第5章 平和の国
37:「すけとうだらってヤツらしいよ」
「…カーペンタリアからの圧力は、紙のようにペラく扱われてるそうだね?」
「紙って……アルト…」

私は、先日から静まらない苛立ちをどこに収めていいのかわからず、とりあえず言葉の端々で毒を吐いてみる。
その発言に、ニコルは最早苦笑いで返すほかないようだった。

「どうすんのー? やっぱ潜入ってか?」
「利かぬようなら、って話だったよなぁ? ザラ隊長?」
「そうだな……オーブに居る協力者に…」

ディアッカやイザークからの抗議に、アスランが本格的に潜入許可を出そうとした瞬間、私はすぐさまに口を挟んでいた。

「オーブに協力者は三名。うち二人はザフトの陸部隊所属の人。潜入はモルゲンレーテ及び、周辺の工場ドッグ。ちゃんとIDとパス、それと服なんかも用意してもらってるけど、急過ぎて偽造IDの高官向けのは作れなかったからタダの平IDで我慢しろってさ」

つらつらと小型端末を操作しながら話していたせいで、皆が今どんな顔をしているのかわからず、暫く沈黙が続いたのを不思議に思わなかった。でも、流石に何の反応もなさ過ぎて、私は顔を上げる。

「……何?」

顔を上げると、鳩が豆鉄砲をくらったかのような顔が四人分見れた。

(…前にも思ったけど、美形揃いがそんな顔してるのは、貴重なのか、幻滅していいのか……判断に苦しむなぁ…)

どうでも良い事を考えながら、皆の反応を窺っていると、アスランがようやく口を開いた。

「…アルト…いつの間に……その……」
「潜入の用意? っていうか、今からする気だったの、ザラ隊長?遅すぎますわよ」

私はアスランの不思議そうな顔を鼻で笑ってしまった。

(…ごめん、アスラン。今の私はトゲがあり過ぎるみたい。少しでも兄様の声が聞けたら治まるかもしれないんだけど…)

兄様欠乏症が悪化し過ぎて、自分でもどうしたら良いのかわからないなんて、口が裂けても言えなかった。

「へぇ、アルトの方が準備良いじゃん?」
「たまには、役に立つなジェニウス?」
「……たまには? いつもでしょ。そんな悪態つく子には、カッパのウェットスーツを手配するよ!」
「なっ!!」

私はイザークに、傍らの箱から取り出した緑のカッパスーツを投げつける。本当は銀色が良かったのだが、やっぱり時間的に間に合わなかった。

「げ! マジで!? ちょっ、これ笑えるな」
「ディアッカ!! 貴様ぁ!!」

イザークが広げたカッパスーツを見て、ディアッカが腹を抱えながら笑い転げている。そんな彼にも、私は素敵なプレゼントを渡す事にした。

「ディアッカはビーバーね」
「って!! えぇぇぇ!?」

続いて投げて渡したのはビーバーなウェットスーツ。ちゃんと尻尾もついている再現クオリティの高いものだ。おそらく、水中での性能も高いはず。

「そうだ、アスラン! 君にもあるよ!」

私は本日、一番良い笑顔をアスランに送った。

「え…!!」
「はい。……着るよね? ってか、文句言わないよね? もちろん」

イザークたちのように放り投げる事はせず、ちゃんと両手で完全に受け取らせた。
アスランが恐る恐るそのスーツを広げると…

「……魚……?」
「すけとうだらってヤツらしいよ」
「ぶっ!!」
「くっ!! ははははははは!!」
「それは良いな! アスランにはお似合いだ!」

広げたスーツのあまりの仕様に、アスランの横に居たニコルが思わず吹いた。彼はすぐさま後ろを向いて、大爆笑を堪えている。
遠慮なく笑い転げているのは、先ほどビーバーとカッパをプレゼントした金銀コンビだ。

(めちゃくちゃ笑ってるけど、キミたちのもアスラン以上に笑える仕様になってるの、すっかり忘れてるでしょ…)

ちなみにニコルと私のスーツは軍支給のノーマルタイプ。このアニマル仕様は、私の八つ当たりのプレゼントだ。せいぜい悩め、三人共。

「っていうか、こんなの用意するくらいなら偽造IDをもっと性能あげろ!!」

(わぁーお。ついにアスランが激昂しちゃったw)

思わず、と言った感じで叫んでしまったアスランの発言に、笑いが一瞬途切れ沈黙が訪れる。
そして

「「「「あっはっはっははははははは!!」」」」

我慢が仕切れずに、全員で笑った。
……失礼。訂正すると、アスラン以外の全員で笑った。

(あー、思い切り笑ったらストレス飛んだわー…)

