第6章 優しい戦士
44:「…というか、初めてじゃないのか?」
「センサーに艦影……足付きです!」
「間違いないか?」
「ありません!」

俺たちは、ブリッジで足付きの補足を試みていたが、ついに捕らえる事ができた。
イザークやディアッカと共に、センサーの様子を確かめにいく。

「小島だらけの海域だな…日の出も近い…仕掛けるには有利か…」

この母艦をまとめる艦長が、そうぼやく。確かに映し出された海域は、グゥルを失ってしまっても足場は確保されているので、この前の戦闘場所よりは有利に見えた。

「今日でカタだ……ストライクめ!!」
「ニコルの仇もお前の傷の礼も……俺がまとめて取ってやるぜ!」

意気込む二人を見て、俺は決断を下す。

「出撃する! 総員第一時戦闘配備!」

その声を受けて、艦は慌ただしく準備に動き始めた。俺たちも揃ってパイロットスーツに着替え、搭乗準備をする。

「おい、アルトは? 昨日から見てねぇけど」
「…ニコルのベッドで泣き疲れて眠ってる」
「……ふん……しょせんは女か…」

イザークの言葉はキツいが、その目は吐き出された言葉とは違った光を宿していた。

「アルトは、外す。今回は……無理だろう」
「アスラン…マジで?」
「ジェニウスに後で殴られるぞ」
「……もう、殴られた後だよ…」

俺は自分の頬をそっと触って、さっきまでのアルトの様子を思い出していた。


ニコルとの相部屋である自分の部屋に何となく帰りがたくて、結局あれからフィットルームで数時間を過ごし、ようやく重い腰をあげてドアの前まで行った。
ドアを開けようとした時、中から聞こえてくるのはアルトの泣き声。
彼女もずいぶんと我慢をしていたようで、一人になってようやく思う存分泣いているのだと思った。

入ろうかどうしようか、聴かなかった事にしようかと迷っている間に、泣き声はしだいに小さくなって、ついには聞こえなくなってしまう。

「…アルト?」

そっと声をかけて中に入ると、ニコルのベッドに突っ伏している彼女が目に入った。
傍らには何枚もの楽譜が散らばっていて、その中心に彼女は居た。

「…そういえば、ここでも楽譜を…」

ニコルに、何の曲を作っているのかと聞いた時がある。
俺はその光景を不意に思い出した。


『ふふふ! 実は、アルトと共演の約束をしてるんです! 曲はオリジナルの物にしましょうって話だけはしたんですけど…僕がこっそり作って、驚かせようかと思って』


イタズラな笑顔を浮かべるニコルが、今も鮮やかに蘇る。俺は楽譜は読めないけれど、ヴァイオリンを嗜む彼女がこの譜面を見て、真実に気づいてしまったんだろうと察した。

「…眠ってる…泣き疲れたんだな…」

俺は彼女を起こさないようにして抱えると、そっとニコルのベッドに寝かせる。
楽譜は全部そろえて、枕の隣に置いておいた。

「…本当に…すまない…アルト…」

そっと額にかかる髪をかきあげて、目尻の涙を拭う。
すべては自分の甘えからくるものだと、自覚した。今まで彼女にどれだけの迷惑をかけたのかも。
俺とキラの関係を知って、同情であれ何であれ俺の気持ちを察して我慢してくれていた。
命令違反だとわかっていても補佐してくれていた時もある。
俺はその甘えの代償が、いったいどんなものになるのか、本当の意味で理解していなかった。
失って初めて気づくなんて、本当に愚かだと…後悔しても遅いだろう。

