第7章 それぞれの道
52:「正直に話したのにー」
「この機体性能って……あり得なくない?」

私はエクリプスのコックピットに居ながら呟いた。データを隅から隅まで目を通したけれど、見れば見るほど恐ろしい機体だ。

「…確か、ジャスティスとフリーダムは、エクリプスより若干機体性能を落としてるんだっけ…」

それにしたって、スペックが高い…高すぎる。乗り手を試すように上げられた性能に、私は驚愕していた。
確かに案は出したけれど、性能までは指定しなかったはずなのだが。

「…搭乗者しだいでは、天使にも悪魔にもなるね…特に、エクリプスは…」

乗り手が私だから、何ともいえないけれど。

「さぁて、本格的に実験も終わったし…もう帰ろうかなぁ」

大きく伸びをして欠伸をすると、通信を知らせるアラームが鳴る。エクリプスに直接繋いでいるようで、私は不思議に思いながら通信回線を開いた。

「はい?」
【アルテミスか】
「…私以外が乗っていたら、危ないと思いますよ?」

通信先に現れたのは、不機嫌な顔をしたザラ議長。私がごく当たり前の返答をすると、さらに彼の眉間にシワが増えた。

【…………実験は】
「たった今、終わりました。見てたんですか?」
【見れるわけがなかろう。その実験室だけは軍の最高機密で閉鎖されているのだからな!】

(でも実際…議長は私に通信繋げちゃってるよ? 特権?)

とは言えず、とりあえず『そうですね』と、適当に同調しておいた。

【クルーゼの奴から報告が来た。お前もすぐに私の元へ戻れ】
「え!? 復活したんですか? 通信!」
【クルーゼがカーペンタリアに帰還したのだ】
「今すぐ行きます!!」
【じっ…】


ぶちっ


議長が何か言おうとしていたのを遮って、私は強制的に通信をぶった切る。後で怒られるかもしれないけれど、今はそんな事どうでもよかった。

(…よかった……やっぱり兄様、無事だったんだ…!!)

私は焦る気持ちを抑えて、すぐさまエクリプスとのリンクを遮断すると、普通の機体性能に戻す。

「ルナモード解除……っと」

(これで、端から見ても普通の機体だよね)

ルナモード。これがエクリプスの本性。私が持つ特殊量子を機動媒体にして、このエクリプスは二段階の変化を遂げる。初期段階は、ジャスティスやフリーダムと変わらぬNジャマーを搭載した核エネルギー発動型。
二段階目がルナモードと呼ばれるものになる。

「二段階目……試す事はできないけど、計算上ではちゃんと発動するから…もう大丈夫だね」

これでこそ協力した甲斐があったと言うものだ。

「さって、実験データを持ってサクッと議長室に行きますか!」

私はすぐさま実験データのコピーを取ると、実験室に残された全てのエクリプスのデータを消去した。
機体は格納庫に移しておいて、足早に議長室へと歩く。
十分とかからずに私は議長室のドアを開いていた。

「アルテミス・ヴァル・ジェニウス、出頭しました!」
「貴様…さきほどはよくも…」

議長室の扉を開くと、ザラ議長はとても不機嫌な顔でイスに座っていた。

(あらら、やっぱ怒ってるかー)

「エクリプスの操作にまだ慣れなくて、うっかりオフスイッチに手が触れてしまいました」
「貴様、本当にパイロットか!」
「冗談ですよー。面倒くさいんで切っただけです」
「堂々と嘘をつくな、この馬鹿者!」
「正直に話したのにー」

私は激高するザラ議長の反応を楽しみながら、ゆっくりとデスクに近づいて、議長の前で敬礼する。

「さて、兄様は?」

議長室には誰もいないようだったので、遠慮のカケラもなしに素に戻っていた。議長は顔を引きつらせながら通信を開いてくれる。

【やぁ、アルテミス。暫くぶりだね】
「隊長! 無事で何よりです!」

議長のデスクの隣、議長にも私にも見えるように展開された通信画面の先には、元気そうな兄様が映っていた。
私はすぐさま軍人モードに切り替えて応答する。

「クルーゼ」
【ハッ!】

議長が促すと、兄様はニヤリと笑って私を見た。

(なんか…企んでる?)

議長と兄様の間で何があったかは知らないけれど、兄様はとても楽しそうだった。

【アルテミス、エクリプスの受領は?】
「終わらせました。先ほどの実験データ、全てこのディスクに移して、実験室にデータは何も残していません」
【良い返事だ】

そして私は持っていたディスクを議長に手渡す。

「これで、私の一つ目の任務は終了です。とりあえず本日は帰宅してもよろしいでしょうか、議長?」
「…かまわん」

議長は苦虫を潰したような顔をして私を睨みつけているけれど、特に反論はないようだった。

「それでは、隊長の無事も確認した事ですし、私は帰宅します。明日からは…」
【明日からの任務だが、君は特務隊所属であれ、一度指揮権を私にゆだねられるそうだよ】

私が議長に向かって明日の予定を告げようとすると、兄様がそれを遮った。

「え? ……あの…?」

少しだけ意外だったので議長を見ると、静かに頷いている。

「そういう事だ。明日からは再びクルーゼの指示通りに動け」
「…えっと…すみません、特務隊に所属したまま、クルーゼ隊に配属……という事でしょうか?」
【少し違うな。私は指示を出すだけだが、判断するのは君だよアルテミス】

つまり、特務隊の権力は生きたままという事になるらしい。特務隊は議長直属の部隊だけれど、特に議長の指示がない限り、任務遂行時の判断は個人にゆだねられる。フェイスという称号を持てば、さらに個人の判断範囲が広がるけれど、私はそこまでいっていない。

「……了解しました。それでは明日からは私は…えと、どうすれば?」

指揮権が兄様に一時委託されて、でも私は特務隊所属で…もはや私の頭では命令系統がごちゃごちゃになっていた。間違った指示で動いても仕方ないし、とりあえず素直に聞いてみる。

【そうだな、休暇と思ってゆっくり休みたまえ。腕の傷も癒さねばな】
「へ?」

(休暇? あの……任務は……? っていうか、聞きたい事はそうじゃないんだけど…)

【明日は、一日休暇…という事だよ】

混乱する私に、兄様はさらにゆっくりとした口調で繰り返した。

「休暇…ですか?」
【そうだ】

兄様の表情に変化は全くない。私は反応に困って、つい議長を見てしまった。

「…何故、私を見る」
「いえ……あの、議長がおっしゃった任務は…?」
「そちらはアスランに任せる。アイツとて馬鹿ではないのだ…」

(あ、親バカ発動……無意識なんだろうなぁ…)

「直にフリーダムも奪取するだろう。クライン一派の事は、アスランに任せる。お前は例の建設に向けて療養しろ」
【…そういう事だよ】
「はぁ……了解しました」

私は何となく腑に落ちなかったけれど、二人から言われてしまっては反論もできない。仕方ないので、その場は命令に従う事にした。

「それでは、本日はこれで失礼します」


今度こそ私は帰宅するために軍本部を出たのだった。


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(…クルーゼ、貴様も人の子だな)
(義妹には私も弱いようです。そこは議長と同じですね)
(ふざけた事を言うな! 私は貴様等とは違う!)
(ふふふ…そのようですね。議長は奥方と奥方にそっくりなご子息に弱いのでした)
(なっ!!)


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