第4章 砂漠の虎
30:「負けの経験でしょー?」
「うわっ! ペペッ!! 何だよコレ…ひでぇトコだな」
「砂漠なんだから……砂塵ってヤツじゃないの?」

私たちは今、ジブラルタル基地から、砂漠の虎の本拠地、バナディーヤに来ていた。
体力を戻そうと筋トレしていた私にもたらされた報告はひとつ。足付きが見つかったとの事だけ。

それからサクサクとジブラルタル基地の一番偉い人に言われて、砂漠の虎が構えるレセップスに派遣されたというわけだ。

「ほぉ、そちらのお嬢さんの方が現状をよく理解しているようだな」
「え?」

砂塵が過ぎ去った後、凪いだ地平にようやく顔を上げると、目の前には変なおっさんが居た。

「砂漠はその身で知ってこそ……ってね。ようこそレセップスへ。指揮官のアンドリュー・バルトフェルドだ」

訂正。変なおっさんではなく、これから私たちの上官にあたる砂漠の虎がお出迎えしてくれていた。
傍には副官と思わしき人が控えている。

「クルーゼ隊、イザーク・ジュールです」
「同じく、ディアッカ・エルスマンです」
「同じく、アルテミス・ヴァル・ジェニウスです」

私たちは敬礼をしながら名乗りをあげる。彼は返礼をしながら、私たちをねぎらってくれた。

「宇宙から大変だったな…歓迎するよ」
「ありがとうございます」

イザークが代表で形だけのお礼を述べる。

(……うわ、イザークが猫かぶってる!)

普段のワガママ大噴火は、親密な関係者にしか見せないと知ったのはいつ頃だっただろうか。私がそんな事を思っていると、砂漠の虎はイザークの顔に走る傷を見て、ニッと笑った。

「…戦士が消せる傷を消さないのは…それに誓ったものがあるからだと…思うがねぇ…」

初対面からなかなか食えない人物だと思わせる台詞だ。イザークは傷の事に触れられて、少しだけ複雑そうな顔をして顔をそむけた。

「そう言われて顔をそむけるのは、屈辱の印……とでも言うところかな?」

(うっわ、この人ハッキリ言うなぁ…イザーク、耐え…)

「そんな事より、足付きの動きは?」

(お!! 耐えた!! 偉いよイザーク!!)

私の顔はどうなっていたか知らないが、内心では大拍手を送りたい気分だ。

(誰にって? もちろん、激昂しなかったイザークに対して!)

思い出し笑いの予感を、ポーカーフェイスを保ちながら必死に耐える私をよそに、砂漠の虎は淡々と現状を説明してくれる。

「あの船なら……ここから南東へ180キロの地点……レジスタンスの基地に居るよ。無人偵察機を飛ばしてある。映像を見るかね?」

そんなものはどうでも良い。私たちにとっては、そこに居るか居ないか、それだけの情報で充分なのだ。
特に見たいとも見たくないともコメントを控えていると、虎はさらに数歩足を踏み出して、私たちの機体を見上げた。

「なるほど…同系統の機体だな…アイツとよく似ている…」
「バルトフェルド隊長は、すでに連合のモビルスーツと対戦されたと聞きましたが?」
「ああ、そうだな……僕もクルーゼ隊を笑えんよ」

ディアッカの言葉に苦笑する虎の顔は、苦笑いというより、いたずらが失敗した子供のような表情だった。

「それじゃあ……」
「隊長!」

虎が体を反転させレセップス内部に私たちを案内してくれようとした時、慌ただしい様子の兵が、何やら報告してきた。

「何…?」
「どうされました?」

聞いていいものか一瞬悩んだけれど、とりあえず聞いてみる事にした。ダメなら答えてはくれないだろうし。

「天使様が重い腰を上げたようだよ」
「!!」
「ついてきなさい。様子が見たい」
「「「了解」」」

そうして私たちは、砂漠の虎と一緒にレセップス内部へと足を踏み入れたのだった。
コントロールルームに着くと、偵察機からの映像が映し出されている画面が小さく光っている。