「だからこそ、今度は……俺が……俺が、キラを討つ…!」

その決意を新たにした所で俺は彼女を残し、ブリッジに戻って、今に至るのだ。
あれから二時間も経っていないと思う。

「ふーん? もう、一発もらった後か。お前さ、アルトに殴られるの何回目だよ?」
「…それは…すまないとは思うけど」
「ま、それだけ気に入られてるってことかね」

ディアッカは苦笑いを浮かべながらロッカーを閉める。

「どういう意味だ?」

俺はディアッカの言葉の真意がわからず、眉を寄せて怪訝な表情をした。
すると、ディアッカではなくイザークが俺の方を見ずにつぶやいた。

「大して関心のない相手には、アイツは素無視を決め込むタイプだ。仲間だと認め気を許しているからこそ、怒りをぶつけるし、檄を飛ばす。…そういう意味で相手を殴る。まったく、本当に女か…」
「いつだったか、イザークも殴られてたよな? 初めて女に殴られたとか言ってたじゃん?」
「貴様だって殴られていただろうが!」
「そういえばラスティも殴られてたよなー。あれ? ニコルは?」

そういえば、俺もニコルがアルトに殴られている場面など見たことがないな、と心の中で思っていた時だ。

「ニコルだって殴られていたぞ、俺たちよりはだいぶん控えめに、平手だがな!」

平手、という言葉を強調するイザークの顔が、気に入らないとでも言いたげに語っていた。

「…マジで、ニコルには弱いんだな、アルト」

ククッと低く笑うディアッカに、俺も苦笑を返した。
確かに、俺たちには容赦のない拳で檄を飛ばすアルトも、ニコルにだけは優しくするようにつとめている様子だった。いつだったか、ニコルは失った自分の弟に雰囲気が似ていて、どうしても可愛がりたくなる、と語っていたことを思い出す。

「…そのニコルが……あんなことになったんだ。アルトのショックは大きいよ」

我慢はしていても、隠しきれないだろう。そんな状態で戦闘に彼女を駆り出せば彼女の命すら危険にさらされるかもしれないのだ。

(…怒られるだろうとは、思うけどな…)

『軍人不適格ってこと!? 舐めないでよアスラン!!』

怒るときの彼女の言葉すら想像して、俺は苦笑いを深めてしまった。
そのとき、憮然とした表情をしていたイザークが、パイロットスーツのファスナーをあげながら呟く。

「今度こそ…ストライクを…奴を討つ……!」
「イザーク…」

突然の宣言に、俺とディアッカは二人してイザークを見つめた。

「だが、この場に居る奴、一人でも欠けるなよ」
「!」

イザークがバァンッとロッカーを乱暴に閉める。
その顔は険しかったが、苦しそうに歪んでいるようにも見えた。

「アイツに……ニコルの時のような涙は、二度と流させないようにな!」
「そういう事」

そうして二人はアッサリと出て行ってしまった。

「……イザーク……ディアッカ……」

俺は呆気にとられたような顔をしている気がする。
イザークがアルトの事を、気にしてはいる…と、アカデミーの頃から何となく知らされてはいたが、まさかここまでハッキリと彼女をいたわるような行動に出るとは思わなかったのだ。

(…というか、初めてじゃないのか?)

いつも、何かと言えば喧嘩を繰り返しているイメージがあったので想像できなかった。
イザークの思わぬ行動に、俺は、こんな時だというのに頬が緩んでいく。

「素直じゃないのは……お互い様か……」

普段の二人を思い浮かべて、さっきイザークが言った言葉を心に刻んだ。


『この場に居る奴、一人でも欠けるなよ』


「もちろんだ……必ず……討ってやるさ……キラ!」

そうして俺たちは、日の出と共に艦を出撃した。


NEXT→

(なっ、ジェニウス!? どこから沸いて出た!)
(キミもなかなか失礼だよね…沸いてないし! ちゃんと艦から出撃したよ!)
(アルト…君に出撃は…)
(ああ、よくも置いていってくれたね、アスラン? …帰ったら覚悟しててよ)
(!! わ、わかった……)
(あーあ、だから俺が言ったのに)
(ディアッカもイザークも同罪だからね!)
((マジかよ…!/何ぃ!?))


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