第7章 それぞれの道
50:「…なんて言うのは冗談で」
「「失礼します!」」

私たちが議長室のドアを開けて敬礼すると、ザラ議長は数名の部下からの報告を受けている最中だった。

(アスランの読みは当たりだね…)

ちょうどスピッド・ブレイクの状況報告をしていたようで、私たちは黙ってその話を聞く事にする。追い出されないという事は、聞いていても問題ないという事だ。

「基地の地下に、かなりの量のアレイが…」
「クルーゼは?」

(兄様!?)

議長が兄様の話題を出したので私はすぐに反応を返す。
邪魔になるので少しだけ横に移動して、祈るような気持ちで報告を待った。

(……お願い……無事だと言って!!)

「まだコンタクトは取れておりませんが、無事との報告を受けております」
「彼から詳細な報告を上げさせろ」

そう報告されたのを聞いて、私はわからないように安堵の息を吐いた。

(……よかった……兄様が無事なら、同じ隊のイザークだって無事だよね……きっと)

そこに新たに訪問者がドアを開けて入ってくる。流石、議長室なだけあって、報告は事欠かないようだ。

「アイリーン・カナーバ以下、数名の議員たちが事態の説明を求めて議場に詰めかけています」
「……少し待て」
「!! あ……はっ!」

報告を受けた議長はアスランをチラリと見ると、声をかけた。私たちは慌てて了承して、そのまま控える事にする。そしてさっきの人は更に続けて報告した。

「臨時最高評議会の要請をするものと思われますが…」
「はぁ……ともかく残存の部隊をカーペンタリアに急がせろ」
「はっ!」
「浮き足立つな!! 欲しいのは冷静且つ客観的な報告だ!」

流石ザラ議長。こんなに混乱した本部の状況をしっかりと見ている。命令を受けた人は敬礼をして、慌てて部屋を出て行った。それから議長は続けて別の人に問いかける。

「クライン等の行方は!?」

(…ラクス嬢……まさか……本気で手引きなんて…)

クラインという名前が出て、アスランの眉間にシワが刻まれた。

「まだです……かなり周到にルートを造っていたようで、思ったより時間がかかるかもしれません」
「ちぃっ……司法局を動かせ! カナーバ等、クラインと親交の深かった議員は、全て拘束だ!!」

(うっそ!!)

議長の発言に、私たちは声を出さないまでも驚きを隠せなかった。それは命令された人も同じだったようで、少し悩んでいる。

「はぁ……しかし……」
「スパイを手引きしたラクス・クライン。共に逃亡し行方のわからぬ、その父。漏洩していたスピッド・ブレイクの攻撃目標。子供でもわかる簡単な図式だぞ!! クラインが裏切り者なのだ……なのに、この私を追求しようとでも言うのか!? カナーバ等は!! 奴らの方こそ……いや、奴らこそが匿っているのだ! そうとしか考えられん!!」
「わかりました!」

ザラ議長は声を荒げて激昂していた。
その激しい厳命を受けて、報告にあたっていた軍人は全て部屋を下がる。残ったのは、待機命令を出されていた、私たちだけ。

皆が部屋を完全に去るのを見届けてから、私たちは議長机の前へと歩み出る。ザラ議長は背もたれの深いイスに倒れるように座り込むと、眉間を手で押さえていた。

(……心労が募ってるな……議長……)

そんな様子を冷静に観察しながら私たちは議長に話しかけた。

「父上…」

(アスラン!? ちょっ、いくらお父様でも今は軍人として振る舞おうよ……ココ、軍本部だから!)

私が内心で焦っていると、ザラ議長はギロリとアスランを睨みつける。そして静かに彼をいさめた。

「何だ? ソレは?」
「!! 失礼いたしました!ザラ議長閣下!」

(ほら……怒られちゃったじゃないか)

アスランは慌てて敬礼をすると、失礼を詫びる。すると議長は未だ頭を抱えながらも、ちゃんと話をしてくれるようになった。

「…状況は認識したな?」
「ハッ!! いえ、しかし…私には信じられません…ラクスがスパイを手引きしたなどと……そんなバカな事が…」

それは、私も同じだ。平和をこよなく愛すあの歌姫が、戦局を混乱させるような行為をするとは思えなかった。
その言葉を受けて、議長は手元の装置を操作すると、壁にスクリーンを展開させる。

「見ろ」

短くそう言われて、展開されていくスクリーンに私たちは目を向けた。
映し出されたスクリーンに映っていたのは、確かにラクス嬢と一人の軍人。

(…ラクス嬢の隣に居るの……赤服? 誰が…?)

