第6章 優しい戦士
43:「こんなの……ずるいよぉ……!」
散々走って辿り着いたのは、ニコルが使っていた部屋だ。

(…アスランの部屋……でもあるんだけど…)

私はそっとその部屋を見回した。右にはアスランの机。反対側にはニコルの机がある。
勝手に入るのもどうかと思ったけれど、ニコルの荷物は少しでも早くまとめて、少しでも早く……彼の遺品を家族に返してあげたかった。

ニコルの遺体は、二度とプラントに帰る事ができないくらい、機体と共に散ってしまったから。

気持ちを切り替えてニコルの机を見ると、こちらにも書きかけの楽譜が残っていた。この作品は未完成ながらも、彼の最期の作品となるだろう。

「……ニコル……」

その楽譜を一枚手に取ると、そこにはピアノの旋律とはまた違った譜が書き込まれていた。

「……これ……ヴァイオリン……?」

私はその楽譜を手にとって、驚愕してしまう。


『今度、アルトのヴァイオリンと、共演したいですね! どうせならオリジナルで演りませんか?』


『大丈夫! アルトならできます! その時は、みんな招待しましょう。…あ、アスランは寝てるかもしれませんけどね?』


『僕のピアノを聴いてくれる人が、少しでも癒されたらって思うんです』


『守りたいものがある……だから僕は頑張れる……少しでも早くみんなに追いつきたい……足手まといなのは……わかってるんです』



アカデミーで彼は死ぬほど頑張っていた。MSの操縦が最初はすごく苦手で、プロのピアニストなのに指を痛めて、暫く鍵盤に触れなかった日もあった。

「……こんなの……ここで書いてたの……?」

いつか、ピアノとヴァイオリンのデュオ・リサイタルを開こう。

そんな話をしたのは、アカデミーでの休日、ニコルの家に遊びに行った時だった。
いつか、いつか…と話はしながらも、お互いの都合もあり、ついに実現する事はなかったけれど…彼はそのいつかの時に備えて準備をしてくれていたのだ。
私は足の力が急に抜けて、彼が使っていたベッドの傍に、へたり込む。

「ニコル……ニコル……!!」


守れなかった

『また』守れなかった


悔し涙と悲しい気持ちが、溢れかえってついに外に出てしまう。今まで号泣は耐えていたのに、こんな物を見せられては我慢など到底できるものではなかった。

脳裏に浮かんでは消える、ニコルの笑顔。


女の子みたいで、はにかんだ笑顔が可愛くて。出会った瞬間から私は彼が大好きになった。

言葉を交わして、励ましあって、時には怒られたけれど、さらに好きになる。

一緒に笑って、一緒に悔しがって、兄様の隊に配属されるとわかって、抱き合って喜んだ。


「ニコル……」


弟に似ていた。
同い年なのに、彼の方が幼くて、でもちゃんとしっかりしてて、無茶をする私を止めてくれたり、甘えてきたり。

「ニコル…!!」

思い出したらきりがない。


こんなにも彼の笑顔は鮮明に思い出せるのに。

こんなにも彼の声は鮮やかに聞こえてきそうなのに。


今、ここに……ニコルは居ない。

「こんなの……ずるいよぉ……!」

私の叫びと泣き声は、いつまでも部屋に響いていた。


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