私たちは、一時ヴェサリウスに帰投し、パイロットスーツのまま待機していた。
「まだ待機かぁ…何か飲む? アスラン」
「じゃあ、コーヒーを」
「ん、ブラックねー」
私はドリンクケースを開けてコーヒーを取ると、アスランに向かってヒョイと投げた。
宇宙空間だからこんな事ができるのだが、重力下だったらスゴイ事になるだろう。とりあえずアスランはコーヒーまみれになること確実だ。
「ありがとう」
「いえいえ」
くるくると回るドリンクボトルをアスランは器用に受け取ってストローを取り出し、口をつける。私も取り出した紅茶を飲みながら、ふよふよと彼に近づいた。
「あーあ…足付きに人質に取られてる間は命に別状はないだろうけどさ、このままだとぶっちゃけ危なくない?」
「ああ……このまま地球に連れ去られでもしたら、彼女も…」
「だよねー…」
足付きは現在、ゆっくりと宇宙を進行している。ヴェサリウスもつかず離れずの距離を保ってそれを追いかけている途中で、現状に進展など何もなかった。
(兄様は、いったいどうするつもりだろう)さすがに為す術もないとなれば、そろそろ嫌気もさしてくるというもので。待機の時間が長引けば長引くほど、焦りも募ってきていることは確かだった。
ビー! ビー!
焦っていても仕方ない。そういう結論に達したとき、不意に警報が鳴り響く。私たちの顔に緊張の色がサッと浮かんだ。
「え!」
「これは…」
第一戦闘配備発令!モビルスーツ搭乗員は、ただちに発進準備
「なんで!?」
「行くぞ、アルト!」
「最悪……!」
格納庫のすぐ隣にある待機室を飛び出て、私たちはモビルスーツに搭乗していく。
機動準備をしていると、オフィシャル回線で通信が流れてきた。
【こちら、地球連合軍アークエンジェル所属のモビルスーツ、ストライク!】
通信から流れてくる声は、聞き覚えのある声だった。
先の戦闘でアスランに通信を繋いだ時に偶然聞いた声。キラ・ヤマト……ストライクのパイロットである。
【ラクス・クラインを同行。引き渡す! ただし、ナスカ級は艦を停止、イージスのパイロットが、単独で来る事が条件だ。この条件が破られた場合、彼女の命は保障しない…!】
「はぁぁぁ!?」
本日二度目の私の叫びは、ゼロのコックピットに空しく反響していった。
正直言うと、先ほどからの苛立ちが募りに募って、私の思考回路はとても辛口になっている。
「何? この子バカなの? 引き渡すとか言いながら命の保障はないとか、ふざけてんの? ホントにコーディ? 頭悪いの? どこのお子さま? いい加減にしてよ、子供は寝てろ!」
【アルト…】
怒りに任せて毒舌を隠しもせずに盛大に吐いていると、苦笑したようなアスランの声が申し訳なさ程度に聞こえてきた。その声の元は、通信モニターからだ。
「……アスラン、人の独り言を盗み聞きしないの」
【いや……色々すまないな】
「……キミに謝られても解決しないでしょうに」
私はもはや、眉間にシワを寄せて盛大なるため息をついた。聞かれたのならば仕方ない。出ていった言葉はなかったことにできないのだから。
「はっ!! もしかして、ブリッジにも筒抜け!?」
今更のように私はモニターを確認したが、通信が繋がっているのはアスランだけだった。
【まだ命令前だよ】
「ふー! 焦った焦った。ところで、アスラン。ご招待されてるけど本気で行く気?」
【ああ…】
「ふーん……罠かもしれないのに? ラクス嬢、居ないかもしれないよ?」
私の言葉に、アスランは考え込むようにして黙り込んだ。一瞬迷ったような表情をしていたが、次の瞬間にはしっかりとした目で私を見つめ返している。
【キラは…昔からそうなんだ】
「…ごめん、私、そのキラって子知らないんだけど、何が昔からなの?」
【お人好しで、曲がったことが嫌いで、甘ったれで、ワガママ】
(つまりは、子供なんですねアスランさん!)アスランの言いたい事を要約すると、つまるところ、キラ・ヤマトというコーディネイターは、正義感の強い、子供らしい性格をした子供。…なのだと言うことらしい。昔を思い出してほんのちょっぴり優しげな微笑みを浮かべるアスランに、私は冷たい視線を返していた。
「アスラン、昔を懐かしむのは構わないよ。でもさ…今、どういう状況か忘れてませんか?」
【あ、ごめん】
私に冷たく指摘され、アスランの頬に少しだけ赤みが増した。
だがすぐにその赤みは消え去り、今度は苦悩に満ちた表情に変わる。
【……だが、これだけは言える。アイツは、嘘をつくようなことは絶対しないし、卑怯な手も使わない】
「……卑怯な手段をすでに取られていらっしゃる、地球軍に所属しているようだけどね?」
【それは……最初、俺も同じようになじったさ。でも、アイツも驚いた顔をしていたんだ…あの、通信を聞いて】
(…つまるところ、艦の独断……上層部の判断ってことだね。民間人だったこともあるだろうし、主力となって利用はできても、軍内部ではそうそう権力なんて持てない…ってとこか。…まぁ、当たり前の話だよね)私は頭でぼんやりと、彼の今の立ち位置を想像して一人で納得していた。
