議長室から静かに退出した私は、廊下を歩いて今度は本部の格納庫に直行した。その間、十分とかかっていないだろうに、格納庫に到着するとアマルフィ議員が私を迎えてくれる。
「やぁ、アルテミス。久しぶりだね」
「アマルフィ議員……お久しぶりです」
「ザラから先ほど連絡が来た。機体の受領だったね」
私はそこで軽く目を見張る。
ここらへんの根回しの早さは流石としか言いようがなかった。
「お聞き及びでしたか……アスランは?」
「さっき機体の受領を済ませた。これから行くところがあるからと、彼は先に本部を出たよ」
「そうですか…」
(…多分、アスランはクライン邸に向かったんだろうなぁ…)彼の心情を思うと、だいぶん辛い任務になるだろうけれど、私は心のどこかでアスランなら大丈夫だろうと思っていた。
(アスランなら、ラクス嬢を見つけられるよね)そう、彼がラクス嬢を発見したら、排除ではなく説得に走るだろう。キラにそうしたように。
(議長がどう来るかわかんないけど、どうとでもなるよね。彼だって……クライン様を殺めたいわけじゃないみたいだったし)むしろ、信じたい。信じさせてくれ。そう背中が語っていた。公証がなければ誰が嫌疑などかけるかと叫んでいたのが本音なのだろう。
「さて、君の機体のお披露目と行こうか」
「あ、はい」
私は自分の思考にふけっていた脳をサクッと切り替えてアマルフィ議員の後ろをついて歩く。
機体の前につくと、カッとライトが灯り、漆黒のボディに金のラインが入ったエクリプスが浮かび上がった。
「こんな機体を投入してまで……君たち若者を戦場に送り出すのは忍びないよ…本当に…」
「アマルフィ議員…」
アマルフィ議員はライトアップされたエクリプスを見上げながらそう呟く。それからスッと視線を下に移して、持っていたファイルから楽譜を取り出した。
「ニコルの作った曲…」
「!!」
彼が取り出した楽譜は、ニコルが生前、私との共演のためにと内緒で作成していたものだった。
「君が遺品をまとめて送ってくれたおかげで、あの子の最後の作品を見る事ができた。…ありがとう」
「いえ……私の方こそ……何もできず……」
「いや、その話は止めよう……アスランにも言ったが、戦争だったのだ……そう……仕方のない事なのだよ」
そう言われて頭を優しく撫でられる。大きくて暖かい手。少しだけ苦しそうに歪められた、優しい笑顔。
「この楽譜、君が持っていてくれないか?」
「え!?」
突然のアマルフィ議員の申し出に、私は酷く驚いて彼を見上げた。
(…だって、これ……ニコルの最期の…)「持っていて欲しいんだ。そして何もかも終わったら……この戦争が終わった時には、君があの子の代わりに演奏をしてやって欲しい」
「!! それは…」
「私には、この譜面にあの子の優しい思いが詰まっているのがよくわかる。それをどうしても発表してもらいたいんだ。…他の誰でもない、君にね」
そして私の手を取ると、そっと楽譜を渡される。
「バカな親だと笑われるかもしれないけどね」
「いえ……いいえ……」
流し尽くしたと思っていた涙が、アマルフィ議員の手を少しだけ濡らす。
「この楽譜……責任を持って私が預からせていただきますね」
「ああ……ありがとう」
私は目尻の涙をぬぐって、まっすぐにアマルフィ議員を見つめると、しっかり楽譜を持った。
彼も嬉しそうに微笑んで、それから簡単に機体の説明をしてくれる。
「さて、私の仕事はここまでだ。後の事は君の方がよくわかっているだろう」
「そうですね。ちゃんと整備しておきます」
そう言うと、アマルフィ議員は私の両肩に手を置いた。背が小さい私と視線を合わすために、少しだけかがんでくれる。
「パイロットであり軍人の君に、こんな事を言うのは本当はいけないのだろうけれど……命を大事に…無茶をせず、無理だと思ったら引くのだよ。……死なないでくれ」
「…努力します」
私は軍人だから、死なないとは約束できない。でも、精一杯の気持ちを込めて返事をした。私とニコルは同い年で身長も同じぐらいだから、どうしても彼とかぶってしまうのだろう。
アマルフィ議員の気持ちを思うと、無碍に否定する事もできなかった。
「それでは、健闘を祈る」
「…はっ」
左手で敬礼をして、私は歩き去るアマルフィ議員の後ろ姿をいつまでも見送っていた。
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(それにしても、アマルフィ議員)
(どうしたのかな?)
(この楽譜、ヴァイオリンの旋律は私が頑張るとして、ピアノの旋律は誰にお任せするつもりで?)
(…そこまでは考えていなかったね。できればニコルの同期に、と思うけれど…)
(……アスランも、イザークも、壊滅的な腕前とご存じなのですよね?)
(そう…だな…二人とも、音楽は苦手だったね)
(残りはディアッカぐらいですけど…)
(…いざとなれば、三人の誰かにピアノでも習わせようか)
(……え? 本気で?)