第5章 平和の国
34:「私は寝ていいかな」
「アルト……アルト?」
「うー……」

優しいけれど、密やかなか声に私は起こされた。

「……にこるぅ?」
「すみません……あの、悪いとは思ったんですけど…」
「ふぇ?」

私は体を起こすと、一つあくびをした。

「こんな所で寝てちゃ、風邪を引いてしまいますよ」
「こんな……?」

ふと周りを見ると、待機室のソファーの上だった。

(ああ、寝付けなくてウロチョロしてたからなぁ…)

結局、暇だったのでアスランの輸送機が落ちたポイントと、地球の海流や大気の状態などを考慮した捜索プログラムを作っていたら、いつの間にか寝てしまったらしい。

「……いま、なんじ?」
「もうすぐ夜が明けます。……すみません、一人でこんな作業させちゃって…」
「え? ……あー……」

こんな作業とは、アスラン捜索プログラムだ。別に暇だったからしていただけで『アスランのために!!』と頑張っていたわけではない…が、ニコルにはそう見えないらしい。

(……本気で暇つぶしだったって……言っても信用しないだろうなぁ。謙遜してるとでも思われるのがオチだね)

「まぁ、気にしなくてもいいんじゃない? それよりニコルは何でこんな時間に待機室に?」
「えと……夜が明けたらすぐに捜索できるように待機しておこうと思いまして」
「……まじめだねぇ……」

しみじみと本気で呟く私に、『貴女ほどじゃありません』とニコルが苦笑をもらした。やはり勘違いをされている。まぁ、面倒くさいのでニコルの勘違いは放置決定だ。
正直、まだ頭の働きはお留守気味なのだが、途中まで作成したデータをニコルに見せることにする。

「半分以上寝ぼけながら作ったけど、だいたいの位置は割り出せたよ」
「ありがとうございますアルト」
「いや、なんで私にお礼を言うかな」
「でも、これで何とか捜索範囲は絞り込めるはずです」

ニコルは本気で感激している。それから少しだけ私のデータに手を加えて完全なものに仕上げる頃には、水平線の先が少しだけ明るくなって来た。

「この範囲に落ちてなかったり、救援信号が拾えなかったら広げるしかないね」
「その時はまた連絡します」

イザークやディアッカたちはまだ寝ている。
ニコルは一人、本部からヘリを借りてイージス捜索に向かった。私はもしもの時の連絡係として待機室にてニコルと通信を繋げている。同時にニコルがくれたデータの整理もする事になった。

「ニコル、無線通じる?」
【いえ……まだ……】
「…無理しないようにね」

ニコルが送ってくれる地形のデータを拾いながら、随時アスラン捜索プログラムと照会していく。

「あ、そこからちょっと南西の方角10キロぐらい進んでもらっていい?」
【南西ですね。わかりました】

ニコルからデータを貰ってわかったが、その方角は戦闘痕跡がある。もしかしたら、アスランが巻き込まれた事故というのはソレかもしれないのだ。


それから十分ほど経った時……

【アルト! 見つけましたよ、アスランを!】
「マジで!?」

捜索から二時間。完全に日が昇りきる直前にアスランは見つかった。

「よかったー。元気そう?」
【はい! 機体も無事だそうです】

(そりゃ、よかった。損傷なんかしてたら更にイザークたちが笑うところだ)

「宙域に、地球軍は?」
【海の方から何か反応があるみたいで…少し様子を見てからアスランの回収をします】
「……そのデータ送って!」

海の方からの反応。という言葉で私は少し引っかかった事がある。
本来の私たちの任務、大天使様の捜索及び撃墜だ。彼らは確かバナディーヤからアラスカへ向かうため、海路を取ったはず。報告ではモラシム隊との戦闘を紅海で行ったらしいので、進路は私の予測しているもので間違いはないはずだ。

(…この海域だと、アラスカに向かうための航路とかぶる……もしかしたら、足付き関連かも知れないしね)

アスランが合流すれば本格的に討伐任務になるのだ、データは多くて損はないはずだった。

「ニコル、海の奴に気づかれないように、アスランにも連絡取れる?」
【え……? あ、はい。ちょっと待ってくださいね】

ニコルはヘリをイージスの機体の近くにおろし、アスランを出してくれた。

【アルト?】
「生きてたんだねアスラン。無事で何より……と言いたいところだけど、朝っぱらから何をさせてくれるのかな」
【すまない……イザークたちも怒っているだろうな】
「いや、笑ってる。というか、寝てるよ、まだ」

そう、彼らは宿舎でぐっすりオヤスミ中のはずだ。まだ日が昇り始めたところなのだから。

「っていうか、そんな事は帰ってからでいいんだって。問題は、海の事」
【……海? ……どうか、したのか…?】

アスランの目が一瞬、怯んだ。私はその瞬間を見逃しはしない。

「…アスラン、そこ、無人島でしょ?」
【え? ……ああ、誰もいなかったな】
「……本当に?」
【何故だ?】
「……海からなんか反応があったから…もしかして…ってね」
【何かあっても面倒くさいからイージスは念のため隠していたけど、何もなかった。これからニコルと一緒に基地に帰るよ】

アスランは平然と言うけれど、私の目はごまかせない。
だが、ここで追求したところでアスランは正直に話すことはないだろうから、帰ってきた時にでも、たっぷり聞くとしよう。

(…ついでに言うと、若干どころか、かなり眠いし?)

「わかった。じゃあ、ニコルがヘリにグゥル積んでいってくれてるから、ソレに乗って帰ってきて」
【そうなのか?】
【ええ、ちゃんと積んでます。エネルギーもありますし、ここからカーペンタリアまではそう遠くないですよ】
「聞いてのとおり。じゃあ、私は寝ていいかな」
【え? ああ、すまない…】

アスランが驚いたような顔をしたけれど、ニコルがこっそり耳打ちしてるあたり、私がどんな体勢で寝ていたのかを教えているようだった。

「じゃ、帰ってきたら母艦で出航しよう。ちょっと気になるデータ見つけた。またねー」
【え? あ……】


ぶちっ


アスランが何かを言う前に、こちらから強制的に通信を遮断してやった。

(せいぜい悩め、アスラン)

眠気のせいでいつもより意地悪度が五割増しな私は、気になる台詞をわざと残して通信をぶった切った。

「さぁて……二人が帰ってくるのは一時間後…か、そこらへんか……寝直そう…」

私は待機室を出ると、宿舎に向かってのんびり歩き出した。


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(あれ? なんだアスラン帰ってんじゃん)
(朝一番に、アルトと僕で捜索したんです)
(…ふーん? で、アルトは?)
(アルトが一番頑張ってくれましたから。寝かせてあげましょう)
(え、寝てんの!? …今、昼過ぎだぜ?)
(…人のこと言えるんですか、ディアッカ…)


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