◆【本編59話:…それが、命令ならば】より
本編始め、アーティの独語シーンから
(…兄様の…脅威となる者…放置しすぎたか)間違いなく、少年やアスラン、ラクスたちが率いる第三勢力は、私たちの邪魔になるだろう。
「今更、後悔したって遅いね…戦火を広げる目的だったとしても、ちょっと放置しすぎじゃないかな」
兄様の判断にケチをつけるわけではないけれど、少し甘く見過ぎていたのではないだろうか。それとも、ここまでのことを計算していて、予定調和のうちとでも言うのだろうか。
「……まぁ、現状を考えると後悔してる暇なんてないわけだ」
そして私はため息を一つ吐くと、通い慣れたヴェサリウスのブリーフィングルームの扉を開けようとして背後から慌しい足音が近づくのに気がついた。
「何……?」
扉のスイッチに触れようとしていた手をおろして、背後を振り返る。そして左右を見渡すと…
「……イザーク?」
「!!」
廊下の端から猛ダッシュしていたのは、髪を振り乱したイザーク。
(えっ、ちょっ……なんでイザークが走ってくんの? 中にいるんじゃないの??)心からの疑問だが、ものすごい形相で走ってくるイザークを見ていると、なんだか声をかけるのを躊躇われる。
(…っていうか、カメラ回ってるんだけど……どう、フォローしたらいいんだろう…)違和感のないシーンはどの反応か。
アドリブでどうにか切り抜けようとする私にかまわず、イザークは私の前まで走ってきて、その足をようやく止めた。
「はぁ…はぁ…」
荒い息を整えるため、膝を押さえて前かがみになる。
「えと…ひさ、久しぶりイザーク」
完全棒読みの台詞だが、私はなんとかこの場を切り抜けようと努力する。その努力をイザークは完全に打ち砕いてくれるのだが。
「昨日も…一緒に…居ただろうが……何が久しぶりだ…」
「いや……」
(このお馬鹿! 今カメラまわってるって気づけぇぇ!)内心の焦りを必死に抑えてどうにかイザークを話の本筋に戻そうと演技し続ける。
「そっか、そうだよね。イザークも今から会議参加? ちょうどいいから、一緒に参加しようか!」
引きつった微笑を向けると、イザークはスッと体を元に戻して私を怪訝そうに見た。
「はぁ? 貴様は今から収録だろうが。さっさと準備しろ」
「ああ……もぉ……このお馬鹿……」
「なにぃ!? どういう意味だアーティ!」
私の言葉にイザークはピクリと反応する。目を吊り上げて牙をむき出しにした子犬みたいだ。
人の努力を理解していない彼に、私はなんだかどうでもよくなって現状をバラすことにする。
「……今、私の独語シーン。ちなみに本番中。それを邪魔したのはキ・ミ!」
「なっ!」
「しかも、私が必死にアドリブでNGにならないようにしてたのに、台無しにしたのも、キ・ミ・じ・し・ん! バーカ!」
べーっと舌を出して私は言う。するとイザークは顔を真っ赤にさせて、あたりをキョロキョロ見回した。
「ほっ、本番中だと!? カメラなんてどこにあるんだ!?」
「ん? ここにある」
艦内の廊下、ブリーフィングルームの扉の上部に取り付けてあるカメラを指差した。
「なっ!」
「ばっちり、NGだね。あー…イザークが遅刻かぁ…」
「くっそぉぉぉ! ディアッカの奴が悪いんだ!」
「ふ、ふーん……とりあえず……やり直しだから」
ガァン! と壁を殴りつけるイザークに、私は顔を引きつらせてとりあえず噴火がこちらに向くのを阻止するしかできなかった。
CUT!
(ディアッカ! あれほど起こせと言っただろうが!)
(起こしたって! 起きなかったのはお前の方!)
(うるさい! 問答無用だ!!!)
(ちょっ、八つ当たりかよ!? やめろっ、やめろってイザーク!)
お寝坊イザークさん。アドリブで演技してもNGですよ。