「公証の監視カメラの記録だ。フリーダムの奪取は、この直後に行われた」

(奪取されたのは…フリーダム!?)

フリーダムのパイロットだけは決まっていなかった。ラクス嬢がそこまで確信して手引きをしたのか定かではないが。

「この場所を…この人物を見ろアスラン」

そう言って画面をズームにさせる議長。ズームにされた映像の先には、カメラの視線を気にして少しだけ後ろを振り返ったラクス嬢が居た。顔をこちらに向けているので、完全に彼女と断定できる。

「……嘘……」
「…証拠がなければ、誰が彼女になど嫌疑をかける?」

私の呟きは、とがめられる事なく流された。

「お前は何と言おうが、これは事実なのだ!」

奪取された場面は砂嵐になって消されていたけれど、確かに直前までラクス嬢と誰かが一緒に居た事は確かだ。
そしておもむろに議長はアスランに向かって爆弾を投下する。

「…ラクス・クラインはすでにお前の婚約者ではない。まだ非公開だが、国家反逆罪で指名手配中の逃亡犯だぞ? お前は奪取されたX−10Aフリーダムの奪還と、パイロット、及び接触したと思われる人物、施設、全ての排除に当たれ」

(国家反逆罪…!? しかも、全て排除って……ソレは……まさか…)

つまり、全ての証拠を綺麗にして来いという事で……場合によっては…いや、確実にラクス嬢を暗殺して来いという事なのだろう。
この命令は、アスランにとって最悪の任務だ。

「公証でXー09Aジャスティスを受領し、準備が終わりしだい、任務につくのだ。奪還が不可能な場合、フリーダムは完全に破壊せよ!」
「接触したと思われる人物、施設までをも全部排除……ですか!?」

議長が手元のスイッチを操作して、誰かを呼びつける。ドアを開けて現れた人に、私は息をのんで驚いた。

(アマルフィ議員……ニコルの……お父さま…)

ニコルが戦死してからは、初めて合う。何度かニコルのコンサートで会った事もあるし、本部で見かけた事はあるけれど、何故だか今は、まともにアマルフィ議員の顔が見れなかった。
そっと視線を外して、私は議長に向き直ると、議長はさらに続けて機体の説明を簡単にする。

「X−10Aフリーダム、及びX−09Aジャスティス、そしてX−00Aエクリプスは、ニュートロンジャマーキャンセラーを搭載した機体なのだ」
「ニュートロンジャマーキャンセラー!? そんな…!」

アスランが驚愕する。今日はいったい何度驚けばすむのだろうか。私たちは何度目かわからない驚きを、もう隠す事に疲れてきた。

(いや、私は知ってるけど。Nジャマー搭載させた機体案の提出したの私だし?)

ザラ議長は立ち上がると、アスランを睨みつけて怒鳴った。この迫力は流石と言ったところだが、アスランは慣れているのか引こうとしない。

「良いから、お前はさっさと機体を受領して来いアスラン!」
「ちち……ザラ議長! 待ってください!」

(…もしかして、家でもこんな喧嘩勃発してたりすんのかなぁ……っていうか、親子喧嘩は余所でやろうよ…)

アスランの任務内容については私もどうかと思うし、証拠を見せられても半信半疑なのだが、議長がそう命令を出した以上、私たちはこれ以上逆らう権利を持たない。
軍人なのだから、仕方ないといえば仕方ないが、ここまで食い下がるアスランは初めて見た。

「これ以上の問答は不要だ! …アルテミスはこのまま残れ。君にも新しい任務がある」
「議長!」
「うるさいぞアスラン! ……さっさとコイツを連れていかんか!」
「アスラン…」

議長に叫ばれ、アマルフィ議員は部屋の中まで進んで来てアスランの肩をそっと叩いた。

「今は引け。……失礼しました」

そして静かにアスランを連れ去って退出する。ようやく議長室に静寂が戻った。
私は再び椅子に倒れ込む議長を眺めながら、静かに口を開いた。

「…私の新しい任務とは?」
「君の任務は、ジェネシスに関する最終プログラム調整とエクリプスの機体性能実験だ。……アレの真の実力、どこまで引き出せるのか、実験は君にしかできないのだからな」