そんな立ち位置ならば、無理矢理働かされているとも考えられる。それなのに何故、キラ・ヤマトはこちらになびかないのか、私は不思議だった。
「でも、私たちは軍人だからね? 独断で…」
【隊長、行かせてください】
「……キミね…」
私の言葉を最後まで聞かず、すでにアスランの思考回路は余所へと飛び移っていた。
私との通信を繋ぎながら、彼の手はサクッとブリッジへと通信を繋ぎだしたのだ。もはや、その行動力に呆れ果てて言葉も出ない。
〔敵の真意はまだわからん、本当にラクス様が乗っているかどうかも…〕
アスランと繋いでいる通信先から、アデス艦長の声が聞こえてくる。私はアスランとの通信を切って、今度は自分でブリッジへと通信を繋いでみた。
モニターの先では、兄様は余裕顔(たぶん)でアデス艦長の後ろにある隊長席で足組している。
〔隊長…!〕
アスランは、アデス艦長の意見を無視し、ひたすら兄様に許しを願っていた。
アデス艦長も、兄様を振り返り、どうしたものか…という心情が振り返ったその背中から伝わってくる。
私もつられて兄様を見つめると、兄様の口角が少しだけ上がったのが見えた。
(あ、楽しい事考えてる時の顔だ)そう思った次の瞬間、
【わかった、許可する】
〔ありがとうございます!〕
アッサリと兄様はアスランに出撃許可を与えたのだった。これは何とも予想外だ。
兄様の応えに一瞬喜んだアスランが、すぐさま通信を切って機体の準備に勤しんでいく。
【よろしいのですか?】
【チャンスである事も確かさ…フッ……向こうのパイロットもまだ幼いようだな…】
ブリッジでは、アデス艦長がアッサリ許可を出した兄様に再度確認をしていた。アデス艦長の心配も当たり前だろう、と思うのは当然のこと。
(まぁ、そりゃそうだよね。ちょっと信じられないし? っていうか、二人とも…私と通信繋がってますよー…気づいてマスカー?)そう思うのなら私も通信を切れば良いだけなのだが、なんとなくタイミングを見失って手が動かない。
【艦を止め、私のシグーを用意しろ、アデス】
【……了解】
【それと、アルテミス】
「はいっ!?」
ぼんやり眺めていただけだから、不意に声をかけられて焦ってしまった。そんな私とは裏腹に、兄様は落ち着いた声で淡々と命令を出してくる。
【アスランと一緒に発進して、途中の宙域で待機。どんな状況にも対応できるようにな】
「……了解」
そう言うと、通信が切れた。
たぶん、兄様は格納庫に向かっている最中なんだろう。
『どんな状況にも対応できるように』そう、兄様は言った。
(……つまりは、ラクス嬢を引き渡された瞬間に攻撃するって事かな……まぁ、人質がこっちに渡ればそうなるよね。自然とさ)向こうもきっと、ムウ・ラ・フラガが待機しているだろう。交渉が無事に終われば、ここから戦闘になる。兄様は自分の機体を用意させている事からも、今回でアイツを撃ち墜とす気満々のようだ。
そんな事を考えながら、私は再びアスランへと通信を繋いでみた。彼の機体の準備はほぼ終了している。後は発進シークエンスを待つばかりだ。
一応控えめに呼びかけた私へ、アスランは「どうした?」と優しく微笑みかけてくる。
「ラクス嬢、居ると思う?」
【行ってみないとわからない……それに、誰も聞いていないところで…ちゃんとアイツと話したくて…もし本当なら…今回は、良いチャンスなんだ】
「ふーん…まぁ…キミがいいなら…いいんだけど」
(…でも、私は途中まで着いていけって言われてるんですよ、アスランさん)私はアスランにどう説明したものか考え込んでいた。兄様の要望はだいたい理解できる。後々のことも考えて、アスランを監視しろと言いたいのだろう。そこまで推測してから、私はとりあえず先に命令された部分だけを伝えた。
「とりあえずさ、隊長から途中までアスランを護衛しろって言われてるんだよね」
【護衛?】
「ほら、一応何があるかわかんないし。…極力邪魔はしないようにするよ……状況が変わらなきゃね」
【…わかった。すまないな】
「どういたしましてー。ってか、命令だし。いいんじゃない? 謝らなくても」
【いや…それでも、迷惑かけてると思うよ】
「……そう?」
苦労性アスラン。
私の中でアスランの愛称がその言葉でより確定的になった瞬間だった。
(……音に出しては呼ばないけどね)そうして私たちはヴェサリウスから一緒に発進する事になった。
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(…これはイザークに報告できないねぇ…)
(どうして?)
(だって、イザークってラクス嬢の隠れファンでしょ。隠しきれてないけど)
(あぁ…そうだったな…でも、それとどういう関係が?)
(……今日からキミのこと、ニブラン・ザラって呼んであげようか?)
(…えぇ!?)