オーブに着いて再び目にする事になった平和の街
私はこの光景に吐き気がした。
「…自国の領海内で昨日、あれだけの戦闘が起こったってのに……なんて、ノンキな…」
すれ違う人々の表情、雰囲気。みな全てが嘘に見えた。
「…気持ち悪い…」
私はビルとビルの合間に体を刷り込ませ、両手で体を抱きしめるようにしながら、その場にズルズルとヘタリ込んでしまう。
気持ち悪い
気持ち悪い
うそつき……
頭が酷く痛んだ。脳裏に鮮やかに蘇っていくのは、小さい頃に体験した苦くて痛い記憶と感覚。
私をひとりぼっちにする、とても悲しい記憶だ。
(……冗談じゃない……)そう思いながら唇をギュッと噛みしめて、頭を左右に緩く振る。
(……任務中だってのに……お願い……忘れて……忘れろ!)忘れようとすればするほど、記憶がまるで走馬灯のように駆けめぐった。
『ずっと、一緒だよ』ふと浮かんでは、消える。最愛の半身の笑顔と声。
「……ごめんね……」
私の目には、いつしか涙が溢れていて、先ほどよりも更に唇を噛みしめ顔を両腕に埋めた。口内には錆びた鉄の味がする。
現実を見ようともしない平和の国≠フ住人たちが、幸せそうに仮初の平和を楽しんでいる声が聞こえた。
その声に反応するように、冷徹な私が思考を支配していく。
(…ただあるその現実すら認識できない……いや、認識しようともしないのなら…それなら、いっそ……)「……っ!! くそっ……!!」
私は乱暴に目じりの涙を拭い、頭を強く振った。
(……もう…いや……助けて……───イザーク!)「…おい……おい、ジェニウス!」
「!!」
不意に聞こえた声に、私はビクッと肩を揺らして顔を上げた。
「…い……いざぁく……?」
(……なんで?)暗がりから明るい外へと顔を向けると、逆光になったイザークの髪が光を反射してキラキラ輝く。
「貴様、こんな所で何をサボっている?」
イザークの言葉が遅れて脳に届いた。逆光になっていてよく見えないが、その声からして彼は怪訝な表情をしているのだろう。泣いているところなど見られたくなかった私は、とっさに俯いてしまった。
「…サボって…ない。ちょっと気分が悪くなっただけ」
嘘はついていないはずだった。
だが、いつまでもヘタり込んでなどいられない。いぶかしむようなイザークの様子を気にしないようにつとめて、私は彼から顔を背けながら立ち上がった。
(タイミング良すぎでしょ……いや、その前になんで私……イザークの名前を……兄様じゃなく……)軽く裾を叩きながらそんな事を考えていた。とっさとはいえ、兄様ではなくイザークに助けを求めた事が、自分でも信じられなかったのだ。いったい、何を考えていたのか。
(それでも……こんな気持ちのままで……キミには会いたくなかったよ……)冷徹な感情が競り勝っている今、まともな会話が出来る気がしない。私が何を言うでもなく沈黙を貫いていると、目の前からわざとらしいまでのため息が聞こえてきた。
「来い」
そしてイザークは勢い良く私の手をつかむと、グイグイ引っ張りながら大股で歩きだす。
「えっ、ちょ……何!?」
「いいから、付き合え」
(いや……あの……どこ行くのか知らないけど……イザーク、歩くの早いんだって……)私は引きずられるようにしてイザークに手を取られたまま進んだ。その足は彼の速度についていけず半ば小走り状態。
「あのさ…」
「黙れ」
「…………」
スッパリと断言すると、イザークは路地を一つ曲がった通りに出て、とある店の前で立ち止まった。
「……ここ、は?」
たどり着いた店に入ると、そこは水晶やアメジストなどの原石を扱う、いわゆるストーンショップというヤツだった。
「……何をしてるのキミは?」
「いいから黙っていろ」
(……さっきもだけど、問答無用で連れ出しておいて黙ってろ≠ヘ無いでしょ…)彼の言葉に少しばかりムッとした表情を隠しもしない私を他所に、イザークは熱心に石を見て、時折ショップのおばさんに話なども聞いていた。
(…正直どうでも良いし、これが足付きの聞き込み情報だとは思えないんだけど…?)そして、彼は数点何かを買い求めると、その袋を腰のポーチに押し込んで店を出る。
「……で? いったい何?」
ようやく話す気になったのか、三度目の問いかけにしてイザークは私と視線を合わせた。
「……手を出せ」
「はい?」
だが、返答は斜め上を走って私にたどり着く。私は思わず眉をしかめて聞き返した。はっきり言って脈絡が無さ過ぎる。
「……全く……ほら」
ふっと私の前が影ってイザークの顔が近づいたかと思うと、首に軽い重みがかかった。
そしてイザークはすぐさま私から離れていく。
「………えっと……?」
「…付けていろ。気分を落ち着かせてくれるそうだ」
ふと首元を見ると、加工され、とても綺麗な青の石が一つついたネックレスがぶら下がっていた。
「…青い……石……?」
「アパタイト。今のお前の悲惨な顔をどうにかしてくれる、お守りだ」