そこまで一気に言うと、はぁ…と議長はため息を吐いた。

「そして…君には情報漏洩の元を割り出してもらう。クライン等が手引きしたに違いないのだ。奴らの情報元を割り出し、なおかつ潜伏先も突き止めろ。今すぐにだ!」

話しているうちに、議長は興奮してきたらしい。最後の方などは、ほとんど怒鳴りながら命令されてしまった。

「…その任務は、私の力を使う…という事ですよね。私は兄からそんな命令は受けていませんよ」
「何だと!? アイツなど関係はない! 命令しているのは私だ! この私だぞ!? 議長の命令に軍属が逆らうなどもっての他だ!」

激昂する議長の様子を見ているうちに、私の中のもう一つの感情が浮上してくるのがわかった。
瞳と感情が酷く冷徹なものに支配されていく感覚。
実際に、議長を見る目は冷たく冷えきっていただろう。

「なんだ、その目は?」

案の定、私の視線に気づいた議長は、眉間にシワを寄せて問い詰めてきた。

「…何か勘違いなさっているようですが…」
「何ぃ?」

私の言葉にすぐに反応する。どうやら今の彼は導火線が短いどころか、常にくすぶり続ける火種を抱えているみたいだった。

「私は、軍人ではありますが、軍属ではない……入隊を求められた時に出した条件を、お忘れですか?」
「何だと!?」

実は、この条件の事を兄様は知らない。
兄様が議長と癒着を始め、私の力もカードの一つとしてチラつかせていた時。彼は密かに私とコンタクトを計り、入隊を迫った。
とても強引なその行動に、私は一つだけ条件を呑むならと、了承したのだ。喜んで入隊したわけでもない。全ては兄様の目的のため。

(兄様の手の内で踊らされる、ただの…)

この瞬間の私は、普段の私とは違った感情で構成されている。冷酷で、非情な感情。
こんな姿、久しく出していなかったというのに、議長閣下は簡単に私の逆鱗に触れてしまった。

「……私の力は、私自身が決め、使用する。私が従う命令は兄様の命令のみ……それを受領できない限り、私は軍人にはなりません」
「!!」
「……覚えてないとおっしゃるならば、私は貴方に対して牙を向きます……これ以上の力の提供、今すぐ打ち切りますよ」
「貴様……!!」

議長は勢いよく椅子から立ち上がり、机の引き出しにしまっていた銃を取り出して安全装置を外し、私に銃口を突きつける。

「私を殺しますか? 構いませんよ。私抜きでアレが進められ、尚且つ完成させる事ができるというのなら、やってみるといい。……エクリプスとて、私が乗らなければただの新型機体でしょう。それとも、今からアレを造り直しますか?」
「貴様……この私に楯突く気か!!」
「楯突く? とんでもない。……私は初めから貴方に膝を折った覚えはないと言っているんです」

今この場にいるのは、最早軍人と議長ではなくなっていた。

(私の力は、兄様のためだけにあるんだよ)

暫く議長と私の本気の睨み合いが続いたけれど、ふっと議長は体の力を抜く。そして私に向けられていた銃口も下げられた。
私のどこまでも冷徹な対応が彼の冷静さを取り戻させたようで、私も力を抜いて対応する。

「…この私に面と向かって楯突く者が、レノア以外に居るとはな…」
「……え?」
「全く……貴様ぐらいなものだぞ! こんなに怒りを露わにしているというのに私と対等に話をする奴なんぞ!」
「それは、おめでとうございます」
「喜ばしくなどないわ!」

そう叫んだ議長がハッキリと敵意を消す。この勝負、私の粘り勝ちのようだった。

(うーん、議長突っ込みの才能あるなぁ。今の間は絶妙だね!)

本日何度目になるかわからないため息を吐いた議長は、また椅子に深く座り込んでしまった。

「それで? 貴様の望みは」
「そうですね、兄様欠乏症なので兄様の声が聞きたいところです」
「はぁ!?」
「…なんて言うのは冗談で」
「………貴様、私をからかっているのか」

その問いに私はニッコリと営業スマイルを返した。

「二人きりの時は、対等な友人の関係で良いとおっしゃったのは議長ですよ。もう忘れたんですか? 年ですねぇ」
「うるさいわ! さっさと望みを言え!」

その絶妙な怒鳴り声に心地良さすらも感じながら、私は笑顔で続けた。
この時の議長は、もうすでに軍属としての仮面を脱ぎ去っていた。ここに居るのは、ただの子持ちの父親だ。私は冷徹な感情をさっさと引っ込めて、友人として話をする事にする。

「エクリプスの受領と、特務隊の着任挨拶、ここで済ましていいですか? 今更赴くの面倒くさいんで」
「特務隊は私直属の部隊だ。着任は本来、私にする事になっている……だからアスランと共に来たのではないのか貴様」

