「蓮見」
「はい」
慌ただしくマネージャー業務をこなす音羽を、跡部が不意に呼び止める。
「…忙しいか?」
「えっと……うん」
「そうか……わかった、戻っていいぞ」
「……? うん」
不思議そうに小首をかしげる音羽を業務に戻すと、その日の部活終了後に跡部はR陣を集めてミーティングを開いた。
「R陣のマネージャーは現状、蓮見一人なんだが、もう一人くらい増やしてもいいかもな」
「増やすのか?」
宍戸が驚いたように跡部を見た。
「そろそろ全国に向けて雑務が増えるからな。蓮見一人じゃ回んねぇだろう」
「でもよ、急に増やすって言っても…誰呼ぶんだよ?」
岳人がだらしなく机に頭を乗せて見上げてくる。
「そうだな……如月か藤波はどうだ? 騒ぎ立てるようなメス猫共より役に立つだろう」
「ばっか跡部!」
「一番選んだらヤバイ奴の名前あげてんじゃねぇよ!」
岳人が驚きのあまり机から飛び起き、宍戸は跡部に詰め寄って叫んでいる。
二人とも、ずいぶんと必死だった。
「亮ー……なんか、聞き捨てならない台詞が耳に入ってきたんだけどなー?」
「うっ……!」
「柚月が、何?」
一気に部室の温度が下がる。滝の背後からは黒いオーラが育っていた。だが宍戸も負けてはいられない。
「…藤波が炎天下の中、動けるとでも思ってんのか萩之介」
「…………まぁ、そうだよね」
順調に育っていた黒オーラの流出が止まった。今回は宍戸の勝利のようだ。
「藤波さんがマネージャーやったら確実に得すんの滝だけやん? 他には実害なさそうやけど?」
「いや、侑士…考えてミソ」
「ん?」
「もし藤波がマネージャーだったら…」
岳人がもしも話をし始めたので、つい皆で聞き入ってしまった。
★例1【もしも柚月がマネージャーだったら】
「藤波、タオル〜」
「自分でそれくらい取りなさい。全てが体力トレーニングだとでも思え」
一刀両断。
「あれ? ドリンクは?」
「青学からのお取り寄せ品がそこにあるわよ」
「……乾汁!?」
「青学の強さの秘密だそうね」
「ムリ!! ぜってぇムリ!!」
極悪非道。
「ふぅ……疲れたわ……」
「柚月!! 大丈夫!? 日傘は!? ああ、ちゃんと水分取って、日陰に……!!」
「帰る」
「うん! 送る!!」
「ありがと」
マネージャー業務どころか、滝まで部活にならない。
「………」
「……ってカンジになるだろ!」
滝は怒りもせず、苦笑している。あながち、岳人の想像も間違いではないらしい。
「なら、如月はどうだ?」
「もっと駄目だろ…いいか、跡部」
今度は宍戸がガックリと肩を落としながらも説明し始めた。
★例2【もしも百華がマネージャーだったら】
「アンタたち!! もっとこう……萌えをアタシに提供しなさいよ!!」
「無茶言うな!」
「タオルもドリンクにも気をつかってやってるんだから、ベストショット寄越せ!」
ハードルの高すぎる要求。
「如月、カメラは持ち込み禁止だ」
「私の命ですから、手放せません」
榊監督からのNGもつっぱねる。
「音羽!! ダメよ、そんな重たいものを持つなんて!! 倒れる!」
「平気だよ?」
「ダメ!! こんなのは男連中に任せて休んでなさい」
「え…」
過保護すぎて、業務妨害。
「……これでも如月をマネージャーにしたいのか?」
「…………」
跡部は押し黙ったままだ。
男子テニス部R陣のマネージャーたる条件は、美形ぞろいの部員に媚びを売らず、騒がない事を前提としている。
氷帝においてその条件をクリアする女子は片手で数えるくらいしかいないのが、悲しい状況だ。
その数少ない女子のマネージャーは、音羽。
残りの候補のうち二人は今、一瞬にして除外されてしまった。
だが、跡部はめげなかった。
「ならば、例の転校生はどうだ?」
「転校生……ああ……今井の事か?」
「そうだ。忍足、どうだ?」
全員の視線が忍足に注がれる。
「桂花なぁ……確か、四天宝寺でもマネやっとった……らしいけど」
「なんだ? 問題でもあるのか?」
「あー……謙也から聞いたハナシを、こっちで当てはめるとやな」
そう言って忍足は静かに語り始めた。
★例3【もしも桂花がマネージャーだったら】
「桂花、ドリンク……どこにあんの?」
「ああ!! 作るん忘れとったぁ!!」
「……さよか……」
「ごめん! うち、今、手ぇ離されへんねん!! 侑士、ちょっと作っといて?」
忘れっぽい所がある上に、オネダリ上手。
「今井、今度のオーダーだが」
「ぎゃっ!」
「どうした」
「パソがフリーズしたぁ!」
「ああ、それなら…」
「もぉ〜、なんで止まんの? 動いてや〜」
「…おい、叩いて直るようなモンじゃねぇぞ」
機械音痴で、何でも叩けば直ると思い込んでいる。
「あっ! ケガしとるやん! 手当て手当て!!」
「いって〜」
「大変やぁ…ごめんな? しみるで?」
「痛!!」
「大丈夫!! ほら、こうして、こうして…」
「包帯巻き過ぎだろ!!」
不器用過ぎて、見ているこちらが可哀想になってくる。
「…ちなみに、全部、実話やで。四天宝寺でずいぶんやらかしてたみたいやな」
「…それ、マジ?」
それが実話なら、四天宝寺の連中はとても懐の広い集団だと言えるだろう。
「どないすんの?」
跡部は眉間にシワを寄せて、こめかみを押さえていた。
「…………」
この場にいたメンバーは、跡部の脳内をインサイトなど使えずとも分かる気がした。
「…蓮見にしばらく頑張ってもらう…」
「それが妥当だろうな」
「だよな!」
そうして密かな跡部の企みは、実行される事はなかった。
END
(俺は柚月がマネージャーの方が嬉しいな…)
(寝言は寝てから言いなさい)
(…もったいない…)