「ひさ……あのねぇ……」
「まるで、この世の終わりのような顔をしているぞ。鏡を見てこい」
イザークは、さりげなく私の前髪を分けてベシッとデコをはたいてくる。
「痛っ」
思わずはたかれたデコを片手で覆い、恨みがましくイザークを睨みつけるが、彼の表情から感情を読み取るのは難しく思えた。
「……鏡なんて持ってないし……そんなヒドい顔してんの? 私…」
彼からの謝罪を期待するだけムダだ。私は諦めたようにため息を吐き出し、先ほど言われた言葉に対しての返答を述べる。
イザークは腕組をしながら私を見下ろしていた。
「言っただろう。まるでこの世の終わりのようだとな」
「……そ……」
(この世の終わり≠ゥ…どっちかって言ったら、この世を終わらせたい≠チて気持ちのが強かったんだけど……もう今はどうでもよくなっちゃった…)イザークの突拍子も無い行動に付き合わされている間に、先ほどまでのどす黒い感情が和らいだ。
むしろ、そちらよりもイザークの行動に思考を持っていかれたというべきか。
そこで私は周りを見渡し、ディアッカが居ないことに気がついた。確か彼はイザークとペアで行動していたはずなんだけれど。
「…ディアッカは?」
「パシ……飲み物を調達してる」
(今、パシリって言おうとしませんでしたか、イザークさん)平然とした口調で言い直すので、私は再びため息を吐き出してしまった。
そんな私を無言で見つめていたイザークが、不意に得意げな表情をする。
「それは、ダイエットにも効果があるそうだ。お前にはちょうど良いだろうな」
何かと思って聞いていれば、彼は大層失礼な物言いをプレゼントしてくれた。
「失礼だね…! 私が太ってるとでも言いたいわけ?」
(これでも、軍人としてのベスト体重キープ中だっての!!)私が怒りを顕わにしていると、イザークは肩をすくませながら『さぁ? どうだろうな?』などと、とぼけた発言をするのだ。
「もぉー!!」
私がじーっとイザークを睨んでいると、彼はイタズラが成功した子供のようにニヤッと笑った。
「おや? 悲惨な顔から、おたふくに? ……まぁ、どっちも悲惨か。少なくともお守り効果は出たんじゃないか?」
「あのね……!」
「……持っていろよ。失くしたりしたら許さんぞ」
先ほどまでのからかうような表情から一変。急に真剣な表情になったイザークに、私は何も言えなくなってしまった。
(…な……何よ……急に真剣に……)普段の彼は、意地悪な顔をしているか、憤慨しているか。あるいは猫をかぶっている。こんなに真剣で、真摯な瞳など見た事がない。
そのイザークの瞳に戸惑っていると、再びデコをはじかれそうになり、私は慌てて両手をデコに当てた。
「ふーん?」
そして何を思ったのか、デコに伸ばした手を右頬にずらし、そのまま軽くつねられる。
「いひゃいんだひぇへど」
「ふん…よく伸びる頬だな。やっぱりダイエット効果は必須か」
軽く笑って手を放すイザークの行動に、私の思考回路は追いつかない。彼の行動一つ一つが意味不明過ぎるのだ。
デコをはじかれたり、頬をつねられたり。一体何がしたいというのか。あまつさえ、ダイエットをしろと言われる始末。女の敵のような男だ。
「〜〜〜いざぁく〜!!」
「さぁて、天使様の捜索に向かいますか」
「待ちなさい! 話はまだ終わってなーい!!」
両手を軽く持ち上げ肩をすくめる。発言しながら背を向け歩き出したイザークに、私は思わず大声で叫んでいた。
(……くっそ! 素直に『ありがとう』っていい損ねたじゃないか!)民俗学を趣味とする彼のお守り収集癖は知っているが、何故今なのか。
(ってか、任務中に普通収集する!? 信じられない! プレゼントしてくれるのは嬉しいけど、なんか素直に喜べないんですけど!)私は心で憤慨しながらも、前を歩くイザークの背を穴が開くほど睨みつけて歩き出した。
「…おい、さっさと歩け」
「わかってるよ!」
チラリと私を振り返りイザークが声をかける。私はその声に反応するようにして彼の隣へと小走りに駆け出した。
「……バカ……ありがと」
「何か言ったか?」
「なにも!」
乱暴な方法だけれど、先ほどまでの冷徹な私は、意識の水底へと沈んでいった。
聞こえないように呟いたこの言葉を、いつかちゃんと彼に伝えることができるのだろうか。
「……おかしな奴だ」
「キミに言われたくないね」
「ふん」
そんな軽口を叩き合いながら、私たちはディアッカと無事に合流し、アスランたちと一度情報を共有するべく三人でその場を移動したのだった。
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(あれ? アルトも一緒なのか)
(ディアッカってさ…いつもイザークに振り回されてるよね)
(お? ついにアルトも俺の苦労を理解する気になったのかー?)
(……うん、半分だけね。でも、パシリは理解できない)
(パシリって言うなよ…)