行方不明だったプラントの歌姫こと、ラクス・クライン嬢が、地球軍に人質扱いを受けてから一日も空けずにザフトの戦艦であるヴェサリウスに帰って来た。
そして今、私は食事プレートを持ってラクス嬢の部屋に向かっている。
「ホント、大人しくしててくれないかな、あのお姫様」
何故わざわざ食堂からプレートを運んでいるのかというと、彼女を部屋からあまり出したくないからだ。
ヴェサリウスはなんと言っても戦艦だし、彼女はクライン議長の娘とはいえ、民間人である。あまり艦内をうろついて欲しくない…というのが本音だった。
ところが彼女はそんな事はおかまいなしに、神出鬼没な勢いでお散歩に出てしまう。相棒のハロと一緒に。
ハロがところかまわずロックを開錠してしまうおかげで、ヴェサリウスのセキュリティは総崩れだ。
さきほども部屋のロックを強制開錠した彼女がハロと一緒に艦を歩き回っている所を、捕獲して部屋に連れ戻した所だというのに。
「本当だったら部屋に施錠だなんて失礼なんだろうけど……仕方ないよね? 戦艦だし」
まぁ、そんなロックなんてハロにかかれば一秒と保たないが。無駄にアスランの能力が恨めしい。
(たかだかペットロボに、なんて機能をつけやがるのか、アスランは…)私のMS、ゼロのコックピットまで強制開錠してしまうのだから、開いた口が塞がらない。思わず私はその場で叫んでしまったし。
(ハロの性能について、今度うんと説教してやろう…)そう思いながら、ラクス嬢の部屋のドアを開ける。
「失礼しま……す?」
すると、ドアのすぐ近くでアスランとラクス嬢が並んで立って居るのが見えた。
「えっと……お食事をお持ちした…んですけど、お邪魔……でした?」
「いいえ、わざわざご苦労様です」
「……自分はこれで失礼します」
アスランは短くそう言うと、難しい顔をしてラクス嬢に背を向けた。私と入れ替わりで部屋を出ていくアスランの背中に、ラクス嬢は声をかける。
「…辛そうなお顔ばかりですのね…この頃の貴方は…」
「…ニコニコ笑って戦争はできませんよ……」
シュンっと部屋のドアが閉まって、アスランの姿が見えなくなる。
(…まぁ確かに、笑いながら戦争をしてたら、それはただの狂人(クレイジー)だもんねー。それ以上に今のアスランは親友だと思っていた奴に絶交宣言をくらったようなものだもんな…そりゃ、笑えないって…)一言だけ呟いて去っていったアスランに同感しつつ、私は若干気まずくなった部屋の雰囲気に、どうしたものかと思って黙っていた。
(うーん……やっぱ、私……邪魔だったんじゃ?)そう思ってラクス嬢を見ると、ニッコリと笑顔を返された。
「本当にありがとうございます。アルテミス様」
「え……あ、いいえ。簡素な食事で口に合わないかもしれませんが…」
「いいえ。ちょうど喉が乾いていて……お恥ずかしながら小腹も空いてきてしまっていましたから」
大人しく椅子に座ってくれるお姫様に内心ではホッとしながら、私はプレートを静かにテーブルに置いた。
「それでは、私はこれで」
「お待ちくださいな」
「…はい?」
一礼して立ち去ろうとすると、ピンクのお姫様は笑顔でとんでもない事を言ってくれる。
「貴女も一緒にいかが? お茶は私が入れますわ」
「いえ……あの、私は勤務中ですので」
何て言うか、無茶ぶりも過ぎる申し出だ。私は即座に遠慮した。遠慮というか、もはや却下に近い即答率かもしれないけれど、彼女は気分を害した風もない。
「あらあら、勤務中でも休憩は必要でしょう? 貴女がお咎めを受けてしまうというのなら、私から無理にお願いしたという事にしてくださいな」
「ね?」と、更に微笑まれても、困るものは困ると、どう言えば理解してもらえるのだろうか。
(……誰か、このピンクのお姫様に軍人の仕事とは何かを教えてやって…)本当に彼女は、自分が今どこにいて、今は何をしている最中なのか理解しているのだろうかと不思議に思う。
「この艦では、私はどこに行っても大人しくしていてくださいと、部屋に戻されてしまいますの。せめてお食事は誰かと会話しながら、楽しくいただきたいですわ」
(いや、だから……貴女は民間人で、ここは戦艦……超がつくエリート部隊のしかも戦場最前線なんですって。いい加減、理解してぇ!!)「そうですわ。貴女が怒られてしまっては私も悲しいですし、クルーゼ隊長に許可をいただきましょうね」
にこやかに紡がれる彼女の言葉の強制力は、半端ないくらいに重い。しかも、
「いえっ! あの……って、早っ!!」
私の返事を待たずして、ピンクのお姫様はブリッジに通信を繋いでいてしまっていた。しかもハロを使って。
【何でしょう? ラクス嬢】
「お忙しいところ申し訳ありません、クルーゼ隊長…」
このお姫様の行動力の早さは、尋常じゃない。ついでに、思考回路も尋常じゃない。
(っていうか、アスラン……後で覚えてなよ……!!)ハロに余計な機能を満載させた製作者、今はこの場に居ないアスランに向かって私は複雑な苛立ちを沸き上がらせた。
その間も、お姫様と兄様の会話は進んでいく。
【そうですか……それでは、迎えの艦と合流するまでの間、アルテミスを貴女の相手役として側に控えさせましょう】
「まぁ、ありがとうございます。クルーゼ隊長」
(えぇぇぇぇ!? ちょっ、兄様、本気!?)ラクス嬢の後ろで慌てた顔をした私を見て、兄様は口元の微笑みを深くした。
【聞いての通りだ、アルテミス。ラコーニの艦と合流するまで君はラクス嬢のお相手をしてさしあげるように】
「は……はぁ…」
【合流するまで、緊急の用は特にない。これが君の任務と思いなさい】
「……了解」
【それでは、失礼いたします】
ピッ
兄様が通信をぶった切って会話が終了した。
(……兄様……後で絶対、なぐ……れないから拗ねてやる…!)どれだけやっかいな面倒事を押しつけられても、超がつくほどの自覚ブラコンな私は(もう病的だね!)兄様を殴れない。せいぜい、盛大に拗ねてワガママを連発するぐらいだ。しかも、兄様がそこまで困らない小さなワガママを。
そうして私は、次にオフの日が来たら、ぐっだぐだに甘えてやろうと決心した。
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(……でも、兄様あんがい喜びそう…)
(何が、ですの?)
(いっ、いえいえいえいえいえいえ!! コッチの都合ですハイ)
(どうされましたの? お顔の色が優れませんわ)
(ホント、構わないでくださぃぃ!)