第5章 平和の国
32:「いっそがしいなぁ…」
砂漠の虎こと、アンドリュー・バルトフェルドが、地球軍の新型戦艦アークエンジェルとストライクによって討たれたという話は、瞬く間にザフト軍を駆け抜けていった。

そして私たちはというと、輸送機に揺られてバナディーヤからジブラルタルに舞い戻るという、正直何をしに行ったのかよくわからない任務となってしまっている。

ジブラルタルには、本国から兄様が降下して来ていて、詳細を聞いていない私とイザーク、それにディアッカのために、新しい任務オペレーション・スピッド・ブレイクについて話をしてくれていた。

アスランやニコルたちも、時間差でもうすぐ降下してくると聞いている。彼らはちゃんとした方法で降りてくるので寝込むこともなく、放っておいても現れるだろう。その前に、私たち三人は大人しく兄様の話を聞いていたわけだが…

「…というわけだ。理解できたかな?」

粗方説明を終えた兄様が、私たちをざっと見回して、質問がないかどうかを確認した。そこでおもむろにイザークが席から立ち上がり、壇上にいる兄様に詰め寄る。

「お願いします隊長! アイツを追わせてください!」

アイツというのは、もちろん足付きだ。イザークは、取り逃がした足付きの行方を追いたいと言う事だが、そうすれば、この新しい任務オペレーション・スピッド・ブレイクの準備ができない。

「イザーク、感情的になり過ぎだぞ」
「ですが…」


ピーピー


「失礼します!」

兄様に軽く諭されても尚、反論を告げようとした時、開錠の音がしてブリーフィングルームの扉が開いた。

(この声は、アスランかな?)

じっと入口を見ていると、私の予測通りにアスランとニコルが入ってきた。

「イザーク…その傷……」
「ふん!」

一緒に入口を見ていたイザークだが、アスランに傷の事を言われ、ぷいっと顔を背ける。

(そういえば、今まで一緒に行動してたから忘れてたけど……アスランたちはイザークの傷、初めて見るんだっけ?)

すでに傷を綺麗に消しているものと思っていたのだろう。そう考えるとニコルとアスランの驚きは当然のものかもしれない。

「よぉ、お久しぶり」

驚く二人に声をかけたのはディアッカだ。
その一連の行動を大人しく見守っていた兄様は、事情を知らないアスランやニコルに分かるように説明をし始める。

「傷はもう良いそうだが…彼はストライクを撃つまでは痕を消すつもりはないという事でな」

ちょっと困ったように肩をすくめる兄様は、少々演技がかっていたけれど、私は何も言わずに事の成り行きを見守っていた。

「足付きがデータを持ってアラスカに入るのは、何としても阻止せねばならん。だが、それはすでにカーペンタリアの任務となっている」

つまり、私たちの任務は別のものだから、そっちに集中しろ……と、言葉の外に意味を持たせて丁寧に説明する兄様だが、その行為はイザークによってスッパリ切られてしまった。

「我々の仕事です、隊長! アイツは最後まで我々の手で…!」
「私も同じ気持ちです隊長!」

イザークが兄様に食いつくのはいつもの事だけれど、ディアッカまで腰を上げて兄様に抗議しだしたのには、私だけではなく未だに入口に突っ立っている二人も驚いていた。

(え、何でそんな熱いの二人共!? …いや、イザークはわかるけど……ディアッカ……?)

「ディアッカ…」

ニコルが思わず呟くと、ディアッカは不貞腐れたように思いを吐き出した。

「ふんっ! 俺もね、散々屈辱を味合わされたんだよ」

(ああ、確かに。砂漠じゃついに何もできずに終わったしねー……砂の設置圧と熱対流の設定だけで私も精一杯だったし?)

ディアッカに至っては、ズレたビームを悔し紛れで放ったら足付きを有利にさせてしまうという汚点付きだ。悔しいに違いない。

「無論、私とて思いは同じだ………ふむ、アルテミス」
「はい?」

今まで傍観していただけに、不意に呼ばれて驚いた。
ずっとイザークの事を見ていた兄様だけれど、その視線を私に合わせて問いかける。

「君はどう思うかね」
「え?」
「イザークたちと同じ、このまま足付きを追いたいかな?」
「えっと……」

皆の視線が一気に私に集まる。
確かに私は、イザークやディアッカたちと一緒になって砂漠で戦った。苦渋を舐めたのは私も同じだ。

(だけど……根本的に、私とイザークたちと根底の感情が違うって……知ってて兄様聞いてくるんだから…)

人をからかう事が大好きな兄様だ。その範疇には私も充分に入っている。先ほどでも言葉の端で少しばかりアスランを意識し、嫌味を言っているようだった。

「どうした? 何も遠慮をする事はない」
「アルト、お前だって悔しいだろ? このままじゃさ…」
「はっきりしろジェニウス!」

ディアッカとイザークから期待の視線を込められるけれど、私としては正直、兄様が一緒であれば、どちらでも良い……というのが本音だと、どうして言えようか。
だが、ここで本音をぶちまけるわけにはいかないので、軍人らしい答えを吐き出すしか私には術がなかった。

「私は軍人です。所属はクルーゼ隊長の指揮下にあります。軍属としては、上官の命令に従うのが本来の勤めかと」
「ジェニウス!!」
「自分の感情を優先できると思ってんの? 軍人でしょイザーク」
「ぐっ!」

私がイザークを睨みつけると、彼は眉根を寄せて黙り込んでしまった。

(超個人的に言えば私は兄様と一緒に居たいだけ! 足つきがどうなろうが、沈められるなら誰だって良いんだよ!)

