第3章 親友との別離
22:「何を犠牲にしても良い」
私が複雑な思いでいると、ラクス嬢は振り返って、控えめな微笑みを浮かべていた。

「申し訳ありません。無理なお願いをしてしまいまして」
「…いえ、任務になりましたから」

私が義務的にそう言うと、ラクス嬢に椅子を勧めて傍らに控えた。軍人として。

「…一緒に、召し上がってはくれませんの?」
「お話のお相手はさせていただきます」
「……まぁ……」

これまた義務的にそう告げると、ものすごく悲しそうな顔をされた。これでは、私が悪い気がしてならない。

(兄様のあの表情だと、ご機嫌を取って艦内をうろつかせるな……って意味だよねー……本国なら喜んで相手してもらいたい所だけど、今は軍人の顔をしていたいのにな…)

私は公私混同はしないタイプである。兄様と二人の時やアスランたちと一緒にいる時とは、また違うのだ。
軍人として、任務を受けたのだから、今の私は軍務中ということになるのだが、ラクス嬢は理解してくれそうになかった。

(オフだったら完璧素≠ナ仲良くしてほしいんだけど!)

「……………はぁ…」

しゅん…とうなだれた彼女の姿を見て、私はため息を零してしまった。そして、零れたため息を追うように、しゃがみ込む。

「アルテミス様?」

突然の私の行動に、ラクス嬢は不思議そうに声をかけて来た。
しゃがみ込んだ私は、頭のなかでぐるぐると回る、もう一人の自分の囁きに陥落させられそうになっている。

(だって、アスランも結構冷たかったし、自分の事でいっぱいいっぱいって感じだったし……ラクス嬢、なんか可哀想だし、っていうか、欲望に負けそうだ…!)

久しぶりに会う婚約者だと言うのに、冷たくされたら寂しいだろう。それ以前に、私はラクス嬢のファンの一人だ。本物が目の前にいたら、サインの1つや2つ、どころか「仲良くお茶を一緒にさせてください」くらいは言ってみたくなるものだろう。

そこまで考えて、私は咳払いを一つすると、ラクス嬢の傍らから移動した。

「……私は今から、任務ではなく私用で貴女のお相手をさせていただきます。……失礼しても良いですか?」

まぁ、つまるところ欲望に負けたわけである。
別に、軍人として接しろと命令を受けたわけではないし、とりあえずこのお姫様を、部屋に足止めできれば良い。という理由も手伝って、私は自分の欲望に従ったのである。

小首をかしげながらお伺いを立てると、ラクス嬢は両手をあわせて喜んだ。

「喜んで! さぁさぁ、お座りになってくだいな。お茶は私が入れさせていただきますわ」
「あ、それは…」
「させてください。ね?」
「……ありがとうございます」

まるで華が咲いたようだ…という例えは彼女にふさわしい言葉かもしれない。それくらい嬉しそうに微笑むのだ。
簡単なお茶を入れてもらうと、私は大人しく席についてラクス嬢と向かい合う。

「本当に嬉しいですわ。誰ともお話できないので寂しく思っていましたのよ」
「不自由をおかけいたしました」
「まぁ……アルテミス様、今は私用でとおっしゃっていましたでしょう? 私に敬語など今は無しにしませんか」

普段通りにお話になってください。と言われたので、その言葉に甘える事にした。

「では……いや、それじゃ普通に話させてもらおうかな。でも、ラクス嬢に失礼にならないの?」
「いいえ。そうですわ! アルテミス様の年齢をお聞きしても良いですか?」

(え? 何で今、年齢の話になるわけ? ……まぁ、いいけど…)

「えっと、十五歳…」
「まぁ、それでは私とあまり変わりませんのね!」

(ラクス嬢の方が年上でしょうに。一個上だったかな。…でも、それがどうしたんだろう? やけにニコニコ嬉しそうなんだけど…)

「私、同年代の女性の方のお友達が居ませんの。よろしかったら私とお友達になってはくださいませんか? アルテミス様」
「え!」

唐突の申し出に、私は一瞬固まった。

「……私では……いけませんでしたか……?」
「いいえ! ともんでもない!」

私が答えに困っていると、綺麗な眉をきゅっと寄せて悲しげな顔をされる。それを見た瞬間、私は即答していた。
元々、アスランに本国に帰ったら紹介しろとせがんではいたし、ちょっと早くなっただけだと思えば良いかもしれない。

「ぜひ、お友達になってください」
「まぁ! 嬉しいですわ! ありがとうございます。アルテミス様」
「ほら、友達に様≠ヘつけない。……アルトって呼んでよ。ラクス」
「ええ、ありがとうアルト」

それから私たちは、わきあいあいとお茶会を進めていく。ラクスの食事は終わり、食後のお茶を注いでいると、彼女は一つ、憂いたようなため息を吐いた。

「疲れた? ……色々あったもんね。もう休む?」
「いいえ……向こうでも、優しくしていただきました。特に辛いと感じる事はなかったのですよ」
「そっか」
「…一つ、聞いても良いですか?」

ラクスがカップを置いて、私を見る。

「何?」
「アルトは何故、ザフトのパイロットに志願を?」

突然、こんな質問をされるのが不思議で仕方ないけれど、私は素直に答えた。

「守りたいものと、守りたい人が居たから」
「差し支えなければ、お尋ねしても?」

(差し支え……はないけど、何でだろう?)