そう睨まれ、私は少しだけ驚いた。

「いえ? 今回の謁見はアスラン…ご子息が、ラクス嬢の詳細を聞きたいとおっしゃったので、私はついでです」
「あのバカ息子……!!」
「可愛い盛りじゃないんですか? 素直になれないところは本当にそっくりですねぇ」
「貴様何歳だ!? いきなり年を取った女のような発言をするな!」

最早笑いを隠す必要はないと思った私は、クスクスと笑みをこぼす。

(これだから、この人はからかうと楽しいんだ)

「本当に貴様は……クルーゼの奴とは大違いだ! 本当に兄妹なんだろうな!?」
「当たり前ですよ」

私はさも当然と言わんばかりの態度で即答したけれど、本当は少しだけ違う。
私は兄様の義妹で、同じ母親の腹から生まれたわけではない。…だからといって、父親が同じというわけでもなかった。でも、確かに血は繋がっている。

(……なんたって、兄様のクローンだしね。私は)

しかし、そんな事をわざわざ議長に教える必要もないので、そこは黙っておく。

「じゃあ、着任終わりって事で。アスランも」
「ああ、さっさと機体を受領するなり好きにしろ!」
「あれ? さっきの命令は撤回なさるんですか?」

そこで議長は軽く悩む仕草をした。

「……クルーゼの奴とはまだ確かな連絡手段がない。というより、奴が報告をしてこん限り、連絡がつかん! 地下のサイクロプスの影響で電波がすこぶる悪いそうだからな…本部まで帰りつくまではこちらとて正確な情報が得られんのだ! 満足か」
「そうですね、最初からそう言ってくだされば良いのに。失礼を申し上げました」
「ちっとも失礼と思っていないような顔をして何を言うか、このバカ者!」

ここまでコントを綺麗に織り成してくれるのは、今のところ議長しかいない。イザークでもここまで私の思った通りの回答をしてくれるかどうか。
これだから、議長が大好きになったのだ。私は。

この会話を、もし端から聞いている人がいれば、本当に私は議長が大好きなのかと問われるだろう。
ぶっちゃけて言えば兄様の次に好きかもしれない。恋愛感情ではなく、友人として。

(うーん…やっぱ、私も兄様の遺伝子しっかり受け継いでるよね……こんなに楽しいの久しぶり……っていうか、ヤバイ。議長って私の笑いのツボ、ドストライクだ)

人をからかい、その反応を楽しむなど自分でもかなりドSだと思うけれど、大好きなのだから仕方なかった。
ノリの良い真面目な突っ込みキャラほど私は大好きだ。本当に。

「わかりましたよ」
「何がだ」

私はあからさまにため息を吐き出してみる。議長はもう、プンプンと可愛い効果音がつきそうなほどにまで態度が軟化していた。今は彼も友人として接してくれている証拠なのだろうけれど。

「エクリプスの機体性能実験、ついでにジェネシスのプログラム。えーと? それからクライン一家の消息でしたっけ? やっておいてあげますよ」
「なんだと?」
「兄様と連絡取れないんなら仕方ないでしょ? どうせジェネシスのプログラムもエクリプスの機体性能も、兄様が望んでいた事でしたから良いでしょう」

そこまで私が言うと、議長は真意を確かめるように私の顔を見る。

「どういう風の吹き回しだ」
「私は気分屋なもので。でもあくまで兄様が望んでいたから、この二つに従いますというだけ。後の一つは…」

私はそこで言葉を区切って、心からの笑顔を向けた。営業用ではない、私の素の笑顔を。

「私が議長のお友達なので、お願いを叶えてあげるってだけです」
「……ふん……任せたぞ」

お友達≠ニいう点を否定されなかったという事は、議長も認めてくれたという事だろう。

「このお願いは一番後回しにします。できれば私は、アスランにラクス嬢を見つけてもらいたいから」
「貴様も甘い……やはり子供だ」
「どうとでも? ……本当は貴方だって、親友を手に掛けたくはないくせに」
「うるさいわ。さっさと任務につけ。クルーゼから報告が来たら、真っ先に連絡するように言っておいてやる」

そう言いながら議長は立ち上がり、私に背を向けた。

「ありがとうございます。議長閣下」
「ふん…」
「それでは失礼しました」

彼に見えていないと知っていても、私は左手で敬礼をして部屋を出る。


NEXT→

(そうだ、議長!)
(何だまだあるのか!)
(極秘実験室の使用許可くださーい! ハンコ!)
(くっ!! さっさと行け!)
(ありがとうございまーす!)


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