「うっ! ……はぁ……はぁ……」
「ジェニウス!?」
「に……兄様……」
「おい、しっかりしろ!」
「にい……さま……」
すやすやと静かな寝息を立てていたジェニウスは、急に苦しみ、うなされ始めた。
頬をぺちぺち叩きながら一応声をかけてはいるが、目覚める気配はない。
「…ぃ…さま……」
うなされた時に漏らす言葉は、いつも一つ。
兄様
アカデミー時代に、コイツには兄が居ると聞いた。とても尊敬しているし、敬愛しているというのも知っているが…
「……無意識に兄に助けを求めるほど……」
苦しそうにうめくコイツを見ていると、複雑な気分になる。どうして俺がこんな思いを抱くのか理解できないだけに気分が悪い。
「…さっさと起きろ……!」
自分のせいでコイツがロクな準備すら出来ずに降下したと自覚はある。だからこそ…
「この俺が看病してやってるんだぞ…!」
言葉と行動が裏腹だというのはわかっている。大量の汗をかき始めたジェニウスの汗をタオルでぬぐいながらも、出てくる言葉は素直ではないもの。
「……くっ……! だめ……だめなの!!」
「ジェニウス?」
「だめ……行っちゃだめ……!」
「おい? しっかりしろ!」
「行っちゃだめなの……いかないで……! レイー!!」
「ジェニウス!? おい…!」
暴れ出したジェニウスの体を上半身で押さえつけるが、コイツの力は男の俺でも押さえつけるのがやっとだった。
れい=c?
初めてコイツの口から兄様∴ネ外の言葉が漏れた。だが疑問に思っている暇など与えてくれず、更にコイツは暴れ出す。
「いやぁぁぁぁぁ!!!!」
「ちぃ…! いいかげんにしろ!! アルト!!!」
俺がそう叫ぶと、ジェニウスはハッとしたように唐突に目を見開いて静止した。呼吸は乱れ、胸が上下している。俺は押さえつけていた腕の力を少し緩めた。
「……はぁ……はっ……い……いざぁく……?」
「……落ち着け、しゃべらなくていい。ゆっくり深呼吸をしろ」
「う……ん……はー……」
まだ目の焦点はおぼろで、目を閉じてゆっくりと俺の言う通りに深呼吸をした。
額から流れ出した汗をぬぐいながら、しばらくジェニウスの様子を窺う。
「……はー……」
「落ち着いたか?」
「ん……ね、ここ…は?」
目の焦点はまだ少ししかあっていない、俺にしては珍しく優しい声と手つきでコイツの髪を撫でた。
「地球にあるザフトの基地……ジブラルタルだ。もう暫くお前は寝ていろ……まだ体が追いついていないんだろ」
「……ごめ……ん……」
ふっと意識を手放すコイツを、俺は今……どんな目で見ている?
(……意識がおぼろで良かった……と言うべきか……)無意識だが、アルト≠ニ呼んでしまった。仲の良い者にだけ許したコイツの愛称。アルテミスという名前が言いにくいだろうと親しい者にはこちらを勧めていた。俺は一度も呼んだ事はなかったが。
(…呼んで初めて気付くとはな…)今までの複雑な感情も、気付いてしまえば、納得は早い。俺は、コイツを……
「まさか、この俺が…」
特別な感情を抱いている。このとんでもない女に対して…異性に対する特別な感情を。認めたくはないが、気付いてしまった。
「まさか覚えてないだろうな」
今まで名前で呼んだ事などない。これからもそのつもりはなかった。だが……
「……覚えていたら、呼んでやる」
そっとまた髪を撫でる。案外病みつきになりそうなほど手触りの良い髪に、ハッと気付いて周りを見た。
「……!! ディアッカ!?」
「……ちゃんとノックしたぜ? ついでに五回くらいは声をかけたんだけどー?」
「貴様……! 見て……!!」
「んー……まぁ、途中から?だと思うけどな」
人の気配に慌てて入口を振り返ると、そこにはやけにニヤけた顔のディアッカが壁によりかかって立っていた。
この俺が気配に気付くのが遅れたおかげで、とんでもない場面を見られた気がする。
「確か……落ち着け、しゃべらなくていい。ゆっくり…=v
「だぁぁぁぁ!! うるさいぞ貴様!!!!」
「いや、うるさいのはイザークだって」
口元に指を当てて、静かにしろという動作をするディアッカに、大股で近づいてとりあえず殴っておいた。
「いって…」
「気付いていたのなら声をかけろ!!」
「だからさっき言っただろ。五回は声を…」
「もっとハッキリ言え!」
自分でも無茶な要求だと思ってはいる。だが、顔から火が出るほど恥ずかしい思いをした俺には、どうでも良い事だ。
(いくらなんでも、コイツに見られるなど……!! いや、他の誰であろうと大差はない!!)「…イザーク、気付いたんだろ?」
「何がだ! 見ていたのならわかるだろうが! ジェニウスはまだ…」
「違う違う。自分の気持ち」
「!!」
ディアッカは確信に満ちた瞳で俺を見た。だからコイツは嫌いなんだ。何もかもわかったような顔をする。
「素直になれたのに、アルトの意識がないなんて可哀想な…」
「きっさま………死にたいのか!」
「まさか。俺は応援してんの。…まぁ、すんげぇブラコンで、すんげぇ鈍い女。ついでに隊長バカだから苦労しそうだけどなぁ」
「うるさい! 兄弟を大切に思う事のどこが悪い!」
「あれ? 前まではウザイとか何とか言ってなかった?」
「貴様、もう黙れ!!!!」
ディアッカのニヤけた顔はなかなか引き締まらない。もう一発殴ってやろうと拳を作ると、奴は降参のポーズを取ってとんでもない事を口走った。
「おー、怖い怖い。とりあえずクルーゼ隊長と連絡取れたぜ。俺たちの事呼んでる」
「……!!!! それを先に言えー!!!!」
「いってぇぇ!!」
そうして俺はディアッカを蹴り飛ばし、通信ルームへと大股で歩いていった。
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(くそ、くそ、くそ!! 俺が何故あんな女のことなんか…!)
(アカデミーからじゃん?)
(何ぃ?!)
(だって、あの時が初めてだろ? 女に負けたのって)
(当たり前だ! アイツ以外の女に負けた覚えは無い!)
(だから、気になったんじゃないの?)
(……次は勝つ!!)
(いや、そうじゃなくてさ…)