声に出せない本音を心の中で呟いていると、兄様は仮面の下で瞳をキラリと輝かせた。(ように私は見えた)

「構わないよ、私は個人的な意見を聞いているのだから。…ふむ…スピッドブレイクの準備もあるため、私は動けんが…そうまで言うなら君たちだけでやってみるかね?」
「はい!!」

(うっそぉー!? ちょっ、イザーク!! すんごい嬉しそうな顔して即答しないでよ、ばかぁ!! っていうか、兄様本気!?)

兄様の言葉を聞いて喜んでいるのはイザークとディアッカだけで、アスランやニコルはぽかんとしているし、私は私で顔が引きつっているのが自分でもわかる。

(君たち『だけ』って事は、また兄様が居ないって事じゃない! ふざけないでよイザーク!!! 万死!!)

「では、イザーク、ディアッカ、アスラン、ニコル……それとアルテミスで隊を結成し、指揮は…そうだな…」

そこで言葉を区切った兄様は、少しだけ悩んだ仕草を見せた。

(…ダメだ。兄様、完全に腹黒モードのスイッチが入ってる…!)

この思案はわざとだ。どうせ指揮はアスランだろう。人を苛める事が大好きなS気質の兄様は、わざとアスランを任命するに違いないのだから。

「アスラン、君に任せよう」
「えっ?」
「カーペンタリアで母艦を受領できるよう手配する。ただちに移動準備にかかれ」

(ああ、ディアッカとイザークの視線が…)

ものすごく悔しそうな二人の視線がアスランに注がれる。イザークはおそらく、自分が指揮を取れると思っていたに違いない。

自分の命令に背いた二人に軽いお仕置きと、アスラン苛めの二つを同時にこなせてしまう、恐ろしい任命だ。
ついでに言うと、私へのちょっとしたお仕置きも入っているに違いない。

(一度で二度おいしい……いや、三度か?)

こんな事をさらっとやってしまうのだから、兄様もかなりの策士だと思った。

「隊長……私が…?」
「色々と因縁のある船だ…難しいとは思うが君に期待する。アスラン」

兄様はそう言いながらアスランの肩をぽんっと叩くと、他に視線を向けずにそのまま出て行った。

「ザラ隊ね…」
「ふん……お手並み拝見といこうじゃないか」

二人が複雑に、それでも命令だから仕方ないなといった風にとりあえず納得しただけでもヨシとせねばならないのだろうか。
後に残された私たちは、この重い空気をどうすれば良いのかわからなかった。





そうして私たちは、カーペンタリアに向かうべくそれぞれの機体を乗せた輸送機で出発する事になる。
一人につき、一台の輸送機。一気に大量に運べるのは戦艦くらいなので、今はこれしかないとの事だった。

(仕方ないか、この機体は宇宙用に作られているから空も飛べないし水中にも潜れない。輸送機に運んでもらうしかないよね…)

地上に降りて、三度目くらいの輸送だ。一度は、ジブラルタルから砂漠バナディーヤへ。バナディーヤからジブラルタルへ。今度はジブラルタルからカーペンタリアだ。

「いっそがしいなぁ…」

小さな声で呟きながらシートに体を沈ませ、窓の外を何となく見る。

「……ん?」

(いち、にい、さん……あれ?)

輸送機が一つ足りない。
立ち上がって他の窓から見える輸送機の数をもう一度数えてみるけれど、変わりなかった。私は思わず操縦室に通信を繋いで聞く事にする。

「すみません、輸送機が一つ足りないみたいなんですけど?」
【ああ、アスラン・ザラの輸送機は後方機材のトラブルで少し出発が遅れるそうですよ】
「トラブル…」
【大丈夫です。すぐに出発しますから】
「あ、ありがとう。すみませんでした」
【いえ】

通信を切ると、私は自分の席に戻った。

「アスランって…貧乏くじ引きやすいのかな…」

(だから、デコのハ………ダメだ。こんな頻繁に思ってたら、いつか口に出しちゃいそう)

だが、どうしてもアスランの前髪の生え際のキワどさが気になって仕方ないのだから、どうしようもない。

(…カーペンタリアについたら、思い切って聞いてみようかな…)

そんなバカな事を考えながら、私は基地までの輸送時間の暇をもて余していた。
アスランが、大変な事になっているとも知らずに。


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(ニコル!! 数時間ぶり!!)
(アルト! 大変です、アスランが…!)
(ああ、後方機材のトラブルとかで…)
(違います! 行方不明なんです!)
(え?)
(輸送機が戦闘に巻き込まれてアスランは…)
(……マジで?)


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