melodiousな物語

 誰しも、何をやってもうまくいかない日があるものだ。特に焦っていたり時間が迫っている時であれば、尚更そんな時がある。部屋中を歩き回ったり気分転換してみても、なかなか思うようにいかない。
 春歌は今まさに、そのどうしようもないような気分を味わっていた。

 プロの作曲家を目指し、最も倍率の高い芸能学校である早乙女学園に入学してそろそろ一ヶ月。少しずつ友達も増え、授業や寮生活にも慣れてきたかなと、気を休めるような暇も無く。
 これまで通ってきた小学校や中学校とは桁違いの、この課題の量に春歌は追い詰められていた。それはもう圧倒される程の量で、国語や社会などの普通科目の内容も勿論含まれるが、それよりも作曲家コースの生徒に毎月課せられるという課題の量は、春歌の予想以上だった。
 朝から用紙やノートにペンを走らせては悩み、ピアノを弾いてみては唸り、簡単な打ち込みをしてはこうじゃないと、部屋中を何度も行き来して少しずつこなしていた。せっかくの休日も、ほぼそれで埋まってしまう勢いだ(その辺りは、春歌はあまり気にしない)。
(提出日まで日にちがあるから、本当は今しなくてもいいんですけど……)
 今春歌が戦っている課題は来月、つまり五月分のもので、つい先日の個人レッスンの際渡されたもの。提出は月末なので、まだ充分に余裕はある筈なのだが、集中しだすと止まらないのが春歌の癖である(それを本人は最近気づいたらしい)。寝る間も惜しんで曲作りに没頭するので、学生寮で同室の友千香によく心配され、時には半ば強引にベッドに押し込められる。迷惑をかけてしまっているとわかっていても、少しでも曲を作っていたい。まるで寝る時間が勿体無いとでも言いたげな春歌の言い分を聞いて、友千香に「寝る時間も大事! 体壊したら作曲もできなくなるし、アイデアも降りて来なくなるよ」とお叱りを受けるのが日常になってしまった。
 その友千香は、朝早くから学園内のレッスン棟に行っていた。休日ということもあり少しのんびりな時間に起床した春歌に、次の実習のダンスレッスンがあるからと簡単に伝えて意気揚々と出て行ったのが10時前。どのくらいの時間に戻るかは聞いていないが、何やらとても張り切っていたので夜まで帰らないかもしれない。
 せっかくなら、課題用に作った曲やアレンジした曲を聞いてもらい、意見を聞きたかったのだが。夕食までには戻って来るだろうから、それからでも聞いてもらうことはできる。だが、この学園の寮は門限が無い。友千香がもし遅くに帰って来たら、レッスンで疲れているであろう彼女に無理を頼むことはできない。

 ペンが進まなくなってどのくらい経っただろう。そろそろ手詰まりである事を自覚してきた。春歌は背凭れに体重をかけて一息吐き、机の端に置いているデジタルの時計を確認した。
(1時半……まだそんな時間なんだ)
 今日起きてから済ませた課題を数えてみると、それなりにできているのではと思えたが、まだこんなに日が高い。まだまだできる事がある筈。プロを目指すのだから、休みの日だからと何もせずにはいられない。
 春歌は早速、机の上に置かれたボールペンの芯を出し、何も書き込まれていない五線譜に適当に音符を並べてみた。
 並べようとしたが。
(あれ、インクが出にくい……)
 紙の上をペンが叩く音だけがして、きちんと符が書き込めない。別のメモ用紙を広げ、ぐるぐると何度か乱暴な線を走らせるが、右から左下へ斜めに線を引くと必ずインクが出てこない。春歌はくるりとペン先を回してまた同じように試すが、やっぱり同じ方向にはインクが出なかった。
 もうなんだか、そんな全く関係のないことすらも自分を嘲笑しているようで、何もかも面白くない。今はやっぱり何をやっても絶対にうまくいかない気がして、春歌は少し投げやりにペンを転がした。
「はあああ」
 今日は作曲の課題は進められそうもない。春歌は不満そうに顔を顰め、悔しそうに肩を落とした。
 今できない事はできるようにしておきたい。夢の為に。しかし作曲は、感情や心境に左右される部分もある。気が乗らない時は乗らないのだ。そんな風にうまく前向きに考えられれば良いが、春歌は真面目で、今できないのは自分自身の力不足でしかないと思ってしまう。

 机に散らばった数枚の五線譜を纏め、適当なクリアファイルに挟み、素早く筆記用具類も片付け始めた。ファイルとノート、筆箱を重ねて、春歌は立ち上がる。
 このまま諦めきれない。出来るまでやりたい。夢を叶える為に、努力は惜しまない。そうでなければプロにはなれない。今の春歌は必死だった。未来に燃えていた。やり抜く為にここへ来たのだ。
 それに今や、自分の努力や結果は、もう自分だけのものではない。
 パートナーを、この早乙女学園の卒業オーディションで優勝に導く。共に夢を叶える。必ず叶える。その為に。
 春歌は急いで制服に着替え、簡単に身嗜みを整えると、道具を抱えて、部屋を飛び出した。




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