第4章 砂漠の虎
29:「怒ってないの?」
私がちゃんと意識を取り戻したのは、一度目が覚めてから二日は経っていたらしい。

「おー。やっとお出ましか、アルト」
「ディアッカ! イザーク!」
「ふん! 遅いんだ、この腑抜け!」
「はぁ? いったい誰の……」

そこまで言いかけて私は言葉を止めた。

「まぁ、いいや。とりあえず様子見段階だけど、今日から筋トレ再開してもいいって言われたから、鈍ってる体動かしてくる」
「あ、おい!」
「また後でねー」

これ以上、イザークと顔をつきあわせていると嫌味を言ってしまいそうなので私は逃げた。
彼が居ない時にこっそりディアッカから聞いた話によると、意識がなかなか回復しない私の看病をしていたのは、イザークだったらしい。彼も責任を感じての行動だろうと知った。

(…自覚してる人間に、本人からの嫌味は流石にキツいだろうしねー)

私も売られた喧嘩は即買いする方なので気をつけなければならないだろう。イザークの売る喧嘩の五割は照れ隠しだと知っているから、微笑ましいのだが。

「さてさて、兄様に報告って形で通信繋ぎたいんだけど……バレない時間帯と方法ってどれだろう……?」

ディアッカとイザークの話では、私が昏睡状態の時に一度ちゃんと連絡を取っていたらしい。とりあえず、地上で足付き探して機会があれば撃てとの事だそうだが。

(兄様…怒ってるだろうなぁ…)

勝手に地球に降下するなど、あってはならない。足付きも地球に降りているからOKが出たものの、本来なら始末書どころではすまないだろう。

とりあえず私は通信室まで行くと、厳重に部屋をロックして通信機器を少しだけ改造した。後付けの、兄様専用端末を。

「宇宙での時間帯わかんないけど、繋がるといいなー」

(願わくば、兄様が隊長室に居てくれますように!)

【アルテミス?】
「隊長! 今は…?」
【私室だ。私以外は居ない】
「では、ちょうど良いタイミングだったんですね」
【専用端末で繋いで来たと言う事は、体調はもう良いのかな? アーティ】

兄様が仮面をそっと外した。素顔を見せてくれるのは、私と二人きりの時か、あるいは兄様の悪友と一緒にいる時か。どちらにせよ、普段どおりに会話をしても良い許可が下りたと思っていいだろう。

「うん。経過良好! ……ごめんなさい。勝手に降りて」
【全くだ……と言いたい所だが、今回は仕方ない。……よく頑張ったね】

穏やかに微笑んでくれる兄様の顔を見ていると、私はとても嬉しくなって、思わず表情が緩んでしまった。

「怒ってないの?」
【怒りより心配の方が上だったよ。イザークにも聞いたが、私が通信を繋いだ時はまだ目覚めていないようだったからね】
「あー、なんかそう言えば……」

(すんごい昔の夢を見て……それが悪夢だった。うなされて起きたら、イザークが居た気がする)

【アーティ?】
「え? ああ、意識がなかった時、ちょっとだけ……あの日の事の夢見てたから、うなされて寝言……聞かれてないといいなって」
【……最近は見なくなっていたというのにな】
「……うん。久しぶりに見たけど……もう覚えてない」
【不安……か?】
「え…」
【私も降りてやりたいが、生憎と後処理も国防委員長殿からの要請も済んではいない】

兄様の目が、優しい色を浮かべている。私はこの目が一番好きだった。あまり心配をかけるのは不本意であったりするのだが。

(……兄様を心配させるために、軍に入ったんじゃないでしょ、アルテミス……しっかりしろ!)

自分に叱咤すると、私はニッコリと笑顔を作った。

「大丈夫! 心配しないで兄様」
【アーティ…】
「私はそんなに弱くないよ。だから……ね?」
【ああ、そうだったな。地上では足付きの捜索を頼んでおこう。私が降りた時には、色良い返事が待っていると尚、良いだろう】
「がんばる!」
【無茶をしない程度に……な】

私の意気込みに兄様は苦笑いを浮かべた。無茶をする体質だとよく見抜かれている。

(……まぁ、わかんないはずもないけどね)

「こっちは任せて。兄様は安心して…計画を進めてくれたら良いよ」
【ああ、任せよう】
「じゃ、そろそろ戻るね、通信圏内過ぎちゃう」
【よく分かったね。……それじゃあ、お休みアーティ】
「おやすみなさい」

ピッと音を立てて通信は途切れた。

(……ん? お や す み ?)

「って!! 兄様、寝るとこだったの!?」

(そう思えば、だいぶんラフな格好だったし、首からタオルもぶら下がっていた。シャワー後、通信に気づいて仮面を付けた状態で慌てて……かどうかはわかんないけど、とりあえず出たら私だったってわかった………んだよね。きっと)

なんとなく兄様の普段の行動を思い浮かべながらも想像してみる。

「ぷっ」

慌てている兄様を見た事はないけれど、想像したら楽しくなった。

「ダメだ……早くも会いたくなっちゃった……」

無自覚ではなく、ガッツリ自覚したブラコンな私は、兄様が同じ空間に居ないというだけで、不安になってしまう事がある。

「ホント、病的だなぁ、私」

この病は一生治らないと思う。治す気もないけれど。

「さて、兄様にこれ以上心配かけないためにも、マジで体力戻しておこう」

そう呟いて通信機器を元の状態に戻すと、私は部屋をそっと出てトレーニングルームに足を向けた。


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(ジェニウス、まだこんな所に…)
(イザーク! 私と付き合って!!)
(は!? お、お前…!)
(体術でも、射撃でも何でもいいから、とりあえず対戦して! マジで体力落ちててヤバイよ、軍人失格になりそう!)
(…………一人で体力でも何でも戻せ!!)
(何でいきなり怒るんだよ!?)


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