普通は女でパイロットの志望など余程の事情がない限り志願はない。珍しい、というより純粋な疑問として湧き上がったのだろうか。私は少し視線を虚空に走らせてポツリと呟いた。

「守りたいものは……プラント…かな」

そう。たいてい、こう言えば皆、納得してくれる。血のバレンタインの後なのだから、仕方ない…と。本当はまったくもって違うものだが。

「…守りたい方とは?」
「守りたい人は……私の兄様」
「まぁ、アルトにはお兄様がいらしたのですね」

(兄様以外にも、弟が居たけどね)

私には兄弟は居ませんのよ。と語るラクスを見ながら、私の思考は、弟の事や、兄様と逃げて暮らした日々の事を思い出していた。

(兄様が居なければ、私は……私も…)

気付けば私の口は、普段は漏らさない事まで紡いでしまっていた。
兄様や弟との思い出を頭の中でたどるうち、口は無意識に言葉を吐き出している。

「両親は居ない。私の家族は兄様だけ……その兄を守るためならば……私は、何を犠牲にしても良い」

(そう、兄様さえ無事で生きていてくれるなら……兄様が何を成そうが、何でも良い。私を利用しているのも、知っている。それでも良い。……あの人の役に立てるなら)

「何を犠牲に…しても…?」
「……もう一人……守りたかった人は……守れなかったから……」

ラクスが私を見る目が、同情するようなものに変わった。実を言うと、この話は初めてする。アスランたちにも、ここから先は話した事がない。

「私には、双子の弟が居たんだ。でも……守れなかった。生まれた時から一緒に居たのに、最後を看取ってやる事すらも叶わず、ある日突然、奪われた……だから……」
「もう、おっしゃらないでください。……お辛そうな顔を見たくてお聞きしたのではありませんわ…」

ラクスがいつの間にか、私の傍まで移動していた。そっと肩を抱かれ、胸に顔を埋める形になる。

「……辛い過去を話してくださって、ありがとう。……どうか、そのように泣きそうな顔をなさらないで…」
「ラ…ラクス……」

(泣きそうな……顔……? …私は今、どんな顔をしている?)

「どうか……私に、弟君の冥福を祈らせてください…」
「めい…ふく…」
「弟君が安らかに眠られるよう……鎮魂の歌を」

優しく頭を撫でられながら、響いてくる歌声。その歌声が、優しくて、暖かくて……私は、ラクスの胸で静かに泣いた。

(……母性本能……ってヤツかな……)

彼女の胸は、ひどく安らいだ。

ラクスは勘違いしているのかもしれない。血のバレンタインで家族を失ったのだと。確かに、弟はブルーコスモスに殺されたが、血のバレンタインではなく、もっと前だ。
私が……兄様とプラントに行く、もっと前。

説明をしようにも何とも複雑すぎる上に極秘事項だ。もともと弟のこと事態、話すつもりはなかったのだから、ここはこれ以上のボロを出す前に、彼女の想像にまかせよう。…一生懸命、歌っているラクスには悪いかもしれないが。

(それにしても、私、なんでラクスにこんな話までしちゃったんだろう…)

いつの間にか涙は止まったが、ふと疑問が頭をよぎった。こんな話、誰にするつもりもなかったというのに。

「…貴女は……不思議な女性(ひと)だね」
「アルト?」

歌が終わって、私は呟いた。

「…弟の話は、アスランたちにもした事ないの。兄様の話はしたけど」
「…ありがとう」
「?」

そこで礼を言われる覚えはないのだが、ラクスは優しい微笑みを浮かべて私を見る。

「アスランたちにも話していない辛い過去を、私に話してくださって」
「……友達になってくれた…お礼?」

自分でも何を思ってお礼などと言うのか、わからなかったけれど、とりあえず理由をつけるなら、そこらへんだろう。
どうやら私は意外にもこのピンクのお姫様が相当気に入ってしまったらしい。軍に入ってから、友好関係が広がったせいか、お気に入りの人物が増えていって少々戸惑うことが多くなった。


ビー ビー


そう思案していると、不意に通信を告げる音が鳴り響く。

「あらあら」
「私が出ます」

そこで、改めてラクスに抱かれていると認識した私は、慌てて彼女から離れた。
軽く顔を叩いて、軍人の表情に戻す。

「はい」
【ラコーニの艦との合流ポイントまで、そろそろだ。支度を】
「了解」

兄様からの短い通信を終了させると、私はラクスを振り返った。

「お迎えが来たみたい」
「……楽しい時間はあっという間ですわね」
「本国に帰ったら、アスランが美味しいお茶菓子を持ってキミに会いに行くんだ。…その時に、私も便乗する約束だから、その時に」
「それでは、その時を楽しみにしておりますわ」

次もまた会う約束を取り交わすと、彼女は寂しそうに微笑んだ。

「さて、支度をしましょう。手伝います、ラクス嬢」
「……ええ」

そうして、私たちは彼女を無事にラコーニ隊長の艦に引き渡す事ができた。


END

(アスラン、ラクスはレアチーズも食べたいけど、モンブランも好きなんだって)
(え?)
(本国に帰った時、君に所望するお茶菓子の話題)
(……わかった)


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