「じょ……冗談は置いておいて、ちゃんと皆にノーマルタイプのウェットスーツを手配してくれアルト!」

皆に笑われ、どう反応していいか迷っているアスランの照れ隠しと思われる発言に、私は更に追い打ちをかけた。

「えー? ノーマルタイプは、二着しか用意できないって言われたから、コレを選んだのに?」
「今すぐ手配しろぉ!!!!」

そうしてアスランの心からの叫びは、ザラ隊の母艦中に響き渡ったのだった。





ザザーン………


「クルーゼ隊、アスラン・ザラです」
「ようこそ、……平和の国へ……」

私たちは母艦から水中を潜水して、オーブの領域に入り、無事潜入する事ができた。
深夜、オノゴロ島の海岸でオーブにいるザフト軍と密かに連携を取り上陸する。

「……やっぱ、アニマルスーツのが良かったのに」
「もう黙ってくれアルト!」
「アスラン! 声を落としてください…」

しーっと口元に指を立ててニコルがアスランをいさめる。アスランがいさめられるのは、とても珍しい出来事なのだが、このネタはアスランの逆鱗に触れるらしい。アスランの楽しい苛め方を学んでしまった私は、もう暫くこのネタを引きずりたい所だが、これ以上は危ないかもしれない。

(……帰ったら兄様に報告しとこ)

とても楽しい事件だ。これは是非とも共有して笑いたいところであるし、兄様の反応が楽しみだった。その光景を想像しているだけで満足なので、今のところ私の苛立ちも解消されている。

「さて、君たちには悪いが、ここでスーツを脱いで、こちらの服に着替えてくれ」

そう言って差し出されたのは、薄青い工場員の作業服。差し出された服を受け取り、私たちはその場でウェットスーツを脱いで着替え始めたのだが。

「待て、ジェニウス!! 貴様、恥じらいというものが無いのか!?」
「……はぁ?」

スーツを脱ぎ去った私を見て、イザークは顔を赤らめて叫んだ。

(恥じらい……って、いつも見てんじゃないの?)

その疑問は、ディアッカも同じだったらしくて、イザークに突っ込みを入れていた。

「いつも、フィットルームでパイロットスーツに着替える時、見てんじゃん?」
「いつもだとぉ!? そんなモン俺は見ていない!」

そんな力一杯叫ばれても困る。

(もしかして、見たかったの?)

「じゃあ、いつものように気にせず視線を外してたらいいんじゃない? つか、時間無いし。ごちゃごちゃうるさいよイザーク」

そう言いながら私は手早く作業着に着替えていく。
って言っても、どうせアンダーシャツとホットパンツみたいな短パンで、下着までは見えないのだから何を恥じらえば良いのかわからない。
ビキニで海に繰り出す女性たちの場合、イザークはどうするつもりなのだろうか。

私たちのそんなやりとりを呆れた顔で見ている協力隊員たちは、心の中で若いな≠烽オくはお子さま≠セとでも思っているに違いない。

「そのIDで工場の第一エリアまでは入れる。だがその先は完全な個人情報管理システムでね……急にはどうしようもない。まぁ、無茶はしてくれるなよ……騒ぎはごめんだ」

そう言って彼らは去って行った。
私たちは静かに歩きながら、霧が立ちこめる森の中を進む。

(…それにしても、この四人……破壊的に作業着が似合わないな…)

やぼったい作業ツナギに、鮮やかな髪色。ついでに見目麗しい容姿。アンバランス過ぎて笑えてくるのは何故なのだろうか。

(こんなの居たら悪目立ちしそう…)

明らかに潜入に向かない容姿だと自覚していても、潜入しなければならない現実。
暫く歩くと、オノゴロの工場地区が見渡せる崖までたどり着いた。私たちは工場区を見下ろしながら、それぞれの潜入ルートを確認し、散開する。

アスランとニコル。ディアッカとイザーク。
…そして、私。

三チームに別れ、それぞれ歩き出した。
集合場所と時間は決めてあるから、それまでにできる限りの情報を集めておきたいものだ。

「さぁて……せっかくアスランを脅してまで一人のチームにしたんだ。ちゃんとお土産持って帰らないと……ね」

私はニヤリと笑うと、小さな端末を取り出して作業を始めた。


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(何故、ジェニウスだけが一人なんだ!)
(うるさいな、決まったんだから文句言わないでよ)
(何ぃ!?)
(イザーク、そんなにアルトと一緒に居たいのかー?)
(そっ、そんな事あるか!!)


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