…?」
「そちらはアスランに任せる。アイツとて馬鹿ではないのだ…」
(あ、親バカ発動……無意識なんだろうなぁ…)「直にフリーダムも奪取するだろう。クライン一派の事は、アスランに任せる。お前は例の建設に向けて療養しろ」
【…そういう事だよ】
「はぁ……了解しました」
私は何となく腑に落ちなかったけれど、二人から言われてしまっては反論もできない。仕方ないので、その場は命令に従う事にした。
「それでは、本日はこれで失礼します」
今度こそ私は帰宅するために軍本部を出たのだった。
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(…クルーゼ、貴様も人の子だな)
(義妹には私も弱いようです。そこは議長と同じですね)
(ふざけた事を言うな! 私は貴様等とは違う!)
(ふふふ…そのようですね。議長は奥方と奥方にそっくりなご子息に弱いのでした)
(なっ!!)