「動き出しちゃったってぇー?」
「ハッ! 北北西へ向かい、進行中です」

虎がずんずん前に進んで行って、映像を見る。私たちも続いて映像を確認すると、確かに足付きが進んでいるのが見えた。

「足付きだ…!」

イザークは画面にかぶりついて見ている。その顔は険しくなっていって、彼の悔しさが浮き彫りにされていた。

「タルパティア工場区跡地に向かっているか…まっ、ここを突破しようと思えば、僕が向こうの指揮官でもそう思うだろうからな…」
「隊長!」
「うーん……もうちょっと待って欲しかったが……仕方ない」
「出撃ですか?」

イザークがはやる気持ちを抑えて、猫をかぶり続けながら虎に問いかける。虎は画面に視線を集中させながらも了承してくれた。

「ああ。レセップス、発進する! コード02、リードイとヘンリーカーターに打電しろ!」
「は!」

慌ただしくコントロールルームが動く。
私たちも出撃許可をもらって、動いていた…はずなんだけれど、格納庫に着いてから受けた配置に、なんだか納得がいかなかった。
同じく格納庫に入ってきた砂漠の虎に、思わずイザークは駆け寄って抗議しだしてしまった。それでも、やっぱりちょっと猫をかぶって控えめに。

「バルトフェルド隊長!! どうして我々の配置が…レセップス艦上なんです!?」
「おやおや、クルーゼ隊では上官の命令に兵がそうやって意義を唱えてもいいのかね?」
「いえ…」

やんわりとだが、それでいて鋭い問いにイザークは少しだけ勢いを和らげた。

(…兄様だったら、余裕の微笑みでかわしちゃうからなぁ…いなされるっていうのかな。こう、のれんに腕押しっていうか…)

兄様の気分で、面白い結果になると判断したら意義も受け入れてくれるのだから、ついつい、いつもの勢いでイザークは抗議してしまったのだろう。
半分は、納得がいかなくての感情だと思うけれど。

「しかし…奴らとの戦闘経験では、俺たちの方が…!」
「負けの経験でしょー?」
「何ぃ!?」
「アイシャ…」
「失礼ー」

大して失礼とも思っていない態度で謝られても、嬉しくない。
この人は虎の奥さんだと言う事だが、ちゃんとパイロットでもあるらしい。さっき格納庫に向かう前によったフィットルームで捕まって大変だった。
彼女は可愛いものと綺麗なものに弱いのだとか。特に女の子を見るとオシャレさせたくてたまらない性分だと言っていた。
私の着るパイロットスーツの色が可愛くないとか、デザインがよくないとか色々言われて足止めを食らった出来事を思い出して、複雑な気分になる。

(このスーツは、私の努力の結晶の色なんだけどなぁ……まぁ、確かにデザインは微妙だろうけど、別にどこかに発表するわけでもないのだから、良いと思うよ)

赤を纏う意味と誇りを、彼女に理解してもらおうとは思わないが、あんまり邪魔をしないで欲しい。

「君たちの機体は放線仕様だ。高速戦闘を行うバクゥのスピードにはついてこれんだろう?」
「しっ、しかし…」
「イザーク! もう、よせ! 命令なんだ! ……失礼いたしました!」

ディアッカがイザークをいさめて、敬礼をする。同時に私とイザークも敬礼をして、きびすを返した。
ディアッカがあんな風に上官の前でイザークの行動をいさめるなど、滅多にない。
足早に虎から遠ざかる途中で、私は小声でディアッカに聞いた。

「…珍しい」
「なぁに、乱戦になればチャンスはいくらでもあるさ」
「!」

ディアッカもなかなか腹黒い。どさくさまぎれで上官命令を堂々無視しようというワケである。

「クルーゼ隊長は、機会があれば…と言ってたしな」
「機会は自分で作ってやるさ」
「なるほどね」

止められてちょっと苛立ってたイザークも、ディアッカの言葉に気分を落ち着けたようだ。
そうして私たちはそれぞれの機体に搭乗して、レセップス艦上につく事になった。


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(それにしてもジェニウス、貴様あの女に何か変なことでもされなかったろうな)
(あの女?)
(虎の隣に居た、あの変な女だ!)
(あぁ…アイシャさんね……まだされて…ないよ。されそうになったけど)
(何ぃ!?)
(……だから、何でソコでキミが怒るの…?)


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